第49話 魔獣の襲来と壁崩し

 その知らせが届いたのは、じき夜が明けようという頃だった。


「来たぞっ! 北北西だっ!!」


 見張りに立っていた戦士団員の叫び声と共に、赤色の光源魔法が空に撃ち上がる。

 壁上に待機していた俺たちも、そちらの方向に視線を向けた。


 稜線の向こう、谷間に蠢く影がある。

 こちらに近づき、光源魔法に晒されたことで、その正体が明らかになった。小~中型規模の魔獣の群だ。


 魔獣たちは一直線に街を目指している。

 奴らには種類ごとに様々な習性があるけど、どういうワケか目に映る人間を害するという一点において、どの魔獣も共通して異様な情念を燃やすのだ。


「ウォルさん、準備はよろしいですね?」


 後ろからかけられた声に振り向くと、そこにはソフィア団長が立っていた。

 現場の最高指揮官である彼女がここにいるのは、今回の作戦の要である俺の護衛……そして名目上とはいえ、ミナの監視のためだ。


 複雑なものを感じながらも、俺は彼女に頷いた。


「大丈夫です!」




 魔獣たちは種類によって素早さが違う。まず最初に城壁に辿り着いたのは、小型の中でも特に体が小さいものたちだ。奴らは一番外側の第一城壁に貼りつくと、そのままするするとほぼ垂直の壁面を登ってくる。


「登ってくる魔獣は弓で射落としてくださいっ! 攻性魔法は壁下に纏まった集団を狙うんですっ!!」


 叫びながらソフィア団長も自ら弓に矢をつがえ、壁の中ほどから迫っていた蟻型魔獣、ダイバーアントの脳天を打ち抜いた。


 他のみんなも壁に取りついた魔獣を次々と排除していく。俺も負けじと弓を弾き続けた。


 たまに「壁落とし」と、そこからの《壁爆破》で数を減らそうと試してみるけど、この高さからだと「壁落とし」は結構な確率で避けられてしまうし、落ちて来た壁を警戒して魔獣が近づかないから《壁爆破》もあまり有効には働かない。

 やっぱり無警戒の相手を狙うのとはワケが違う。


 けど幸い矢の備蓄はたっぷりある。

 壁上に集った全員が惜しむことなく矢の雨を降らせ続けた結果、瞬く間に壁の下には大量の魔獣の死骸が積み重なっていった。


 ここまでは結構順調だ。


 しばらく防戦が続く中、不意に誰かの叫び声が聞こえた。


「ソフィア団長、あれを!」


 その声に釣られるように、俺はソフィア団長と一緒に顔を上げる。

 空には赤い光源魔法が輝いていた。新たな敵が現れたという合図だ。


 街の外の草原を、さらに大群の魔獣が疾駆してくる。

 そしてその中には、人の倍ほどはありそうな巨大な影。小型や中型と比べて足が遅い大型が追いついて来たんだ。


「ウォルさん、準備をお願いします!」


 魔獣の増援を確認したソフィア団長にそう言われ、俺は無言で頷く。


「弓手の半数は撤退しつつ接近中の魔獣を迎撃! 残りは半数の撤退が完了するまで引き続き壁面掃討を徹底してくださいっ!」


 俺が作った三重の防壁、そして市壁には、それぞれの層を繋ぐ橋が一定間隔で架けられていた。

 ソフィア団長の指示て、壁の守りに当たっていた内の半分が外に矢を射かけつつ、橋から第二城壁まで後退する。

 俺とソフィア団長も彼らにまじって後ろへ下がった。


 当然、守りが手薄になった分、魔獣の攻勢が激化する。壁を登る小型魔獣を打ち落としきれず、奴らはどんどん壁上へと迫って来る。


「半数撤退完了! 残りも急いでっ!!」


 ソフィア団長の号令と共に、黄色の光源魔法が打ち上る。第一城壁に留まっていた人員も急いで橋を渡り、第二城壁へと退避する。


 ちなみに普通の城や砦なら、二重三重になった城壁のあいだに橋を架けたりはしない。

 そんなことをしたら、壁上に到達した敵が一気に内側まで攻めてくるからだ。


 でもこの三重城壁に橋が架かっているのには理由がある。


 俺はとうとう壁上にまで登って来た魔獣を矢で撃ち落としながら、今か今かとを待っていた。


 やがて――


 空に緑色の光源魔法が輝いた。撤退完了の合図だ!


「ウォルさんっ!!」

「はいっ――――《壁爆破》!!」


 ソフィア団長の号令に合わせて、俺は魔獣に占拠された第一城壁を

 壁上にいた魔獣、壁面に取りついていた魔獣は崩れゆく瓦礫と共に落下していき、壁下に群がっていた仲間の頭上に降り注いだ。


 夥しい数の魔獣が潰れ、そこいら中から断末魔が上がる。

 おそらく数百体は壁の崩壊に巻き込めたんじゃないだろうか。


 街を守るために考案した、大量の魔獣を一気に仕留めるための――壁崩し戦術だ。


「すっげぇ……! おい、大成功だよなこれ!?」

「見て、あれだけの数の魔獣が瓦礫の下敷きになってるわ!」

「さすが……壁男だ……!!」

「変態英雄万歳っ!!」


 そこかしこから興奮した叫び声が聞こえて来た。一部気になる発言もあるけど、みんな口々に俺を讃えている。


「素晴らしいです、ウォルさんっ! 期待した以上に効果的ではないですか。《壁作成》……『壁を作る』とだけ聞いた時にはどのようなものかと思いましたが、これほどまでに有用とは驚きましたっ!」


 おお、ソフィア団長にも《壁作成》のすごさを認めてもらえたぞ!


 と興奮するけど、俺一人じゃここまでの戦果は出せなかっただろう。


 森で試してみたところ、単純に壁を大きくすればそれに比例して《壁爆破》の威力も強くなる……というワケではないらしかった。

 小さな壁を爆破した時は、小型の破片が辺りに飛び散って近くの魔獣を攻撃できる。けど大きな壁を爆破した場合はあまり小さな破片にはならず、瓦礫となってその場で崩れるだけだった。


 もちろん瓦礫が大きい分攻撃力はあるけど、大きな壁の「爆破」を有効に使うためには、攻撃対象もかなり壁に接近している必要がある。


 今回は他のみんなが広く展開して魔獣を壁に集め、ぎりぎりまで引きつけてくれたおかげで、最大限の効果を発揮することができたのだ。


 それに――


「褒めてもらえるのは嬉しいですけど……まだ終わりじゃありませんよ。次が来ますっ!」


 積み重なった壁の瓦礫と魔獣の死骸。そこからもうもうと舞う土煙の向こうから、さらに魔獣が押し寄せて来た。

 さらに、壁の崩壊を免れた魔獣も動き出す。


「もちろん、分かっています。再度迎撃、始めてください!!」


 ソフィア団長の号令で、再びみんなが壁面に取りつく魔獣を射落とし始めた。


 今度の群には大型まで含まれている。大型は壁に取りつくと、あるものは鋭い爪を、またあるものは尖った角を城壁に突き立てた。

 一撃で壁を崩したりはしないものの、凄まじい筋力と魔獣自身の重量を乗せて振るわれるそれらは石壁の表面にひびを刻み、穴を穿つ。

 放っておけば反対側まで突破されるのは確実だ。


 でも第二城壁も、第一と同じく最終的には崩して使う。

 大型はひとまず放置して、先ほどまでと同じように、壁を登る小型魔獣に狙いを絞って撃ち落とす。


 と同時に、俺たちは全体的に、じりじりと街の西に移動を始めていた。

 人を見れば本能で襲いかかる魔獣たちも、それに釣られる形で群全体が少しずつ西側へと移動していく。


 いいぞ……!


 もう森の方向から来る影は見えない。

 目視できる魔獣の数からいっても、街に向かっていた群はその大部分が城壁の周りに集まっていると考えていいだろう。


 絶好のタイミングだ。

 あとはが間に合えば……。


「団長! 北側の壁上に魔獣が……!」


 その声に北側へ目を向けると、小型の魔獣の群が壁上に到達してこちら……西側へと迫って来るところだった。

 防御の陣が少しずつ北から西へ移動していたので、どうしても北側が手薄になっていたのだ。


 幸い、と言うかこうなる危険を考え、北側に第二城壁から第三城壁へ続く橋は作ってない。

 でもそろそろ第二城壁も限界だ。


「ソフィア団長!」

「はい。光源魔法用意! 色は黄! 全員第一城壁まで撤退してくださいっ!!」


 号令と共に、俺たちも橋を渡って第一城壁上に向かう。今度は既に魔獣が壁上に到達しているので、殿を務める人数は最小限。

 数名のハーヴォルドの戦士団員が剣を抜き放ち、壁上を伝ってくる魔獣と相対する。

 さすがは本職の騎士だけあり、襲い来る魔獣を次々に切り捨てていく。

 けどそもそもの数が違い過ぎる!


「《壁作成》!!」


 俺は城壁の上にさらに壁を作り、魔獣の進路を妨害した。

 殿の戦士団員たちは一瞬面食らった様子だったものの、ソフィア団長の「今です! 全員退避!!」の号令に我を取り戻すと、急いで橋を渡り第一城壁へと後退する。


 直後に、緑の光源魔法が頭上に光った。

 他の場所も含めて、全員が退避できたという合図だ。


「《壁爆破》!!」


 念じると同時に、轟音を響かせながら第二城壁が崩壊する。

 第三城壁の時と同じく、壁上を駆けていた魔獣、壁面を登っていた魔獣、そして壁下で壁を破壊していた大型魔獣までもがその崩壊に巻き込まれ、瓦礫の、あるいは仲間の下敷きとなって絶命した。


 けど一気に撤退して引きつけが足りなかった分、先ほどより集まっていた数が少ない。大型を多数巻き込めたのは良かったけど、倒した数はおそらく一〇〇体そこらだ。


 第三城壁で潰した数と合わせて、目算で約五〇〇体。矢や魔法で倒した魔獣と合わせても七〇〇体ほどだろう。

 あと一三〇〇体……でも三重城壁の内、二層は使ってしまった。

 そして最後尾の市壁はもちろんのこと、第一城壁は崩して使うワケにはいかないのだ。


 つまり、現状で打てる手は出し尽くしてしまったことになる。

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