第3話
席替えをして一番最初の授業は英語で、担当している科目教師が5分遅れで慌てて教室に入ってきて、ようやく授業が始まった。
「じゃあ席替えしたみたいなんで、隣の人とそれぞれ一回ずつ今やったところの英文の暗唱してみてください~。全員立って、終わったところから座ってください」
高校生の授業になっても、英語の授業における英文の暗唱や英単語の発音、はたまたディスカッションなど、意外と隣同士で何かをすることが多くある。
こう言った場面において、仲が良かったりそれなりに打ち解けられている相手だとことがスムーズに進むが多いのだが……。
「えーっと、If I had known……なんだっけ?」
「ああん? 全然聴き取れんぞぉ?」
啓太にとって、英語の発音や暗唱は断トツで苦手な分野である。
それなりにどの科目も無難に点数を取ることが出来ているが、最近増えてきたリスニングや発音問題などに関しては自分でもびっくりするくらい弱い。
その苦手意識は、こういった実際に声に出すことも苦手にしている。
そして、そのことについても瑞希は以前隣だった時に既に把握済みで、悪戯っぽく笑みを浮かべている。
「相変わらず本当にこういうの、苦手なんだね」
「相変わらずと言うか、こんなの得意になれるわけが無いんだよなぁ……。ということで、もう読めたことにしてくれない?」
「だーめだ! ほら、ちゃんと聞かせてくれよ~?」
「慈悲は無いのか……」
このままだと、自分が終わるまでに周りが全て終わって目立ってまいそうだったので、インチキを持ちかけたがあっさりと拒否された。
だが、彼女的には「真面目にやらないとダメ!」というよりは、啓太が適度に困っているところを楽しんでいるといった様子である。
何とか苦しみながらも暗唱をやり遂げると、瑞希は満足そうに頷きながら手でOKサインを出した。
周りを見ると、ほとんどのところが終わらせて席に座っているので、かなり手こずったことになる。
「あぶねー、俺たちが最後の最後になるところだった……」
「いや、それはちゃんと見てるから大丈夫だよ。流石に最後まで残って先生に振られたりするのはかわいそうだなって思ったし。何か途中でサボってたのを先生にバレたペアが居たから、ちょっと伸びても行けそうだと思ったから」
そう瑞希が言いながら指をさしたほうを見ると、男女のペア一つに教師が張り付いて暗唱をきちんとしているか入念にチェックしている。
おそらくだが、あんまり接点も無くてやり取りが上手くできずに頃合いを見て誤魔化そうとしたところを教師にバレたとかその辺りだろう。
「そこまで綿密に計算して俺を追い詰めなくていいから……!」
「いやぁ、よく頑張ったねー! えらいぞー!」
自分にとって本当にしんどいと思うことにはならないようにしてくれることはありがたい。
その上でここまでうまくコントロールしなくても良いとは思うのだが。
ただ、相変わらず彼女は楽しくてたまらないといった様子である。
その一方で、先生に見張られながら暗唱をやらされているペアは終わるそうな様子が無い。
「さっきの休み時間の話だけど、前橋君なんかエッチな漫画持ってなかった?」
「あー……うん。持ってたね。内海の前から隠すことをすっかり忘れてんなぁって俺も思った」
先ほどの時間、焦った裕也が隠すことの出来ていなかったエロ漫画は、瑞希の目にもしっかりと入っていたようだ。
まさかこのタイミングでそのことについて聞かれるとも思っていなかったこともあるが、何故か自分の事ではないのにすごく恥ずかしさに似たばつの悪さを感じる。
まさに、とんだとばっちりというやつである。
「とても女子には見せられないものなのは間違い無いんだし、不快だったのなら謝る。あんなやつだけど、見逃してやってくれ」
「うん、別に私は大丈夫。そんな先生にチクったりしないよ」
「さんきゅ。もう持ってこさせないのは無理そうだから、隙見せないようにだけはまた言っておくわ」
「うん。あれ見つかっちゃうと絶対に大変なことになっちゃうもんね」
「ほんとそれな……」
やることはきっちりとやる優秀な瑞希だが、こういうところは真面目になりすぎずにうまく調整しながら対応をしてくれる。
そんな彼女の臨機応変さにただただ感謝するしかない。
「それでさぁ……。いつも一緒に居る前橋君がああいうの持ってくるってことは、くーもそういうことにやっぱり興味があるってことなのかな~?」
「……へ?」
急にこちらに対するあまりにも食い込んだ質問が飛んできて、啓太は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
「……いやいや、ソンナワケナイジャナイデスカ」
NTRは苦手だが、勿論エロ漫画には興味があるし、読むことだってある。
スマホの漫画アプリの購入履歴など、当然だが誰にも見られたくないような状態になっている。
「くくっ……あはは! くーもやっぱり興味あるんだ!」
「笑うなよ……。ってか、男子高校生で興味ないやつが居たら、逆に俺からしたら恐怖の存在だよ」
「だとしても、今の反応何よ! 何でそんなに面白いのよー!」
啓太自身がそう言ったことに興味があると聞いても、瑞希自身は特に気にしていないのかいつも通りの反応をしている。
ただ啓太としては、いくら仲良くしている相手とは言え「エッチなことが好きです」と女子にはっきりと認識されるのはきつすぎて、恥ずかしさのあまり一気に顔が熱くなってきた。
「こんな流れになったのも、全部裕也が悪いんだ……!」
「ごめんごめん。こんなことで別に見方が変わったりしないよ!」
そういう瑞希の表情は、いつものように自分をいじって楽しそうにする表情と変わりないので、彼女の言葉を信じることにした。
「そっか、『男子高校生でそう言うことに興味が無い人なんかいない』…か。……まぁ、そうだよね」
だが、彼女がその一言を呟いた時だけは、いつもよりも明らかに表情と違ったように見えた。
やはり自分に対して幻滅しているのか。はたまたは別の存在に対して、何かを思ったことがあったのか。
その一言と彼女の意味深な表情だけでは、真意を読み取ることは出来なかった。
当然尋ねることも出来ない上に、ようやく教師が授業を再開したので、その話はそこで終わってしまうことになった。
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