8話 記憶

イルと名乗った男は蘭子らんこ桜夜さくやには手を出さず、その場を消えるように去っていった。

何とか二人は守れたが、頭が割れるように痛む……。


幻聴まで聞こえてきた。


「「クルシ……イ……イタ……ィ……シネ…………シネェェエエ……」」

頭の中で大勢の人が叫んでいる。


「「ヨコセ……タスケ……イヤダイヤダイヤダ……」」

もう何時間も声が木霊こだましている気がする。

気づくと体を自らの意思で動かすことはできなくなっていた。




神威しんい君!しっかりしなさい!」

「お兄ちゃん!!」

 二人が声を合わせて叫ぶもその声は届いていない。

我を失ったと思われる神威は人間が出せる力を大きく超えた膂力りょりょくで襲い掛かる。

力を使い果たす直前の桜夜が大鎌の側面で神威の拳を受け止める。

髪の先端から徐々に変わっていた桜夜の髪色が完全に元の桜色に戻っていく。


(桜夜!頼む!逃げてくれ。体がいう事聞かないんだ!)

 神威の思いは届かない。


「うっ!凄い力!これじゃお兄ちゃんの体が壊れちゃう!」

 一瞬の均衡の後、受け止めた拳とは別の拳で二撃目を叩き込まれる。


「きゃあっ」

 桜夜は二・三メートル程飛ばされて砂浜に倒れこむ。

桜夜の相棒の大鎌フレイムデスサイズは実体を保てず消えていく。


「桜夜さん大丈夫!?」

「私は大丈夫!でもお兄ちゃんが!」

(桜夜さんがもう少し耐えてくれれば、その隙に術式を叩き込むつもりだったのだけれど。これでは無理ね)


 無力化したと判断したのか敵意の標的ターゲットが蘭子に移る。

「神威君来なさい!ぶん殴って正気に戻してあげる!」

 神威は頭を振り苦しんでいるように見える。


(飲まれるな!体の主導権をとりもどすんだ!)

「ぐぅぅうっぁ”!あ”ぁ”ぁ”あ”あ”あ”!!!」

神威は飲まれそうになる意識の中で忘れていた記憶に浸る。

自分ではない無数の何かの声に紛れて懐かしい思い出の中の声が聞こえてくる。


「ママ~どうして女の子を殴っちゃダメなの?」

「いい?神威。男の子は女の子を殴っちゃダメなものなの」

「どうして?」


「そうだなぁ。今は分からないかもしれないけど男のプライドってやつ!」

「うん!わかんない!」


「ふふっ(笑)じゃあカッコイイ人ってどういう人だと思う?」

「うーん。強い人かな~」

「そうかもね。でもママは思うんだ。カッコイイ人っていうのは自分にとって大事な人を守れる人なんだって」



「蘭子さんならお兄ちゃん止められない?」

「私の力は分離と崩壊。一歩間違えれば神威君ごと消し飛ばしてしまう」

「そんな……」


「ここまできたらやるしかないわ。次に神威君が突っ込んで来た時カウンターぎみに叩き込む」

 (ホントは距離を詰めたい所だけど私もさっきの戦いで消耗しすぎたわ。避けられる可能性がある以上確実に当てるにはそれしかない!)

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