第52話 広場の戦いと壁落とし

 俺たちが広場に着いた時には、数名のハーヴォルド戦士団員が槍猪パイクチャージャーを取り囲んでいるところだった。

 けど、その誰もが負傷している。中には立つこともままならないといった様子の人もいるみたいだ。


 そして槍猪パイクチャージャーの視線の先、奴が狙いを定めているのは――ソフィア団長だ。

 立ってはいるけど、脇腹のあたりを庇っている。よく見れば鎧は砕け、血が滴っている。


 既に攻撃を受けた後だ。



 その様子を、俺たちは物陰から見ていた。

 広場の窮地は見てわかるけど、いきなり叫び声を上げて飛び掛かっていくなんて、下策が過ぎる。


「おい……結構ヤバくないか? 思ったより対処に割ける人数が少ないみたいだし、ほとんどやられてるぞ……!」


 スレインの声からは緊張が伝わってきた。


「うん……まずは負傷者を助けたいね」


 俺は広場の様子を窺いつつ、簡潔に方針を伝える。


「俺が引きつけるから、みんなで倒れてる人を広場から連れ出してくれる? 離れたところで一ヶ所に集めて、ユリアに治してもらうんだ」

「それは危険すぎます!」


 真っ先に反対したのはムルだ。でも、悪いけど囮は他の人に任せるつもりはない。


「大丈夫、あいつの相手は初めてじゃない。逃げ回るだけならしばらく時間を稼げるよ。だからみんなは、くれぐれもあいつの気を引かないように注意して」


 ムルはそれでも「でも……」と不安そうにしているけど、生憎と時間が無い。


 槍猪パイクチャージャーが前脚で地面を描きだしたのだ。よく憶えてる。あれは突撃に見せていた仕草だ。


「じゃあ――頼んだよっ!!」


 その場にそう言い残し、俺は物陰から飛び出した。


 広場は街の北端に位置している。万が一にも市街地――特に東や南へ向かわれては困るから、俺はその逆側に位置取って、槍猪パイクチャージャーの真下に向けて念じる。


「《壁作成》!!」


 幸いにも奴は止まっている。

 その腹の下にスキルエフェクトが瞬いた瞬間、


「ブッヴォオオオっ――!!」


 苦し気な鳴き声が上がった。獣にとって最も無防備な腹部を、伸び上がる壁で思い切り突き上げてやったのだ。


 たまらず、奴は前脚を軸に横っ飛び。くるりと向きを変えると、分に一撃を加えた相手――つまり俺を視認する。


 同時に、ソフィア団長も俺の存在に気づいたみたいだ。


「ウォルさんっ何を……!? 危険ですっ……!」


 危険なのは分かってるけど、このままじゃ彼女たちがやられるだけだ。

 俺は団長の叫びを無視して槍猪パイクチャージャーに意識を集中させる。


 奴はまた前脚で地面を掻いている。正直、二度と見たくなかった姿だ。


 森では壁で視界を封じた後、木の陰に隠れて姿をくらます戦法で奴の攻撃から逃れた。

 でもここは見通しのいい広場。かなりの広さがあって、確かにここなら槍猪パイクチャージャーが走り回っても周囲の建物に被害を出さずに済むだろうけど――森と同じ戦法は使えない。

 広場いっぱいに壁を林立させる手もあるけど、奴に砕かれた破片がそこら中に飛び散って、俺や仲間を傷つける危険がある。


 そして厄介なことに、こいつを街の外に出すワケにもいかない。

 すぐ外はまだ大量の魔獣が跋扈している。もし槍猪パイクチャージャーが市壁を突き破って外に出たら、その穴から他の魔獣の侵入を許してしまうことになる。

 俺がこいつの相手をしてる以上、《壁修復》できる暇がもらえるとも思えない。


 つまり――ここで仕留める必要があると言うことだ。


 槍猪パイクチャージャーが地面を掻くのをやめ、ぐっと身体を落とした。


 来る――!


 俺もつられて姿勢を低くした。


 槍猪パイクチャージャーの目がぎらりと輝き、その蹄が石畳を踏み抜いたのと同時。


「《壁作成》!!」


 俺は自分と奴とのあいだに五重の壁を作った。

 それぞれが重い石積みで、厚さも十二分にある強固なものだ。


 けれど――


「……ダメかっ」


 一枚、二枚と壁が突き砕かれる音が響き、すぐに目の前の壁にもひびが入る。次の瞬間には、槍猪パイクチャージャーが石壁を突き破って姿を現した。

 よく見れば奴は衝撃でぶち抜くだけじゃなく、首を細かく振って、突き出た牙で壁を

 森で会った個体も縦置きの壁を難なく貫通して来たし、いくら壁を厚くしても止めるのは難しそうだ。


「でも――」


 元々、走りだした槍猪パイクチャージャーを正面から止められるとは思ってない。

 少しでも速度が削がれればそれでいいんだ。


 俺は迫り来る巨体に向かって、再び念を送る。


「《壁作成》!!」


 そんな必要はないのに、思わず握った拳を力強く振り上げてしまった。


 それと同時に、、迫り来る槍猪パイクチャージャーの進路上、石畳から急速に壁が伸び上がる。

 でも奴は全力の突撃チャージの真っただ中だ。当然、急には止まれない。


 猛烈な勢いで伸び上がる壁は、同じく猛烈な勢いで突っ込んでくる槍猪パイクチャージャーに接近し――その下顎を正確に捉えた。


 さっき腹部を攻撃したのと同じ戦法。だけど今度は奴自身の速度が乗っている分、その衝撃はケタ違いだ。


 顎を痛打された槍猪パイクチャージャーは首を大きく跳ね上げさせ、ぐらりと進路を俺から逸らす。


 そして――勢いはそのままに、俺の真横へ倒れ込んだ。転倒したのだ。


 前に戦った時より《壁作成》の精度も、壁を作る速度も上がっている。

 伸び上がる壁の勢いそれ自体を、武器として使うことができる。


 だけど、まだだ。転倒させたくらいで槍猪パイクチャージャーが倒せるワケじゃない。

 事実、奴はすぐさま身を起そうと首をもたげた。時間が無い!


 思惑通りにことが運んだことで高揚する気持ちを抑えて、周囲様子を確認する。


 ソフィア団長はムルに担がれて広場を離脱していく所だった。

 他の倒れていた面々も、ミナ、スレイン、ユリアが順次運び出してくれている。


 広場に残るのは、俺と槍猪パイクチャージャーだけだ。


 これならいける……!


「《壁作成》――!!」


 俺は起き上がろうとしている槍猪パイクチャージャーに向かって、再びスキルを発動する。

 だけど今度は、奴の周囲に壁が立ち上がる気配はない。


 それを不審に思ったか、はたまた気にもしていないのか、槍猪パイクチャージャーはその蹄を石畳に突き刺しその巨体を持ち上げる――その瞬間。


 奴の足元の石畳が抜け落ちるように崩れ、槍猪パイクチャージャー


 よし――!!

 成功だ。


《壁作成》は周囲のものを素材にして壁を作るスキル。

 普段は広い範囲から素材を集めているから、その影響は目に見える形で現れるものじゃない。


 だけど、素材を集める範囲を――?

 狭い範囲からごっそりと、壁を作るための「素材じめん」が失われることになるのだ。


 そう。まるで穴が空くみたいに。


 突然、足元の地面が消えて穴の底に落ちた槍猪パイクチャージャーは状況が呑み込めないのか、混乱したように首を巡らせ周囲を探る。


 これにはさすがの奴も驚いたことだろう。

 でもどんなに探したところで、穴の中には何もない――!!


「上だっ!」


 言ったところで、相手は猪。

 言葉が分かるはずないのに、偶然か、はたまた本能がそうさせたのか。

 俺が叫ぶのと同時に、奴は首をもたげて穴の上空に視線を向けた。


 そこにあるのは巨大な壁だ。

 槍猪パイクチャージャーが落ちた穴とが、奴目掛けて落下して来るところだった。


 激突まで数秒。どれほど俊敏な魔獣でも、この僅かな時間で穴から這いだして「壁落とし」を避けるのは不可能だ。


 はたして――槍猪パイクチャージャーが地上に上るよりも早く、壁は奴がいる穴を直撃した。


 轟音と土煙が辺りを包み、落下の衝撃で穴の周囲に敷かれていた石畳はひとたまりもなく吹き飛ぶ。

 遠くの建物の窓にはまっていたガラスも振動に激しくたわみ、耐えられなかった数枚が砕け散って、舞い上がっていた礫と一緒に地面に落ちて音を立てる。


 俺は自分の前に壁を作って、衝撃から身を守っていた。


 辺りが静まったのを確認して、注意しつつ壁から顔を出し、穴の様子を確認する。


 落下した壁の威力によって、穴の周囲の地面はひび割れていた。

 だけど穴自体は、衝撃で崩れた壁の瓦礫で埋まっている。

 槍猪パイクチャージャー諸共だ。


「――よしっ!」


 上手くいったみたいだ。



 高空からの巨大な壁落とし。

 その威力は森で実験済みだった。試しに使ってみた時は、落下の衝撃で地面は大きく抉れ、砕けた破片が周囲の巨木をなぎ倒すほどの衝撃だった。

 危うく俺とムルまで大怪我をしそうになったくらいだ。


 だけど「壁落とし」には難点がある。威力を上げるために高い所に壁を作ると、その分落ちてくるまで時間がかかることだ。

 俊敏に動き回る魔獣にとって、それを避けるのはさして難しいことじゃない。


 そこで思いついたのが、「素材化」による足場の消去と併せて使う方法だった。


 結果は大成功。


 奴は壁によってぺちゃんこに潰れた……はずだ。


「ケホッ……ケホッ……ちょっとウォル? 何があったの……?」

「これは……森で試していた、あれですね……?」


 ミナが咳きこみながら、土煙の中をこちらへ走って来た。ムルも一緒だ。


「壁落とし」のもうひとつの懸念は、威力が大きすぎて周囲にまで被害を出してしまうこと。


 だけどソフィア団長たちが槍猪パイクチャージャーを広場まで誘導してくれていたおかげで、周囲の建物には倒壊するほどの影響は出ていなかった。

 さらにミナやムルたちが負傷者を離れた場所に退避させてくれた。広場の外にいるなら、壁落としに巻き込まれることもなく無事のはずだ。


 城壁での攻防と同じく、みんながいてくれたからこその……勝利だ!


 だから俺は彼女たちに駆け寄って、両手いっぱいに二人を抱きしめてその喜びを分かち合おう――そう思ったんだけど、


「!? 二人とも、離れて――っ!!」


 突如、地面の下から足の裏に伝わった振動に、俺は叫んだ。

 ミナもムルも同じものを感じ取ったんだろう、離れたところで警戒するように足を止める。


 直後、穴の周囲の地面に入った亀裂が広がり、下から膨らむように弾け飛んだ。


 怒声と共に姿を現したのは、血みどろに傷ついた巨体。


 槍猪パイクチャージャー


 憤怒をその目に宿した巨大な猪が、周囲に瓦礫をぶちまけながら地上に這いでて来たのだ――!!

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