第51話 脚の怪我と神聖術
突如、建物をぶち抜いて現れた
ちょっと休んだことで多少の体力は回復してるけど、座った状態で躱せる攻撃じゃない。
まずい――っ!!
「ウォル様っ!!」
直後、
「あぅっ……!」
ムルの苦悶する声……!
さらに轟音が響き渡り、何か――先ほどまで俺が背を預けていた建物だ――が崩れていくのが分かった。
「ムル――――っ!!!!!!」
数回首を振ってから起き上がった俺は、すぐにミナとムルの姿を探す。
幸いにもミナはすぐ近くにいた。倒れてはいるけど、身を躱して転んだだけみたいだ。
でもムルは?
ムルはどこにいるんだっ!!!?
「ムルっ!! 返事をして、ムルーーーーーーっ!!!!」
「こ、ここです、ウォル様……」
土煙を上げて崩れ落ちた建物、その瓦礫の隙間からムルの声がした。
俺とミナは急いでそちらに近寄る。
「ムルっ!! 大丈夫っ!!?」
「はい。幸い、たいした怪我ではありません――うっ……!」
俺の問いに笑って答えたムルだったけど、直後に苦しそうに顔をゆがめて腿に手を当てる。
衣服から覗く彼女の太腿――そこにはざっくりと抉られたような傷がつき、真っ赤な血がとめどなく流れ出ていた。
あの猪野郎――――っ!!!!
と怒りで沸騰しかけたけど、その直後に足元を流れる水の冷たさに触れてなんとか我を取り戻す。
ていうか水!?
「まずいわ……あいつ、まだ水が引いてない西側の壁に穴を開けたのよっ!!」
ミナが叫ぶと同時に、「ごめんね? ちょっと我慢して……!」とムルを助け起こし、近くの建物の玄関先――少し高くなっているところへ彼女の身体を移す。
まさかあいつ、あの激流の中を突っ切って来たのだろうか?
予想外過ぎる!!
まずいぞ。市壁を破って魔獣が――それも一番危険な
さらに奴の空けた市壁の穴から浸水してる……! このままじゃ街の中が水没してしまう。
それに……それにムルが怪我をしてるっ!! 血もあんなに出てるし、このままじゃ彼女が――っ!!
「ウォルっ!」
ミナに名前を呼ばれて、ぐるぐると巡っていた思考がばっと現実に引き戻された。
「落ち着きなさい。今はあなたにしかできないことから優先してやるのよ」
言いながら、彼女は自分のシャツを長く長く切り裂いて、血を流しているムルの足に巻き付け始めた。少しでも血を止めるためだ。
「あなたのやるべきことは何? 考えなさい、ウォル・クライマーっ!」
そうだ。
おろおろ考えてる場合じゃない。
街に入り込んだ
ムルの手当てはミナがやってくれる。
なら俺がやることは、ひとつ。
「ごめん、すぐ戻るからっ!!」
二人にそう言い残し、俺は
「《壁修復》!!」
幸いにも穴が空いた箇所は比較的近く、浸水被害が甚大なものになる前に《壁修復》で市壁は元通りになった。
周囲の建物は水につかってしまったし、ちらほらと魔獣も流れてきていたけど、どれも死骸で生きているものはないようだ。
片づけは後でできる。
ひとまずミナとムルのところへ戻ろう。
「ウォルっ!」
「スレイン! ユリアも無事だったんだ。よかった」
路地を行く道すがら、別の辻から姿を現した二人と合流する。
この間にも、北側では轟音が鳴り響いている。
不幸中の幸いとも言えることに、すぐ外が主戦場になることが分かっていた街の北側と西側に住む住民は、万が一のことを考え反対側へ避難させている。
だから街の人への被害は出ていないはずだけど、このまま好き勝手させていたら、いつ東や南へ行くか分かったものじゃない。
「やべぇ奴に入り込まれたな。お前も迎撃に行くだろ? ……ひとりか?」
「うん、実は……」
いつもミナやムルを伴って斡旋所に顔を出していたから、俺がひとりでいることを不審に思ったんだろう。
俺は二人に状況を説明する。
それを聞いたスレインは「なるほどな」と頷き、ニヤリと笑った。
「俺たちに会えたのは運がよかったぜ。なあユリア」
「はい! ウォルさん、すぐに私をムルさんのところへ連れて行ってください」
「? 分かった――っていうかもうそこだよ!」
妙な余裕を見せる二人の態度を不思議に思いながらも、俺たちはミナとムルが待つ場所へと戻って来た。
「ムルさん、傷を見せてください」
そう言いながらムルの傍にしゃがみ込んだユリアは、杖を大地に突き立てると、目を閉じて精神を集中させた。
すると、彼女の周囲が地面から立ちのぼるような青い光に包まれる。
これは……!
「ユリアって神聖術師だったの?」
神聖術は、他者の傷を癒し力を与える神の技。実態は魔法のひとつだって聞いたことあるけど、それを得意とする人は神聖術師と呼ばれている。
使い手はかなり限られるけど、勇者パーティにいた頃に何度もお世話になっているから、神聖術のすごさは知っている。
さすがにマリンがやるみたく一瞬で治癒するワケではなかったけど、青い光に包まれたユリアが手をかざすと、見る見るうちにムルの足の傷が塞がっていくのがわかった。
一分もしないうちに、血の跡を残して元通りだ。
「終わりました。どうですか、ムルさん?」
「ええ……何ともありません。すごいですユリアさん! ありがとうございました……!」
かなりの深手だったはずだけど、治療を終えたムルは何事も無かったように足を曲げ伸ばしした後、なんとすぐに立ちあがった。
本当に、完全に治ったみたいだ。
「あああああありがとうユリアああああああっ……!」
事なきを得て本当によかった。
感極まった俺は傍で額の汗をぬぐっていたユリアを思いきり抱き締める。
「うぉうぉうぉうぉウォルさんっ!? ちょっと、大げさですよ……」
ユリアは驚いて手をパタパタさせた。
でも全然大げさなんかじゃない。彼女は恩人だ。
俺はしばらくのあいだ、ユリアが「あうううう……」と脱力するのにも構わず手を離すことはしなかった。
やがて俺の背後からミナが、ユリアの背後からスレインが、それぞれの首根っこを引っ張るようにして俺たちを引きはがした。
見事なコンビプレーだ。この二人はそんなに仲が良かったっけ?
「まったく、いつまでやってるのよ……ホント隙あらばセクハラするわね」
「セクハラって……感謝の気持ちの表れだよ……?」
ミナが呆れたように言うので弁解する。例えムルを治してくれたのがスレインだったとしても同じことをしてた。たぶん。
「感謝のセクハラもいいけどな、今は時間が無いってこと忘れるなよ?」
とスレインも肘で俺の頭を小突く。なんか当たりがキツい気がするけど、確かに彼の言う通りだ。
俺たちは
今も時折、離れたところで大きな音がしている。
「広場の方角ね。多分、そこで足止めしてるんだわ」
「それなら、俺たちも加勢しよう」
全員が頷き、俺たちは街の北広場へと走った。
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