私の姿ってことぉ
とりあえず全身で毛繕いしながら汚物を身体から取り除こうと試みて数秒。
今の状態で汚れを落としきるのは不可能であることを察し、ひとまず先輩の死骸のすぐ近くにあったドレッサーへ跳び移った。
その理由というのも、今の自分の容姿に向き合うためである。自分の同胞の姿はなんとなく目にしたが、肝心の自身がどうなのかがハッキリとわかっていないのだ。
...。
わかっていないと言いつつも、多分ネズミ……なんだろうが。単にネズミと思い込んでいるただの小人という可能性だってある(ない)。
....。
だがまだ見てない以上は無いと決めつけるのは早計である(淡い期待)。
.....。
取り敢えず目の前の鏡に向き合って、自分の容姿を確認するまでは人間であり続けよう。
......。
覚悟を決めるんだ私!目を開けて鏡に映る自分の姿を確かめるんだ!
.......!!
目を開いて見た鏡には、既に赤黒く変色し始めている白いぼろ切れ同然の包帯を体に巻いた、一匹の黒ネズミの姿が映っていた。
その赤黒い染みは返り血のようで、布の至るところにべったりと付着している。
更に黒い体毛もとても綺麗なものとは言い難い。どちらかというと不摂生不衛生な、光を反射しなさそうな独特の黒色だ。そんなやつが、鏡を前にした私の視線の先に映っていた。
(……は??)
私の身体はまるですべてを理解したハムスターの状態そっくりに、直立した状態で固まっていた。多分UCが流れてる今。テーレーレーレ~♪
いや、いやそうじゃなくて、待って?まだ私はすべてを理解できてない。流すのは早すぎる。なにこの穢らわしいネズミ、これが私?はい?待って待って(殴)
不安でドレッサーの机の上を走り回る私の動きが鏡越しに映っている。バッチリと合う目線、ひょいひょいと左右に動く両前足、ひくひくと痙攣するかのように動く鼻などなど..それら全てが私の動きとぴったり一致して動いている。どうやら疑う余地もなくこのネズミは正真正銘私らしいのだ。
ただでさえネズミに転生したこと自体が発狂しそうな事態なのに、あろうことかこんな魔物みたいな、いかにも汚染を振り撒く見た目をしているという事実、私は認めたくない。キモイキモイキモイキモイキモイ。
こんな明らかアンデッドみたいな見た目をしているのとか、女子学生の感性からしてあり得ない。悪魔的な姿は腐女子とかがする地雷コーデにありそうで、あのまだ子悪魔的にかわいいといえなくもない造形に無理矢理毛をぼっさぼっさと生やした、デザイナー即クビ案件デザインであった。どうやったらここまでキモく出来るのか教えてほしいくらいだ。
─────
[名称]あなた
[種族]〈マミーラット・ベビー〉
[Lv] 1/5
[体力]9/9
[魔力]5/5
[物攻] 4
[物防] 2
[魔攻] 5
[魔防] 3
[素早] 7
《スキル》
[噛みつき.Lv1]
《耐性.特性スキル》
[毒耐性.Lv1]
《称号》
[変異体][同族嫌悪][潔癖症]
─────
ここ数回解説役を務めていたなにかが、きっと何の解決策にもならないであろう私のステータスを表示してくれた。私の眼球に張り付くように表示される青文字の羅列は、慣れないと眩しさで少々堪えるものがある。教えてくれってステータスのことじゃねえよ。まあ見せてくれた以上ちょっと見てみるかあ。
ふんふん、私の名前の欄が現状【あなた】になっていて、それでその隣が現在の種族の名前……マミーラットって明らかハウスラットとは別物のなにかだよな。
それでマザーや先輩のスキルと同じようなものが名前の下にそれぞれ綴られている。上から一般的なスキルに特性、耐性系スキル、一番下はあまりにも不名誉な称号が書かれていた。
【マミーラット】
《身体の一部に包帯が巻かれた傷だらけのネズミ型モンスターであり、体内に強力な毒や呪いを媒介している。動物の死骸に集まりその肉を主食にしている害獣で、まともに埋葬されなかった遺体から湧くことから悪魔還りの象徴とされている。》
……まず媒介とかそんなえげつないことを書かないでもらいたいんだが。解説、あんまりすぎるでしょ。
なんだよ悪魔還りって、そんな輪廻還りみたいな言い回しして、いくらなんでも物言いが悪いぞ。
私は生まれたばかりのベイベー……じゃなかったベィビーだから比較的まだ綺麗な方だと思うし、マザーみたく毒媒介とかそんなことはしてない。
加えて私の称号には潔癖症があるからな!!人並みだと思うけどネズミ界では多分類を見ない程の綺麗好きだからな!ネズミ界ではなあくそぉ(血涙)!
しかもこのクソ不衛生不摂生害悪一直線のトンデモネズミが言えたことでもないけどな!!おぁぁん!!??
ぜえっ、はあっ、それで……えっと……まあ、なんだ。こんなんでも子供と認識してくれたマイマザーに感謝でもすりゃあいいのか。それよりも出来ることなら皆と同じように生まれたかったと嘆くべきなのか、これがもうわからない。
称号見るとわかるけれど、どうやら私って普通の生まれじゃないっぽいんだよね。まあ、ね。ハウスラットとマミーラットが全然違うのは百も承知だけど、称号の変異体ってやつが明らか周囲のハウスラットベビーと決定的に違うことを理解させられたんだよね。
【変異体】
《プロセスに異常を生じ、本来とは全く違った生物としてこの世に生まれた者に与えられる称号。一般的に自然淘汰される定めであるが、運良く生き永らえることができれば強力な魔物になる。》
気になって説明文は見たけれど……遺伝子的な何かに近いものという認識でいいのかな。
全く違った生物とはいってもネズミから人が生まれてる訳じゃないし。今思えばネズミからちゃんとネズミが生まれたことに安堵するわ。
まあ言いたいことは山のようにあるけれど、これで一先ず心の整理ってやつは付けられた。取り敢えず家の間取りと周囲の観察は済ませたし、大体食糧がどういう置き方をされているのかもわかった。今はどうにか住人にバレずマザーの元へ帰還するのが先決だろう。
ドレッサーから飛び降り、地面へ着地する。
私は周囲を観察しながら通った道を思い出す。確かルートは台所みたいな所にある階段上に並んだ棚を登って、天井裏に開いた穴まで一直線だった記憶がある。
ゴリッ……
そうだな、取り敢えずまた人目につかない隙間を潜って進んでいくしかない。中々遠いし面倒なことこの上ないが、はじめてのお散歩。その収穫としては十分すぎる。
ゴリッ……ゴリッ……
それにずっとここにいてはバレるだろうし、埃一つないドレッサーが誰かが使っているなによりの証拠であろうことはネズミ頭である私でも容易に理解できる。
ドン……ドンッ……
だからこそ早くこの場から離れなくちゃならないんだけど……
【危険予知Lv-を習得しました。】
こちらに近づく足音が聞こえ、まるで鳥肌が立ったかのように全身が震え上がった。ネズミに鳥肌というのも変な話だが、そんなジョークを言える余裕はない。
「…………♪」
先程ちらっと目にした少女が塵取りと箒を持ってこの寝室へ入ってきたのだ。薄い蒼色の髪を伸ばした古めかしいワンピースのような服に身を包んだ可憐な少女。場所さえ違えば、僧侶とかやってそうな清楚な見た目をしている。
彼女はおとぎ話辺りに出てきそうな15.6歳くらいの見た目をしており、手慣れた様子で先輩ネズミの死骸を掃いていた。ぱっちりと開いた栗色の瞳は不快感に歪むことなく、光を反射し艶やかに輝いている。
まだ幼さの残る顔つきで、特段ネズミの死骸を気を留めることなく陽気に鼻歌を口づさんでいた。
なんにせよ彼女の容姿や素振りからしてここは日本知っている場所ではない。仮にもし日本だったとしても私の住んでいた所とは大きく異なるようである。
……不味いな、本格的に自分が異世界転生した事実に打ちのめされてしまいそうだ。
「~♪」
そしてあろうことか、現在進行形で現実感に打ちひしがられていた私が隠れているドレッサーへと、少女が向かってきたのである。
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