第47話 妙案と魔獣の秘密

「なるほど……確かにそれならいけるかもしれませんね」


 俺の考えを聞いたクラルゥは素早く地図に目を走らせ、それが可能かを確認したようだ。


「すげぇ策じゃねえかよウォル! でもすげぇ間が抜けてるな!」


 言いながらスレインが俺の背中をバンバン叩く。

 痛い。でも間が抜けてるのは本当のことなので何も言い返せない。


「ソフィア、ルイナさん、グラミーさん。各戦士団員と冒険者の方々に今の作戦をお伝えしてください。トゥルーア、住民にお触れを。明日の日没以降、街から外に出ることは禁じます。近隣の町にも早馬を走らせて、領都に近づくことのないよう徹底させてください。あとモルドガッドに鳩の伝令を。大至急、森の該当地域を確認して折り返し連絡するように」


 てきぱきと指示を出すクラルゥに、各々の代表者とメイドのトゥルーアさんは力強く頷く。

 絶望的だった状況に、ほんの僅かだけど光明が見えたた。

 そのおかげか、その場にいる誰もが、瞳の中に闘志を燃やしていた。


「それにしても……」


 みんなが多かれ少なかれ気分を昂らせる中で、ただ一人少し不安そうに地図を見つめている人影があった。


 ムルだ。


「みなさんがあんなに驚かれるということは、魔獣が二〇〇〇体も一気に襲ってくるなんて、本当ならあり得ないということですよね?」

「ええ、そうね。過去にも魔獣の大移動スタンピードは何度か確認されてるけど、これだけの数が一気に動くなんてこれまでに例が無いわ」

「それなら、今回はなぜこんなことになったんでしょう……?」


 疑問に答えたのはルイナさん。彼女は「言われてみれば……」と地図を眺めながら首をひねる。


「……普通、魔獣が理由もなく大きく縄張りを移動することはほとんどないわ。特に大移動スタンピードみたいな規模となると、必ずがある。例えば大規模な山火事で炎から逃げるためだったり、天敵になる大型の魔獣が大量発生したことで、小~中型の魔獣が生息地を追い出されたりとかね」

「それでいくと、今回のは後者の例みてぇに槍猪バイクチャージャーとかいう奴のせいなんじゃねぇのか? このデカブツにブルって森の魔獣が逃げて来たんだろ? 別におかしなこたぁねぇように思うがね」

「私もそう思ってたんだけど、それだけじゃ説明がつかないのよ。見て」


 グラミーの言葉に首を振ると、ルイナさんは地図の上に並べられていた駒を一ヶ所に纏めた。

 一〇個程度の駒が地図の上、ハーヴォルドの街のすぐ傍に密集する。


 それから彼女は別の駒をひとつ手に取った。地図の脇に除けてあったものだ。


「今、私が持ってる駒を槍猪バイクチャージャーだとするわね。これを真っ直ぐハーヴォルドまで近づけていくわ。他の魔獣の駒が集まってるところを突っ切ってね」


 言いながら、ルイナさんはその駒――槍猪バイクチャージャーを移動させていく。

 ハーヴォルドの街まで行く途中、槍猪バイクチャージャー魔獣の群にぶつかる。魔獣槍猪バイクチャージャーの移動によって左右に掻き分けられ、最終的にひとつの魔獣だけが押し出される形で、ハーヴォルドの街まで一緒にやって来た。


 別に変わったことはない、当たり前の結果なように思う。

 他のみんなも同じように怪訝な顔をしていた。


「! 確かに……変です」


 その中でムルだけが、ルイナさんの言わんとすることに気づいたらしい。


「魔獣が槍猪バイクチャージャーに追い立てられるように移動しているなら、もっと四方八方に逃げていくはずです。全部の魔獣が纏まってハーヴォルドを目指すなんてありえない……!」

「ん……あ、そうか!」


 それでようやく、俺も気がついた。


 今ルイナさんがやって見せたように、魔獣の群に槍猪バイクチャージャーが近づいても、結局街まで追い立てられた魔獣はひとつだけ。大部分は右に左に逸れていき、森に残ったままだ。


 これは動かない駒での見立てだけど、実際の魔獣はもっと劇的に反応する。群に向かって槍猪バイクチャージャーなんかが突っ込んで来たら、ムルの言う通りもっとてんでんばらばらな方向に散るはずだ。


 こんなことで二〇〇〇体もの魔獣が、森から移動してくるはずがない。

 何しろ二〇〇〇体という数は、ハーヴォルドに近い森の地域全体から掻き集めたような数なのだ。


「おいおい待てよ。受付嬢のねぇちゃんはさっき天敵が原因で大移動スタンピードが起こったっつってたろ?」

「ちゃんと話を聞いてなかったの? 天敵になる大型の魔獣が発生したことでって言ったのよ」


 グラミーの指摘はルイナさんによってバッサリ斬られた。


 その通りだ。

 逆に言えば、いくら槍猪バイクチャージャーが強力な魔獣だからといっても、一体でそれほど多くの魔獣に影響を及ぼすことはできないはずだ。


 普通ならば。


「逆に、一体の魔獣で森の魔獣を特定の方向に誘導するためには……」


 ソフィア団長が、ルイナさんから受け取った槍猪バイクチャージャーの駒を、魔獣の群に近づける。

 ただし、今度は一直線にハーヴォルドを目指すのではなく、群全体をハーヴォルドに近づけるよう、皿に残ったスープを匙で掻き集めるみたいにして移動させていく。


「こうした動きになるでしょうか」

「そうね。でも魔獣がそんな作為的な動きをするかしら……?」


 今、ソフィア団長が見せたやり方の他に、例えば集団の後方を扇側に往復して少しずつ追い立てていくなんて方法もある。

 けどルイナさんが言う通り、そのどれもが知性のないの獣の動きとは思えない。


 これじゃまるで……。


「……まるで、意図的に魔獣を誘導してるみたいですね……」


 …………!


「まさか……」


 ムルのひと言で、俺はある仮説に思い至った。


「ウォルさん、何か思い当たることがあったんですか?」

「いや、まだわからないけど……」


 クラルゥが問いかけてくるけど、俺の考えは突拍子もなさ過ぎて、まだ確証には至れない。


 けど……もしそうだとすれば。


 辺境伯の命令で第五層に出入りしていたミナ。

 秘匿されていた密輸用の地下坑道。

 最終防壁フロントラインのこちら側に現れた獣侵領域の魔獣。

 そしてその魔獣によって不自然に引き起こされた大移動スタンピード


 これらすべてがひとつに繋がる……!


 それを確かめるためには……。


「今すぐミナに会いに行かないと……! 確認しないといけないことがあるんだ」




「ミナっ!」


 ムル、クラルゥと共に地下監獄を訪れた俺は、ミナに呼びかける。

 寝台に座っていた彼女は、鉄格子の向こうで顔を上げた。


「……何かあったの?」


 俺の只ならぬ様子に、何かを察したらしい。鉄格子の前まで歩いてきたミナは、俺に怪訝そうな顔を向ける。


「うん、実は――」


 俺たちはミナに街の現状を説明した。


 彼女はやや驚きながらも冷静にそれを受け止める。

 リナが街を離れていて、ひとまずは難を逃れているという点も大きかったのかもしれない。


「――それで、ミナに確認したいことがあるんだ」

「いいわ。私に分かることなら何でも訊いて」


「ありがとう。知りたいのは二つだけだよ。ひとつはミナが第五層への行き来に使ってた地下坑道が、どれくらいの規模だったのか。もうひとつは第五層に入った時に、魔獣に襲われたことがあるのかどうかだ」


 正直に言えば、その二つの質問に対する答えはほとんど予想がついていた。

 でも念のため、それが合っているのかミナに確認しておきたい。


「随分変なこと訊くのね……まぁいいわ。地下坑道はそこそこ大きくて、荷馬車くらいなら通れるくらいの広さがあったと思う。あともうひとつのほうは、訊かなくても分かるでしょ? 獣侵領域で魔獣に出くわして、無事に帰ってこれるはずないもの」

「やっぱり……」


 彼女の答えに、俺の考えはより一層確信へと近づいた。


第六層こっちでは何度か魔獣に遭遇したりもしたけど、第五層むこうでは姿も見てないわ。でも……そう言われてみると……確かに、おかしいわね……?」


 ミナも、話していて自分が言ってることの違和感に気づいたみたいだ。

 そう。のだ。


 クライス曰く、獣侵領域の魔獣は巨大で、獰猛で、

 魔獣との遭遇率は、むしろ獣侵領域の方が高いはずなのだ。

 にも拘らず、ミナは数度の第五層行きで、一度も魔獣に出くわしていないという。


 そもそも、最初にミナの話を聞いた時からおかしいと思っていた。


 獣侵領域はあのクライスたちですら恐れ、警戒していた地だ。

 それなのにミナが単身で獣侵領域に乗り込んで、無事に帰ってこれるはずはない。絶対に。


 一度や二度なら、運がよかったということで納得できないことも無かった。


 だけど彼女がここと第五層を行き来したのは、一度や二度じゃない。


 それが意味するところは、つまり――


「もしかしたら、誰か人間がいるのかもしれない」

「魔獣を……操る?」


 ミナは首をかしげる。


 確かに突飛な発想だ。

 でもそう考えれば、色んなことに辻褄が合う。


「さっきムルも言ってたけど、森での槍猪バイクチャージャーの動きには何かの意図が働いてると思う。森の魔獣を掻き集めて街にけしかけるなんて、普通の獣のやることじゃない」


 獣侵領域の魔獣だから知性が高いという可能性もあるけど、以前遭遇した個体からは、そうした様子は感じられなかった。

 足音を忍ばせて回りこんだりといった獣としての狡猾さは持っていたけれど、基本的にただ突っ込んできては方向転換を繰り返してただけだ。


 もしあの時の個体にそんな知性があったなら、俺はあっという間にやられていただろう。


 ミナが獣侵領域を何事もなく行き来できたのも、きっとルート上から魔獣がいなくなっていたからだ。そうでもなければ、数度の往来のすべてで一度も魔獣に遭遇しないなんてことはありえない。

 ただやっぱりこれも、魔獣が自分から道を開けてくれるとは考えにくい。


 森での槍猪バイクチャージャーと、第五層の魔獣。どちらも魔獣の動きとしてはあまりに不自然だ。

 だとしたら……素直に考えて、これらの動きはのでは?


 例えば誰かによって、人為的に操作されている、とか。


 そして――もし魔獣を操ることが可能なら、槍猪バイクチャージャーがどうやってこちら側に来たのかも説明がつく。


「きっと……槍猪バイクチャージャーは地下坑道を通ってきたんだ」

「地下坑道を……? さすがに、あの巨体が通れるほど広い坑道じゃなかったわよ?」

「今の大きさに成長する前に、連れてこられたんだよ」


 どんなに大型の魔獣も、元からあのサイズというワケじゃない。

 最初はもっと小さい状態から、獣や、他の魔獣や、人間を喰らって大きく成長していくのだ。


 あの船みたいに大きい槍猪バイクチャージャーだって、元はもっと小さい個体だったはずだ。

 その時期に、誰かの誘導で地下坑道を通って来たとすれば、なぜ最終防壁フロントラインのこっち側にいたのかも説明がつく。


 そして――


「もし魔獣を操ってる誰かがいるんだとしたら、それには辺境伯が関わってるはず……」


 第五層の屋敷に行くミナの道程から、邪魔な魔獣を排除する。

 このタイミングでハーヴォルドに魔獣の群をけしかける。


 どちらも辺境伯にとって、好都合に働いている。


 前者については言うまでもない。

 いくらミナを言いなりにできたって、彼女が第五層の屋敷まで辿り着けなければ、財宝を持ち帰ることだってできないんだから。

 というより、辺境伯はミナが無事行き来できることを、あらかじめ知っていたに違いない。

 でなければそもそも、獣侵領域に立ち入ってものを取ってこさせるなんて、可能だとは考えないはずだ。


 後者についても同じ。

 魔獣が近づいているせいで、俺もムルもクラルゥもそちらの対応に手一杯だ。そのせいで辺境伯の不正を暴くため証拠集めが、まったくできない状況になっている。

 あるいは……考えたくないけど、俺たちを含め関わった人間を皆殺しにしてしまえば、密輸ルートのことを知る者はいなくなる。一度は存在がバレたけど、引き続き使い続けることもできるということだ。


 状況を考えると……やっぱり、一番怪しいのは奴ということになる。


 どういう経緯かは分からないけど、奴は魔獣を操る術を持った人間を仲間にしている。

 あるいは、奴自身がそうした方法を持っているのかもしれない。


「……そう思うんだけど、どうかな?」


 俺はミナ、ムル、クラルゥに問いかけた。

 俺自身は辺境伯への疑念が強すぎて、何でも奴の仕業に結び付けてしまうきらいがあるから、三人の客観的な意見も聞いておきたい。


「……魔獣を操るなんて俄かには信じられないですけど、確かに……偶然ミナさんが行った時だけ魔獣に見つからず、偶然槍猪バイクチャージャーが坑道を通ってこっちに来て、偶然ハーヴォルドに魔獣の大群をけしかけている……と考えるよりは、筋が通ってる気がします」


 とクラルゥ。


「はい。それが可能だったと考えれば、これまでの不自然な点にも納得できます」


 ムルも頷く。


「私は、あいつが何をやらかしたとしても不思議には思わないわね。欲望のためならどんなことでもできる奴よ」


 ミナは言うまでもないといった様子だ。


 三人とも、俺の意見に賛同してくれた。


 ただ、そうなるとひとつ懸念がある。


「もしこの騒動が辺境伯の仕業なら、奴は騒ぎの裏でさらに何かをやろうとしてるのかもしれないよ」

「……それなら、可能性が高いのは私の口を封じることでしょうね。あいつがやってきた悪事はほとんど把握してるもの。もし私がそれを全部曝露したら、さすがにあいつも困ったことになるはずよ。それに……ウォルみたいに、私の話から自分と『魔獣を操る人間』との繋がりに感づく人がいるかもしれないし」


 だったら騒動の最中、ミナをここに残しておくのは危険だ。

 でも魔獣は明日か明後日にはやってくる……どうすれば。


 悩んでいると、突破口はクラルゥからもたらされた。


「だったら、ミナさんも街の防衛戦に参加してもらいます」

「え、そんなことできるの?」


 俺が驚いて尋ねると、彼女は得意気にひとさし指を立て説明する。


「領主の権限で、囚人を戦地に送って戦わせることができるんですよ。まあ本来は刑罰のひとつなんですけどね。ソフィアには事情を話しておきます」


 そんな制度があったのか。


「ただ当然、ソッチはソッチで危険が伴いますよ。それに牢から出るにあたっては、逃走防止用の拘束呪具をつけてもらうことになります。ハッキリ言ってカワイくないですし――それをつけたまま街の境界を一歩でも出たら、いつドカーンされても文句は言えないです」


 クラルゥの言葉に、俺は息を呑む。

 つまり、逃げようとしたらいつでも殺せるということだ。


 ミナは逃げたりしないだろうけど、そんな危険なものを着けさせるなんて!

 俺はクラルゥに抗議しようとした。


 けど――


「……危険なのはここにいても同じよ。それなら――」


 ミナの決意は既に決まっているみたいだ。


「私も、あなたたちと戦うわっ――」

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