巣、脱出

 はい、まことに残念ですが、私の冒険は続いてしまいました。



 正直終わっててほしかった。目が覚めたら正真正銘普通のベッドで、五体満足な状態であって欲しかった。けれどそうは問屋が卸さないとかなんとかいうのは全くもって酷い話である。



 普通~に同胞の寝相の悪さによるタックルで嫌々目を覚ます羽目になりましたよこん畜生が!!寝れるかこんなん!当の本人 (ネズミ)は気持ち良さそうにイビキ掻きながらスヤスヤタイムを満喫してるじゃねえか、いい心地で寝やがってふざけんな!



 という憤慨をあらかたぶつけて、カリカリしてても仕方ないと冷静になってみる……。未だ信じがたいけどこっちが現実なんだね?私はこれからネズミとして生きていくんだね?





 そういうことなんだね?




『ンゴ───……』


『チュピイ……』


『キュピィ……』





 その返答は彼らのイビキでした。


 ああもう納得できねえええ!こいつらが同胞とか嫌だああああ!転生するんなら普通に人間になりたかったよぉぉぉぉ!なんで私は、なんで私はネズミなんだよおおおおお!!




 ゴンッ!




 ──痛った!この隣の奴寝相悪すぎだろ、頭にぶつかってきやがったぞこいつ。


 左隣の奴はちゃんと寝てるのに、どうしてそんなにコロコロ転がってくるんですかねえ!!(憤怒)




 この寝相悪い奴をどうにかしてくれ、とマザーに抗議しようと見上げたところ、どうやら肝心のマザーもスヤスヤタイムに入っているようだった。




...



...



.......。





 あ、これもしかして、外に出るチャンスなのでは?





 マザーは寝てるからさっきみたいな拘束もされないだろうし、悪びれもせずぶつかってくるうざったるいお隣さんから逃れるいい機会でもある。


 それに今居る場所が何処なのかをハッキリさせておくのも悪くないだろう。間違いなく私の知ってる土地ではないだろうけど。うん。





 そんなわけでマザーのお腹から這い出た私は、四つん這いで周囲を駆け回りながら状況を確認することにした。意外にも馴染みあるような感覚のお陰か失速することはなく、それなりのスピードが出せている気はする。結構速い。




 仄かに灯る明かりを頼りに走ると、どうやら民家に侵入するための穴になっているらしく、穴を通じて段差状に人のものと思われる木の棚が連なっているのが確認できた。




 ここから出入りして餌を調達してたのね、成る程。


 溢れた餌やら糞やら色々撒き散らしてまったく、どういった教育がされているんですかねえ?




 そう納得してすぐさま穴へと突入し、私は天井裏から民家へと侵入した。


 慎重かつ念入りに周囲を見渡し、ルートを確認しながら進む。大きいながらも段差になっている棚を駆け降りながら、人目に付かないよう音を立てずに動く。




 トンットンットンッ着地!



 さて、民家に入ったらまずは物色……ゲフンゲフン、それよりも情報整理からだな。



 見上げると棚にはお皿が陳列してあり、食器もかなりの数になる。大人数になればなるほど見つかるリスクが高くなるから嫌だが、生まれ育ちは選べないのだ、こればかりはこちらが折れる他ない。





「~♪」



 暫く進むと、小さいながらも少女の鼻歌が聞こえてきた。明かりがあることから予想はしていたがやはり起きていたか。


 それも女の子一人で暮らしているとは考えづらく、他に人が居るという結論に至った。




 足早に駆け回りつつ、人の目に触れぬよう細心の注意を払いながら進む。テーブルや椅子の下、目につかない部屋の端、棚の後ろと壁の隙間などを高速で縦横無尽に動きながら周囲の状況を確認する。




 この家は木造建築であり、身体が不自由な老人とその介護役を担っているのだろう少女の二人暮らしのようだ。かつてはもう何人かいたと思われる名残こそあれど、暫く動き回っても特に他の存在は見られなかった。



 もしかしたら誰が外出していてなんてこともあり得るが、もしそうだとしてもそこまで問題になることでもなかろう。




『キュ……』




 そんな二人暮らしの家はハウスラットの格好の住みかとなるわけだが、見つかればただでは済まないか。



 というのも腹から下が潰された状態の同胞が、か細い鳴き声を上げてこちらに助けを求めていたのが見えたからだ。




 サイズ的にはマザーとほぼ同じくらいの成体のハウスラットだが、一般的なイエネズミらしい茶色の体毛は血に染まり、今にも事切れそうである。下半身が潰されたように不自然にへこんでいる。


 踏んづけたとしてこの状態で気づかない訳もないだろう、多分鈍器か何かでバシッとやられた説が濃厚だ。


 私より一回り大きなハウスラットはその場で横たわった状態で、全身で息をしながら藁にもすがる思いでこちらを見つめている。



 ……残念だがリスクが高すぎる。それに仮に助かったところで足手まといなど餌にされるのがオチだ。




(ごめん。)



『....。』




 私が出来ることは、彼の死を教訓に生き残ることだけだ。人間に見つかればまず死は免れないことの裏付けは十分にできた。ヘマをしでかせば次は自分の番というだけである。




─────

【ハウスラット】


《スキル》

[噛みつきLv2][吐瀉攻撃Lv1]


《耐性・特性スキル》

[衝撃耐性Lv3][毒媒介Lv2]


─────



 一応目の前の同胞のスキルを確認したが、共食いには向かないことがよくわかった。得体の知れないものを媒介してやがる菌まみれのネズミなど到底食べる気にはなれん。







 それに一つ不穏なスキルが見えているような気が……



『ペッ!』



うっわ……!?



 こいつゲロ飛ばしてきやがった!きたねっ!汚いマジで!助けてもらえないからって後輩にきちゃねえもんを吐くとはどういう教育がなされているんですかねぇ!!


 寝相の悪い私の兄弟といい、唾だのゲロだの吐き捨てる先輩だのどうしてこうも私をキレさせるんだお前らはよぉぉぉ!!




【毒耐性Lv1を会得しました。】



 ど……毒ぅ!?どさくさに紛れて毒飛ばしてきたんかワレェ!?



 ま、まあきっと「後は頼んだぞ」的な……最後の置き土産的な感じでスキルを伝授してくれたのだろうが、ここまで燃えない展開になるのも中々珍しい。


 というか実際嬉しくない。もうヤメロ、マジで。




『...。』



 やることはやった、とでも言わんばかりに私の姿を見届けた先輩は力なく頭を地面に垂らし、ぴくりとも動かなくなった。




 なんか汚された気しかしないんですけど、あの。

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