第9話

 再び教室に戻ってきた二人は、机の上に置いていたそれぞれのリュックを背負って帰り支度を整える。


「くーって、自転車で来てるんだよね?」

「そうそう。そんなにここから離れてないしな」

「そっか。ちなみに、私はこの高校の最寄りの駅から電車で来てるけど、その帰り道のルート的にそこを通ったりする?」

「正規ルートじゃないけど、色んな道があるし通って帰るルートもあるよ。そんなに時間差も無いし、その日の気分によって変えたりはするかな」


 通学には、一応高校が設定している通学ルートと言うものが存在するが、地元で土地勘があって、一年以上も通学していれば色んなルートを開拓しているもの。

 高校の規模になると、生徒一人一人の通学ルートなど把握していることもないので、危ないことでなければ咎められることもない。


 そのため、その日の天気や時間、気分によって通るルートを変えることはよくあることだったりする。


「お! ならば、そこまで一緒に帰ろうではないか!」

「え……」


 啓太を聞いて、意気揚々とこの後もお互いのルートが別れるまで一緒に帰ろうと瑞希が提案してきた。

 ただ、その提案にはすんなりと首を縦に振ることが出来なかった。


「さ、流石にまずくない? 内海は彼氏が居るんだろ?」

「まぁそれはそうだけど。いっつも話したりしてるし、別にそれとあんまり変わらなくない?」

「うーん、そうなのかな……?」


 いくら仲が良いと言っても、それは授業中などの教室内で近い位置にいる場合に限定された上での話。

 啓太としては、放課後にこうして二人で帰るとなると、何かこれまでとはラインが違うような気がしている。


 少なくとも彼女の彼氏が同じ高校に居るとしたら、泥沼不可避なのは誰の目にでも明らかだろう。

 ただ、彼女の彼氏はこの高校に居ないということも踏まえると、別にタブーではないのだろうか?


(バレなきゃいい理論なのか? いや、内海がそんな性格だとは思えんしな……。それとも、内海的にこれくらいなら問題ないっていう基準で、俺の彼女無し経験による基準のズレが生じているのか???)


 如何せん、啓太には彼女が出来たこともないので、当然お付き合いした経験なんてあるはずもない。

 啓太としては、流石にそれは「仲が良いにしても行き過ぎ」と言われかねないレベルだと捉えている。

 だが、男子からあれだけモテる上に、彼氏とのお付き合いもしている彼女の基準であれば、これぐらいのことは友達とも普通ということなのだろうか。


「……ごめん。流石に近すぎるよね」


 経験値の圧倒的な不足により、すんなりとこの問題に対して首を縦に振るべきか横に振るべきなのか考えていたが、そんな啓太の姿を見て瑞希が申し訳なさそうに呟いた。

 そんな彼女を見ると、肩を落とし俯いていて非常に悲しそうな顔をしていた。


 その姿を見た時、彼女を悲しませたという罪悪感が、先ほどまでの心の小競り合いを一瞬で押しつぶした。

 まるで、小さな蟻が二匹喧嘩している上から、恐竜の大きな足がその二匹を押しつぶしてしまうように。

 その場に残るものは、押しつぶされた二匹の蟻の残骸よりも大きな足跡が目立つように、今の啓太の心には悲しそうにする瑞希の顔だけが支配した。


「いや、内海が問題無いなら大丈夫だよ。一緒に帰ろうぜ」

「え、でも……」

「いや、俺としては内海にとって不都合が生じるんじゃないかなって思っただけだからな。悲しいことだが、俺には彼女なんていない。だから俺に対しては、遠慮する理由も無いんだから全然構わんぞ」


 気が付けば、無意識に必死に言葉を並べている自分が居た。

 それは、ここまでずっと自分に対して親近感を持って接してくれている唯一の友達であり、昨日あれだけ真摯に向き合ってくれた相手でもある。


 だが、それ以上に瑞希の表情一つで自分自身が大きく変化していた。


「じゃあ、私にも遠慮しなくていい。一緒に帰ろ!」

「そうだな。今更、何か気にするような間柄でもないか」

「そうそう。ってか私の方から誘ってるし、何かあってもくーには罪とかないから!」

「そうか。というか、『自分のせいで関係性に亀裂が入るかも』って自意識過剰も良いところじゃねって今更感じてきた」

「あはは! ほんとそれな~?」

「この言葉が拒否されても困惑するけど、すんなりと認められるのも辛いな」


 よく考えれば、こんな男子からモテる女子の恋愛事情に巻き込まれるほどのスペックなど、持ち合わせていないことをふと冷静になって気が付いてしまった。

 今置かれている状況においては、その残念スペックのお陰で若干自分の精神状態を安定化させたが、普通の生活においては非常に悲しいことである。


「あー、傑みたいにイケメンになりてぇな……」

「四宮君のこと? 確かにイケメンだって女子の中ではすごく人気だよね。サッカー含めて運動神経いいから、そこもモテ要素だよね」

「ちくしょう……。顔はボロ負けでも、運動ならそれなりにあいつと渡り合えるはずなのにな」

「ちなみに、体育の授業でサッカーしてた時に、くーが四宮君をマジで止めてた時は、普通に軽く引かれてたかも……」

「嘘でしょ……?」


 裕也や傑に触発される形で、真面目にやっただけなのだが。

 何故か女子からの評判は最悪だったという、今日一番凹むことを聞かされてしまった。


「……何か分かったような気がする。イケメンでもない、陽キャで目立つやつでもない。そう言ったやつが時折ガチの動きを見せると、ギャップとか言う前に怖さが勝つのか?」

「ご明察~! 分かってるじゃん。あと、普通に四宮君の活躍を邪魔したところも大きなマイナス点かな?」

「それってもうどうしようもありませんよね!?」


 別に悪い事をしていないのに、なぜただでさえ低い好感度が落ちてしまうのか。

 所詮、女子の目から見れば、イケメンと対峙する奴は全て嫌なやつにしか映っていないということだろうか。


 だとすれば、あまりにも理不尽過ぎる話なのだが。


「私としては、別にくーそんな言うほど顔悪くないと思うけどな。身長も高いし、勉強も出来て運動も出来るし。あんまり喋ったりしないのが、やっぱり女子の中で抵抗感があるのかも」

「なるほど、やっぱり陰キャって女子から見るとマイナス点なんだなー」

「陰キャがダメって言うよりは、そもそもその人がどんな人か把握出来ないと、恋愛とかに発展しなくない? ってなると、好きになるってことはよっぽどイケメンじゃないと厳しいかな?」

「それこそ、一目惚れさせるレベルで?」

「そそ。でも、四宮君レベルでも一目惚れってのはありそうでなかなか難しいと思う。くーは一緒に居るから分かると思うけど、四宮君は話し上手だよ。くーと一緒に居る時にしか話してないけど、その短い時間でも話し上手だなって思ったし」

「確かに、会話の距離感は上手いな。女子と話してるときも、経験値が違うって感じたな」

「まぁ…こんなこと言ったらひどいのかもしれないけど、くーと前橋君は微妙かな? もっと酷なことを言うと、陽気で面白いことが言える前橋君の方が女子評判強いかも……?」

「気を遣ってもらわんでも、何となく分かってる……うん」


 裕也も会話が面白く、なんだかんだ言って絡む女子もいる。

 いつも絡む悪友組の中で、一番自分が不人気株と言う認識は以前から持っている。


「ってか、くーは彼女欲しいの?」

「うーん、居たらいいなと思うことはある」

「……好きな人とか、居るの?」

「いや、今のところはいないな」


 周りを見て、彼女持ちが羨ましいと思うことはある。

 だが、結局のところ好きな人がいないので、特に具体的に自分を変えようともしていない。

 それが、今の自分の現状に繋がっているわけだが。


「なら、今は別に気にしなくていいじゃん」

「え?」

「だって、私はくーが面白くていいやつだって分かってるよ?」

「まぁ確かにな。良き理解者だからな」

「うん。その理解者ポジションは、くーが今の雰囲気だから私が独占出来てるってことでしょ? くーが誰にでも話しやすくなっちゃったら、仲のいい子が増えて私のものだけにならないじゃん。困った時は私が話聞くし、今は私一人で十分よ!」

「独占て……。そんなに貴重なポジションじゃなくない?」

「うーん」


 やけに自分の事を理解しているポジションを主張してくるが、別に傑のようにイケメンでも無いし、嬉しいことだとは思えないのだが。

 そう思った啓太は彼女にそう言ったのだが、瑞希は少し考えるふりをして笑顔でこう言った。


「貴重じゃない? 周りやくー自身がどう思おうと、私にとってはこんなに心の底から安心して笑えて、信頼出来る人なんだし」

「随分と評価たけぇな……」

「もちろん! これまでの実績が違いますから」

「俺の真顔と言葉で、勝手に内海が笑ってるだけなんですが……」

「それが凄いことなんだって! そんなこと、普通じゃ無いことなんだから」

「いや、普通じゃ無いことは分かる。でも、凄いとか言ってる意味は全く分からないけどな……」


 真顔と変な言葉遣いだけで笑わせて信頼が得られるのであれば、もっと他の人も信頼が得られているような気もするのだが。


「とにかく、くーは私が一番分かってるような気がする! 前橋君や四宮君にも負ける気がしない!」

「いやいや、それは流石に無理よ」


 どこからそんな自信が湧いてくるのか分からないが、ここまで自分の事を知ってくれていたり、知ろうとしてくれている人はありがたい存在ではある。


「う、ハッキリと言ってくれるなぁ。そこまで言われると、意地でもその位置を登りつめたくなるんだが?」

「そんなくだらないことを極めようとするなって」

「あはは!」


 この二人の会話において、話ししている内容がどんなものであっても、最終的にいつものように相当くだらないところにたどり着いている。

 部活動の時間真っただ中のため、静まり返った通学路に瑞希のやたら楽しそうな笑い声だけが反響していた。

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