第2話

 休み時間になり、瑞希が離席するとすぐに裕也と傑の悪友コンビがやってきた。


「啓太! 一体あれはどういうことなんだ!」

「どういうことなんだって言われてもな……」


 啓太の席で、朝の時間持っていた18禁エロ漫画を叩きつけながら、裕也が詰め寄ってきた。

 もちろん本気で気になっているようだが、ここで敢えてエロ漫画を啓太の席で叩きつけているところを見ると、半分はノリのようだ。


「内海さんからあそこまで言われるとは。しかも、啓太とすごく楽しそうにはしゃいでたし。どういうことなんだ?」

「前も言ったみたいに、前も隣の席でそれなりに打ち解けてるだけだって」

「いいや、流石に何かあるね! ちょっと仲良くなっただけでああなるなら、他の男子でも何人か瑞希ちゃんとあれくらい仲がいい奴いてもいいだろ?」

「それを言われると……」


 確かに、今まで啓太自身で言ってきたことを考えると、裕也の指摘は尤も。

 あれだけコミュ力があり、誰とでも仲良くなれる上に、男子からすれば絶対に仲良くなりたい女子なのだから、アプローチをかけるに違いない。

 その中で、仲良くなる男子が少しぐらいはいてもいいだろうという考えにはぐうの音も出ない。


 裕也は野球部の活動に命を懸けていて、テストは常に死にかけギリギリなくらいポンコツなくせにこういうところだけは、異常に頭が回る。


「確かに裕也の言う通りだ。啓太、まさかお前……。内海さんと付き合ってるんじゃ……?」

「ないない! そうだとしたらすぐに自慢してるわ」

「それは確かにそうか……」

「なんだなんだー、私の話か?」

「「「うおっ!?」」」


 三人で話に夢中になっていて、離席していた瑞希が帰ってきていることに全く気が付かつかなかった。

 彼女に声を掛けられた瞬間、三人同時に思わず飛び上がってしまった。


「えっと、まぁ……そうだね」


 流石の裕也も、話のネタにしていた本人に問い詰められ、加えて女子ということもあってかなりばつの悪そうな顔をしている。

 かなり慌てているのか、持っているエロ漫画を隠すということすら出来ていない。


「何の話ー?」

「……いや、内海さんと啓太が仲がいいから、もしかして付き合ってるんじゃないかなって吹っかけてた」


 あまり誤魔化すのは良くないと思ったのか、傑がさらっと事実を打ち明けた。

 そのことを聞いて、瑞希はまた面白そうに笑いだした。


「違うよ~! 確かに、私とくーは仲がいいけど、私には彼氏いるもん!」

「「……ゑ?」」


 笑いながらさらっと打ち明けた事実に、二人は絶句していた。

 そして同時に、彼氏事情を内密にしているのだろうと勝手に思っていた啓太も、彼女があまりにもさらっと打ち明けたことにびっくりしていた。


「って、くーは知ってるよね? この二人に言わなかったの?」

「「てめぇ、黙ってたのか!?」」


 キョトンとした顔で瑞希が啓太にそう尋ねると、瞬時に裕也と傑が声をそろえて詰め寄ってきた。

 随分と顔も性格も違うのに、こういうところは異常なくらい息が合う。


「内海が自分から言っている感じなかったし、プライベートなことだから言うべきじゃないって思った。絶対に噂はすぐに広がるし、本人以外のところで面倒なことにしたくないなって黙ってたわ」

「な、何だよ。いかにも律儀にって感じを出しやがってよ……。まぁ分かるけど」

「なるほど。まぁ確かに、うわさも広がってないし余計なことをしないのは正解だね。それなら納得」


 なぜ黙っていたか素直に話すと、反応は二人それぞれだが、結論としては「それなら仕方ない」と納得してくれた。

 こういう物分かりの良さも、悪友として絡んでいたいと思える部分だったりもする。


 間もなくして始業のチャイムが鳴り、それぞれ自分たちの席に戻って授業の開始を待つ。

 しかし、チャイムが鳴ってもなかなか科目教師が現れず、授業が始まらない。


「ねぇ、くー」

「なんだ?」

「私に彼氏がいるってこと、律儀に黙っててくれたんだね」

「……人のプライベートは、あんまり不用意に一時の会話ネタのために使いたくない。トラブルになることもあるしな。それに、噂も広がってなかったから全然言ってないんだろうなって思ったしな」


 これだけ男子から憧れている瑞希なので、一度その事実が知られれば一気に周知の事になるに違いない。

 女子にだけ教えていたとしても、仲のいい男女で共有されるはず。


 なのに、ここまで誰も把握できていないということは、おそらくだが自分以外に伝えている人がほとんどいないということ。

 ならば、そんな打ち明けてくれたプライベートは秘密にしておくべきだと啓太は強く思っていた。


「……へぇ、色々と考えてくれてんじゃん」

「まぁどういう流れでトラブルになるか分からないからな。その……あれだ。これだけ仲良くしてくれてるんだから、迷惑になることだけはしたくない。それに、信頼を損なうようなこともしたくないしな……」


 中学高校は、恋愛の話に敏感になる。

 特に高校になって、三角関係みたいなことで泥沼化する話も現実問題として少しではあるが耳にするようになってきた。


 少ししかないようなことでも、瑞希にような女子には高い確率で降りかかる可能性があると思っていいだろう。


「ありがと。そこまでちゃんと考えてくれてるとは思わなかった」

「いや、礼を言われるほどじゃない。自分とこれだけ仲良くしてくれてるんだし」


 振り回されることはあっても、それほど女子と話すことも出来ない啓太とにとっては貴重な女友達であり、優秀な友達でもある。


「あいつらを信用してないわけじゃないけど、これでもしかすると噂が広がるかもしれない。それでも良かったのか?」

「うん。言っても相手はここから離れた他校だしね。大丈夫」

「そうか。問題無いなら何より」


 今まで黙っていたのに、こうして他人にカミングアウトしたことにより、噂が広がる可能性が出てきたが、本人は気にしていないらしい。


「でもこうして話を聞くと、やっぱりくーは信頼出来るね。律義だし、何より何しても面白いし」

「だから面白いことをやっているつもりないんだって」

「でも面白い。真顔見るだけで笑っちゃう。元気出る」

「ちくしょう……。めっちゃ失礼なこと言われてるはずなのに最後の『元気出る』ですべて悪意が無いと感じてしまうぞ……」

「あはは! 言い方ほんとおもしろい!」


「箸が転んでもおかしい」と言う言葉があるが、彼女を見ていると本当によく作られた言葉だと思ってしまう。

 ここまでくると、どんな状況の彼女に対しても、何もせずして笑わせることが出来るような気がしてくる。


「だって悪意とかないもん! 単純にくーが面白くて好きなだけっ!」


 はじけるような笑顔で、彼女の口から発された「好き」と言う言葉。

 好きと言っても、恋愛的な好きではないのに思わずドキッとしてしまう。


(本当に罪なやつだな……)


 そう思いつつも、ひたすら楽しそうな彼女を見て、啓太も思わず少しだけ笑ってしまった。

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