第1話
「凄い奇跡じゃなーい!? 確率にしたらどれくらいよ?」
「んー、このクラスに40人いるから、大体2~3%ぐらいってことになるのかな?」
以前にも隣同士になった条件も付け加えると、もっとすごい確率なのだろうが、単発で考えるとソシャゲのガチャで当たりが出るくらいの確率。
意外と当たるときは当たるのと同じで、こうした偶然も意外と起きるときは起きるものなのかもしれない。
「それをこの頻度で当てるとはラッキーだね! くーが隣だと助かるし、安心だもん!」
瑞希は啓太の隣になったことを、想像以上に喜んでいる。
啓太としては、喜んでもらえることはもちろん嬉しいことではある。
ただ、こんなに無邪気に喜ばれてしまうと、ちょっとだけ舞い上がってしまいそうな自分がいる。
啓太は瑞希に彼氏がいることを知っているので、何とか踏みとどまっているが、そのことを知らない他の男子なら、ほぼ確実に落ちているような気がする。
「いやいや、それはこっちのセリフだ。内海が隣だと、俺が助かることが多い」
「お、頼りにしてくれてんのかぁ?」
「そりゃあな。このクラスで一番成績が良いし、指名されそうなのに分からない時とか助けてもらえるし」
瑞希はギャルに近い雰囲気なのだが、勉強がびっくりするくらい出来る。
定期テストのクラス内一位は当たり前、校内模試も常に1~2位で、その他の他校を含めた統一模試でも頭一つ抜けた成績を残している。
その上、持ち前の明るさでクラスもまとめられるため、非の打ちどころが全くないと言っていいだろう。
教師からすれば、かなり着崩した見た目だけは気に入っていないようだが、如何せん何をしても模範生なため、何も言えずにいるようだ。
「くーって普通に頭いいじゃん。そんなに私頼らないとダメな時ってあったっけ?」
「いや、内海に言われてもな……。全然響かないな」
「まぁ、そりゃあね?」
「うわ、今の煽りかよ」
「あはは!」
そんな啓太の反応に、耐えられないと言ったばかりに楽しそうに笑う。
その声は、いつも彼女が発する音量よりもやや大きめだった。
「はいはい、席が変わって盛り上がりたい気持ちは分かるけど、そろそろ静かに。随分と内海さんも楽しそうね?」
そんな声にびっくりしたのか、担任教師が軽い注意と共に瑞希に声をかけた。
成績優秀かつ人望も厚い瑞希の存在は、担任教師にとっても非常に重宝される存在になっている。
そんな彼女が、想像以上にはしゃいでいる事にびっくりしたようだ。
「すみません、ちょっと楽しくって!」
「楽しいのは分かるけど、落ち着いてね? って、紅林君とそんなに仲良かったっけ?」
「もちろん! 私が一番信用する男ですよ!」
「へ、変な言い方をするな!」
どこにでも活発的に行動が出来る瑞希とは異なり、啓太はそれなりに事なかれ主義を貫いている。
勉強などはそれなりに真面目に取り組んでいるが、それ以外の学校生活におけては、与えられた役割を全うするだけで、何か行事や委員会、ボランティア活動などに積極的な取り組みをそこまでするようなタイプではない。
そのため、悪友のメンツやそれなりに話す男友達を除いて、そこまで自分の存在がそれほど印象付いているとは思えない。
そんなあやふやなイメージしかないやつが、いきなりここまで完璧な女子の「一番信頼する~」などと言うことになると、面倒なことにしかならない。
「そ、そうだったの? 全然知らなかった……」
その教師の反応は尤もだと啓太自身も思うし、啓太とほとんど接点の無い生徒たちも驚いた顔を見せている。
そして、裕也と傑の悪友コンビを始めとした顔なじみからは、「どういうことだ?」と言わんばかりの表情をしている。
「気の合う友達と一緒なのは良いことだけど、緩まずいつも通りよろしくね?」
「はーい!」
「んじゃあ、席も落ち着いたことだし、この後はチャイムが鳴るまで静かに自習してください」
そこで話は終わったが、教室内には何とも言えない微妙な空気だけが残ってしまった。
この後、必ず面倒になることを確信してしまい、思わずため息が出た。
「なんだなんだ、ため息なんかついて!」
「変なこと言うなよ……。俺は内海と違ってそんなに目立つわけじゃないんだから」
「ん~? 別に変なこと言ってるつもりないんだが?」
「そ、そうかい……」
本人には全く何の自覚の無いようで、「なぜ責める?」ときょとんとした顔をしている。
身長差も相まって、ただただ瑞希に上目遣いで見られているような形になって、啓太自身がその状況に耐えられず、話を打ち上げてしまった。
「あれ、いじけちゃった?」
「いや、色々と物申すことを諦めただけだな」
「何それ。くーっていちいち言い方が面白いよね」
個人的には別に面白いことを言っているつもりは無いのだが、言われてみれば確かに瑞希と話すと高確率、いやほぼ確実に最後は彼女が大笑いして終わる。
気の合わないやつなら確実に腹が立つと思うのだが、彼女の無邪気さを知っていることもあって、自然と嫌な気はしない。
「くー、こっち見て?」
「うん?」
自習をしようと教材を引っ張りだそうとしていた啓太に、瑞希から再び声を掛けられて彼女の方を向いた。
すると、自分の方を真っすぐ見てくる瑞希とばっちり目が合って、思わず啓太は心臓が飛び上がりそうになった。
近くで見れば見るほど、顔立ちが整っているうえに着崩した制服もよりオシャレかつ色っぽく見えるので、男子高校生には刺激が強すぎた。
そんな強すぎる刺激に、思わず啓太は瑞希と顔を合わせたまま固まってしまった。
しばらく見つめ合うような構図になり、そして—―
「……ふふ、あはは!」
突然、瑞希が噴き出すように笑い出した。
先ほど注意されたこともあって、彼女なりに声を抑えたようだが、静まり返った教室内で女子の笑い声が目立たないわけもなく……。
「内海さん?紅林君? ちゃんと自習しようね」
「「す、すみません……」」
教師から注意を受けてしまった。
とんだとばっちりだが、こうして目が合うと何故か彼女に笑われることも、以前からの様式になりつつある。
人の顔を見て笑うなど普通なら、とんでもなく失礼だし傷つきそうなもの。
だが、何故か彼女に笑われても、嫌な気がしない。
ただただ無邪気であることを知っているからなのか、美人に笑ってもらえるから嫌な気がしないのか。
はたまた笑われるだけで、悪口などを直接言われていないからなのか。
それとも、やけに信頼されているからなのか。
理由は未だに啓太自身もよく分かっていない。
それだけなら別にいいのだが、席替えをして数分でこの状態では、この一か月間どうなってしまうことやらと思ってしまう啓太であった。
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