第7話

 次の日。


「あー、何で俺の隣は野郎ばっかりになってしまうんだ……」

「日頃の行いが悪いからだろ」

「だとしても、啓太がまた内海さんと隣になったことだけは納得出来ないけどね」


 昨日と変わらず、啓太はいつもの二人とどうでもいい話をしながら、始業までの時間を過ごしている。

 悪友二人は、席替えで隣が男子になっており、更には啓太がまた瑞希と隣になったことも相まってかなり不満を感じているらしい。

 こればかりは運であるので非難されてもどうしようもない上に、裕也はエロ漫画持ち込みと言う悪さをしているし、傑は現状モテまくっている。


「ま、せいぜい嫉妬してくれ」


 そう言った理由から、二人に全く罪悪感など感じることもない。

 そのため、軽く煽りも込めて自慢しておくことにした。


「そうだぞー! 羨ましかろー!」

「「「うおっ!?」」」


 そんな話をしていると、今日も元気よく瑞希がこの三人の会話の中に乱入してきた。

 昨日の休み時間同様に、基本的にこの中に女子が入ってくるなどと言ったことは頭の中で一ミリも想定出来ていない。

 そのため、今回も昨日同様に三人そろって驚きのあまり飛び上がってしまう。


「おはよ。三人そろっていい反応するねぇ」

「おはよ! いやぁ、そりゃ瑞希ちゃんに声かけられたら、男子は誰でもびっくりするよ」

「おはよう。内海さんはいつでも元気だね」


 二人はやや落ち着かないのか、瑞希に対して若干歯切れの悪い返事をした。

 そんな二人を見た後、今度は啓太の方をじっと見つめてきた。


「くーもおはよ……ふふっ」

「あのー、途中から面白くなって笑い出すのやめてもろうて」

「ごめんごめん!」


 今日も相変わらず啓太の顔を見ると面白いのか、こちら見て挨拶をしている途中で笑うのを必死に抑えようとぷるぷると震えている。

 そんな二人を見て、やれやれと二人は首を横に振っている。


 少しすると、見慣れてきたのかようやく落ち着いてきて、啓太を顔を改めて一瞥した。


「くー、寝ぐせ付いてるよ?」

「え?」


 瑞希はそう言うと、啓太の少しだけ跳ね上がった髪に手を伸ばし、整えるように触った。

 この彼女の行為に、啓太はびっくりして思わず固まってしまった。

 そして言うまでもないが、一緒に居る悪友二人もこの瑞希の行動にはびっくりしてしまっている。

 この状態に頭は追いついていないのに、髪が触られる軽微な感触だけがしっかりと伝わってきて、啓太自身は混乱を極めていた。


「ちゃんとこういうの気をつけないと、女子からモテないぞー」

「あ、朝直してきたんだけどな……。風ですぐに乱れるんだよな」

「なるほどね。でも、ちゃんと直ったよ!」

「あ、ありがと……」

「うん!」


 そしてそのまま瑞希は、自分の席へと向かって行った。

 彼女の登場から先ほどまでの行動に、三人はしばらく呆気に取られてしまった。


「お、おい……。あれは流石に反則だろ」

「確かに。やっぱり啓太って内海さんと普通じゃないだろ……」

「説得力無いのは分かってるが、本当に何もないんだよな……」

「何もない男の髪を不意に触る女子が居てたまるか! それこそマジで漫画とかの世界じゃねぇか!」


 今回ばかりは、その裕也の言葉には何も言い返すことが出来なかった。

 三人そろってポカーンとしたまま始業のチャイムが鳴り、それぞれ席を離れていた生徒たちが自分の席に戻り、今日も一日授業が始まる。

 今日も早速、一時間目の古典の時間から隣の人と音読をし合う時間が設けられた。

 ただ、啓太たちのクラスを担当する古典の教師はマイペースな性格で、生徒に怒ったりすることもないので、みんな音読をあまりせずに雑談をしている。

 それは、それなりに勉強において真面目であるこの二人も例外ではない。


「くー、お母さんとお話できた?」


 瑞希は早速、昨日の話についてどうなったのか尋ねてきた。


「ああ。あの後病院に行って、ちゃんと素直に話してきた。そしたら『それなら辞めてもいいんじゃない?』って。手伝いも負担が多いものを中心に手伝うってことで話がまとまったよ」

「そっか、良かった……!」

「本当に助かった。素直に話す大事性がよく分かったような気がするよ」

「もっと感謝してもいいんだぞ?」

「感謝してます」


 啓太はもう一度お礼を言うと、彼女は嬉しそうな顔で頷いた。


※※※


「じゃあ、今日の授業はここまで。ちゃんと復習しておけよー」

「「やっと終わったー」」


 六時間目の授業終了のチャイムが鳴ると、生徒たちは一斉に伸びをしながらやれやれと言わんばかりになる。

 この高校では特段何か連絡がない限り、六時間目を終えるとそのまま放課後となる。


 そのため、六時間目が終わるとみんなはすぐに放課後の部活への準備や帰宅準備をそれぞれ一斉に整え始める。

 啓太も帰宅準備を整えていると、隣の席にいる瑞希は今日提出となっていた二種類の冊子が積み重なった山を自分の机に置いた。


「ふぅ……」


 どうやら担任が今日提出としていた物の管理を、瑞希に全て任せていたようだ。


「あれ、これ全部瑞希ちゃんが管理するの!?」

「うん。皆が提出出来てるかチェックして、放課後に職員室へ持ってきて欲しいって頼まれてるんだ」

「でもこんなにたくさんあって重くて大変でしょ? 俺、手伝うよ!」


 それを見たひとりの男子が、瑞希に声をかけてきた。

 瑞希の隣の席である啓太は、その一部始終を横目に見ることが出来るが、明らかに彼女と接点を持ちたいという下心があるのだろうなと感じた。


「ううん。そんなに時間がかかるわけじゃないし、大丈夫。部活の時間は大事だから、部活頑張って欲しいな」

「そ、そっか! 頑張ってくるね!」


 それに対して、瑞希が相手に悟られない程度に緩く遠回しに上手く断った。

 その後も何人かの男子女子ともに声を掛けられたが、瑞希はその相手に合わせた言葉でうまく断っていた。

 時間が経つごとに教室からは生徒がいなくなり、気が付けば啓太と一冊ずつ名前を確認して提出出来ている名前をマークを付けている。


「大変そうだな」

「そうなんだよ~! 先生は基本時にこういう仕事を私に任せるからね……。早速困ってる時が来たから手伝ってくれよ~」

「さっき聞いているには、手伝いは要らないんじゃなかったのか?」

「うう、くーは分かってるくせに……。意地悪だ」

「ごめん。男子は下心あるし、女子にも気を遣わせたくないってとこだろ?」

「うん。それに、面倒だけど自分一人で何とかなるレベルだしね。逆にこういうことに対する手伝い一つ頼んだり断ったりすることだけでも、面倒なことになることってあったりするからなぁ……」


 男子からの手伝いの申し出は、下心があるから断りたい。

 仲のいい女子ならお願いしてもいいとしても、みんな部活があるので彼女としては、そんな友達の限られた部活の時間を奪いたくないと言ったところだろう。

 ならば、面倒でも自分一人で行うという結論は、啓太としても十分に理解が出来るものだった。


「もちろん手伝うぞ。もう一つの方を貸してくれ。もうみんな部活に行ってて見られてないし、俺に対してなら遠慮するような理由なんて無いだろう?」

「いやいや、冗談だって。くーは帰らないとダメでしょ?」

「いや、別に今日は急いで帰る用事も無いし、大丈夫だ。まだ母親は入院中だし、どうせ早く帰っても、先に帰ってる妹に鬱陶しがられるだけだからな」

「お母さんのところいかなくていいの?」

「悲しいことに、何も無いなら毎日なんて来るなって言われるからな。全く問題ないんだよな」


 肩をすくめながら啓太がそう口にすると、ちょっと戸惑っていた瑞希はいつものようにまた面白そうに笑いだした。


「やっぱりくーは面白いね。じゃあ、こっち頼んでもいい?」

「おう。任せとけ」


 瑞希から積まれた冊子と出席簿を瑞希から受け取り、二人並んで提出状況のチェックを始めた。

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