彼氏持ちの君と、運命の悪戯。

エパンテリアス

プロローグ

 朝の始業前の時間。

 続々と生徒たちが登校し、自分の席に着いて今日一日の授業に向けての準備を整えている。

 欠伸をしながら始業のチャイムが鳴るのを待つ、高校二年生の紅林啓太は後ろからけた外れに元気な声を掛けられた。


「おい、啓太。これ見てみろよ! くっそエロくね?」


 そう言って友人、というよりは悪友である前橋裕也が見せてきたのは、性描写がしっかりとされたいわゆる18禁エロ漫画だった。


「おいこら、漫画を持ち込むなって。最近も、授業中にこそこそ読んでたやつが教師にバレて、盛大に公開説教されてたの忘れたのか?」

「それはバレた奴が間抜けなだけだって! 他のみんなはバレずにうまく読んでるし、楽しまなきゃ損だろ?」

「別に家で読めばいいだろ……。しかも、よりにもよって18禁エロ漫画かよ。バレたら、持ち込みと18禁を読んでるっていう二重で怒られることになるぞ」


 取り上げられたのがエロ漫画だとバレた暁には、どうなることやら。

 自分だったら、恥ずかしさのあまり不登校になりそうなものだが。


「二人ともおはようさん。お、裕也は随分と朝から良い物を読んでるな」

「おお、傑! おはー。これ、エロいよな。流石、傑は分かってるよなぁ! それに比べて啓太と来たら紳士ぶりやがってよぉ……」


 この二人の会話に遅れて入ってきたのは、同じく啓太の悪友に当たる四宮傑。

 誰から見てもイケメンと言える存在。


 今日も朝練を終えて、さわやかに二人の会話に入ってきた形だが、如何せん会話のネタが爽やかさの欠片も無い。

 こういう会話で盛り上がる辺りが、啓太からすれば傑も悪友と言う認識になってしまう所以でもある。


 相当女子にモテると思うが、こういうエロい話に目が無い当たり、好意を持っている女の子たちを引っかけまわしていそうでちょっと怖い。


「朝からしけたツラしやがってよぉ。これを見ろよ! このNTRシーン、くっそエロいから一瞬で元気になるぞ!」

「ほー、これはすごいな」

「よりによってNTRかよ! 止めろ止めろ、脳が破壊される!」


 裕也が啓太に向けて思いっきり見せてきたのは、見開き二ページを最大限使ったチャラ男に堕とされる女子のエロシーン。

 これが最近のトレンドらしいのだが、啓太にとっては苦手なジャンルで見るとブルーな気持ちになってしまう。


「啓太って、NTR系ダメなのか。初めて知ったわ」

「こいつ、繊細過ぎるんだよなぁ。あくまでもフィクションってやつで、現実では無いわけなんだし、気にすることもねぇと思うんだけどなぁ」

「いや、それは分かってるけど……。未だに全く慣れない」


 当然、ノンフィクション作品やドキュメントでもない作品はフィクションであることが多いし、こういうエロ漫画やアニメ、ライト作品はフィクションでしかない。

 ただ、そうだと分かった上で読んでいてもしんどくなるので、これが最近のトレンドになってきていることがいまだに信じられない。


「とは言いつつも、読むとエロいだろ?」

「それは……まぁ」

「確かに、NTR系嫌だって声を大にして言うやつ、それなりにいるからな。でも俺からしたら、そういう層こそこの沼に嵌るタイプだと思うんだよな」

「いやいや。傑、それは流石に無い……」

「まぁ、こうして裕也に見せられ続けることによって耐性付くだろ。どんなジャンルも楽しめないと損、だぜ?」

「かっこいい顔でそんなこと言わないでもらっていいか?」


 表情だけ見れば、大半の女子が射抜かれるだろうが、言っていることがあまりにも最低すぎる。

 ただ、こういう話が遠慮なくできるところだけは、良い友人たちだなといつも思う。


「くー、おはよっ!」

「お、内海か。おはようさん」


 そんな三人が集まっている中で、啓太に向かって挨拶をしてきた女子が一人。

 彼女の名前は内海瑞希。


 明るい茶髪に、短めのスカートを中心に制服をかなり着崩している。

 そんな見た目もあって、ギャルに近い雰囲気に仕上がっている。

 ただ、容姿端麗さとスタイルの良さもあって、男子からは相当魅力的に見える。


「お、瑞希ちゃんだ! おはよー!」

「うん、おはよ」


 啓太に挨拶した瑞希は、裕也からの挨拶にも笑顔で挨拶を返した。

 こういった誰にでも明るい人当たりも、男子から圧倒的な支持を受ける理由であるに違いない。


「瑞希ちゃん、本当に可愛いよな。めっちゃスタイルも良いし……」

「まぁ、学年でも有名だしな。可愛いって」


 啓太と裕也がそんな話をしている中、傑は一人顎に手を当てて考えるようなしぐさをしながら、一言こう呟いた。


「内海さんって、啓太と話している時だけ他の男子と話すときに比べてちょっと雰囲気違くね?」

「え、そうか?」

「確かに、それはちょっと思ったな。俺の時もニコニコしてくれてたけど、啓太の時はもっとなんか……砕けてる? 打ち解けてそうな雰囲気を感じたんだが」

「内海が俺の事をあだ名で呼んでるからだろ」

「それもあるけど、何か言葉にし難い何かがあるというか……。ってか、何であだ名で呼ばれてんの? ずるくね?」

「ずるいも何も、一ヵ月前まで席が隣だったしな。その時に会話する機会が多かったってだけだろ。あだ名も『くればやし』って長くて呼びにくいから、適当に『くー』って呼ぶようになっただけだし」

「ああ、席が隣だった時があったのか。運良いな……」


 冷静な顔をして傑が言葉に欲望を含ませたように感じたが、敢えて突っ込まなかった。

 確かに、美人な女子と大手を振って近くになるためには、席替えで運よくポジションをつかみ取るしかないのは事実。


 そもそも啓太は、一か月ほど前まで瑞希と隣に位置する席に座っていた。

 当然、隣であることもあって話す機会は他の人よりも多くなるうえに、授業での隣同士でのやり取りなども通して随分と仲良くなった。

 性格があっているとは思わないが、話をしていて馴染む感覚はあったし、こうして今でもわざわざ朝は挨拶がてら声をかけてきてくれることもあって、それなりに気の合う相手だとは啓太も感じている。


 だからと言って、啓太が彼女に対して特別な感情を持つことは無い。

 というよりも、”持ってはいけない”という風に捉えている。


「そう言えば、今日ちょうど席替えするんじゃなかったか?」

「そうだった! よし、瑞希ちゃんを始めとした可愛い女子と隣になれるように神頼みしておこう……!」

「18禁エロ漫画持ち込むような違反野郎に、神もくそもあるかよ……」


 必死に祈っている裕也に、戒めるような言葉をかけたが、何も響いた形跡がない。


「瑞希ちゃんって、彼氏居んのかなぁ?」

「内海さんに彼氏か……。やっぱり男子からモテるし、話題には上がるけどそういう情報は何も聞いたことが無いんだよなぁ」

「……」


 二人は瑞希に彼氏が居るか、ということについて話をし始めた。

 それを聞いて、啓太は何も言わない。


 だが、啓太は「内海瑞希には彼氏がいて、他校の生徒である」ということを本人の口から聞いている。

 その事実を知っているとはいえ、本人のプライベートな話なので本人の口からこうして広がっていない以上、啓太は口にするべきではないと考えていた。


 それがたとえ、仲のいい友人だったとしてもだ。

 二人の友人を経由するなりして、どう広がってトラブルになってしまうかも分からないわけであって。

 二人を信用はしていても、友達の友達は実質他人ということだけは忘れてはいけないと啓太は考えていた。


 一時の話題のために、他人に迷惑が掛かるの可能性があることは極力避ける、というのが啓太の考えていることでもある。


 黙って二人の話を聞いていると、始業のチャイムが鳴っていつものように一日が始まる。


「今日は、一時間目のHRの時間に席替えをしようかと思います。もう一カ月経ちましたしね~」


 担任教師のそんな言葉に、クラス中が一気に沸き立つ。


(席替えって、そんなに嬉しいものかね?)


 席が前だったり気の合わないやつが隣であれば、喜ぶのも分かる。

 ただ、今の席が後ろだったり、仲のいい人と隣だったり近かったりすると動きたくなさそうなものだが。

 それでも、クラス中みんなが湧きたっている。


 さっそく担任教師が作った簡易的なくじを元に、新たな席を決めていく。


「……はい、じゃあ新しく決まった自分の席に移動しちゃってください~」


 担任教師の言葉を皮切りに、一斉に教室内の生徒たちが割り当てられた自分の席に移動を始める。

 啓太も、新たに決められた自分の席へと向かった。


「……あれ?」

「おっ! またくーと隣!?」


 啓太の着いた隣の席に、瑞希が近付いてきてゆっくりと腰を下ろした。


 単純計算でも、たった数%しかないこのシチュエーションにお互いに驚いたのは言うまでもない。


 (珍しいことが起きるもんだな……)


 その時の啓太は、ただそれだけのことしか思わなかった。

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