第45話 逃げた後悔と逃げない者たち
現れたのは黒鉄の鎧を身に纏った騎士数名。いや、よく見ると扉の向こう側にまだ何人も、同じ格好の騎士が控えていた。
先頭の男は兜を脱いだ。
彼はたしか、ダグラスの護衛として一緒にいた男だ。まだ若く、二〇代そこそこに見えるけど、この一団の代表なんだろうか。後ろに立ち並ぶ連中も、みんな一〇代かそれを少し過ぎたくらいの年齢だ。
「すまんね、遅くなった。何せ人数が多いンでな」
男はたいして悪びれてもいなさそうな態度でそう口にした。
「なんだ……お前ら辺境伯のとこの戦士団じゃねぇか」
「こんな時に何の用だ?」
冒険者たちが騎士にそう声をかける。
正確には既に解雇されているらしいから元戦士団だけど。
「おいおい冷てぇなあ。俺たちもここに登録した冒険者だから顔を出したってのに」
「よく言うわ。割のいい依頼を独占して私たちを困らせるために登録したくせに」
団長と思しき騎士に対して、手厳しい意見が飛ぶ。当たり前だけど、みんな同じことを考えていたんだな。
「おぉ怖え。分かった分かった、今はお前らと争うつもりはねぇよ。それより話は聞いたぜ……魔獣二〇〇〇体とはまたおっかねえモンが来たもんだ」
団長は両手を挙げて敵意が無いことを示すと、人込みをの中を掻き分けルイナさんが立つ講壇に上った。
「で? お前らは逃げだす算段をつけてるのか? 街もそこに住んでる奴らも見捨てて、自分とお友達だけ助かりゃそれでいいってか」
そのもの言いに、すぐさま怒声が上がる。
「何言ってやがる!! 遅れて来といて分かった風な口利いてんじゃねぇぞっ!!!!」
「戦って街を守るのなんて無茶に決まってるでしょ! だからせめてひとりでも多く助けられないか必死に考えてたんじゃないっ!!」
「大体、お前らだって同じだろうが!! あのダグラスとかいうボンボンもお前らも、故郷を見捨てて逃げたんだろうがよ!! 偉そうなこと言ってんじゃねぇ!!」
次々にぶつけられる非難を、団長は耳をほじりながら面倒くさそうに聞いていた。
やがて冒険者たちがひと通り怒りを吐き出し終えたのか、声が途切れたところを見計らって喋り出す。
「……そりゃ、偉そうなことも言うわな。なんつっても俺たち先達からお前らに、ありがた~い経験談を聞かせてやろうってんだからよ」
「経験談だぁ?」
「そうだ」
すると団長は突然神妙な顔つきになり、彼が纏う空気が一変する。
それが伝わってきたのか、冒険者たちも口を挟まずその言葉に耳を傾けた。
「お前らの言う通り、若も俺たちも逃げだしたんだ。見捨てたなんて思いたくねぇが……ま、結果は同じ。俺たちは生き残って、故郷の街は無くなっちまった」
それは懺悔にも似た響きだった。
あのプライドが高いダグラスの家の戦士団だ。さっきまでの態度といい、彼らも相当高慢な性格なんだろうと思ったけれど、突然何を言いだすんだ?
「俺たち戦士団は、元々はもっと大勢の仲間がいた。だけど二年前、街を守るために残った先輩の団員たちから言われたのさ。お前らは若を守って街を離れろ、あとは俺たちで何とかするからってな」
団長は思い出すのも辛そうに話す。
「ホント言うと、心の中じゃ何とかできるわけねーってこたぁ分かってた。だけど俺たちは先輩連中の言うことを信じるフリして、逃げることを選んだのさ。若を無事に逃がさにゃなんねぇ、だから仕方ねぇんだって言い訳してよ。若だってきっと分かってる。その上で自分が助かる選択をしちまったんだ。もちろん先輩連中が何とかできたワケねぇ。そいつらはみんな、死んだよ」
なるほど。
団長も含めて若い団員ばかりだと思ったけど、そういう事情があったのか。
「それからは後悔ばっかりだぜ? 何かにつけて夢に見るし、風の噂で第五層の街がどうなったか耳にした日にゃあ、どんだけ酒飲んでも全然酔えやしねぇ」
故郷を見捨てて逃げ出した臆病者と言われて、ダグラスは激昂していた。それはそのことを後悔していたからだ。
戦士団の団員達も、彼と同じ気持ちなんだろう。
そこまで話した団長は、講壇からじろりと、居並ぶ冒険者たちを見回した。
「それがこの先、お前らを待ってるモンだ。お前らは戦士団じゃねぇし、街の安全に責任を負ってるワケでもねぇが、どいつもこいつも……真っ先に逃げだしゃいいものをよ? ほんの少しでも街の奴らを助けられねぇか、頭を捻ってやがる。そんなんでよぉ……後々残された連中がどうなったか聞いて、後悔しねぇワケねぇだろ?」
さっきまで団長に対し、あらん限りの怒りをぶつけていた冒険者たちは、彼の話に押し黙るしかなかった。みんな分かっているからだ。彼の言う通りだということが。
水を打ったように静まり返る斡旋所の中で、団長の話は続く。
「別に俺は『お前らにはそんな想いをして欲しくないんだ』なんて言うつもりはねぇ。ただよぉ……俺らが二度と、味わいたくねぇんだ。だから――」
そこまで言うと、団長は講壇から降りて姿勢を正した。
「だから、頼む。手を貸してくれ」
そして――腰を曲げて、冒険者たちに向かって頭を下げたのだった。
「俺たちに今度こそ、自分が住む街を守らせてくれ」
団長が頭を下げるのと同時に、入り口に立っていた騎士、そして外に控えている団員たちも、同じように彼に倣う。
基本的に貴族お抱えの戦士団員は、その貴族に準じる平民より高い身分だ。
その彼らが、平民である冒険者たちに頭を下げていた。
冒険者たちは誰もがしばらくのあいだ、その奇妙な光景を前に思考を止めたままでいた。
信じられなかったのだ。これまで自分たちを散々困らせて来た辺境伯家の戦士団が、頭を下げてまで自分たちに頼みごとをするなんてことが。
けれど――それは裏を返せば、それだけ彼らが本気だということだ。
このハーヴォルドは彼らの故郷というワケじゃない。でもこの街に避難してきて、二年間を暮らすあいだに、彼らにとってもここは守るべき場所になった。
本来流れ者であるはずの、俺たち冒険者と同じだ。
その静寂はしばらく続いた。けれどやがて、それを破って声が上がる。
「……ったく、話が回りくどくねぇか? ひと言『手を貸してくれ』って言や済むのによ」
この声を皮切りに、凍っていた周囲の空気が解け始めたのがわかった。
「まったくじゃな。急に身の上話なぞされた時には何事かと思ったわい」
「身の上話って言うより自分語りだったわね……」
「長い上にくどいしな」
「お前ら……それが頭下げてモノ頼んでる奴に言う台詞かよ……」
頭を上げた団長は不貞腐れたように冒険者たちを睨む。
でも、もう団長を怒りの眼差しで見ている人間はいなかった。
「まあ、仕方ありませんね……先達さまのありがたいお言葉では、無視するワケにもまいりません」
「……そうね。結局、戦う以外に道は無さそうだし」
「おお、俺たちはやるぞ!!」
「どこまでやれるかわからんが……やらずに後悔するより千倍マシだしな!!」
冒険者たちの士気は一気に燃え上がり、誰もがその瞳に闘志を宿している。
さっきまでの逃げ腰な空気はすべて吹き飛んだ。代わりに立ち込めるのは、熱気と勇気だ。
そうだ。
俺たちは街を守って戦う。壁たるもの、背後にいる人たちを見捨てて逃げたりしない。
俺もムルも、この冒険者や戦士団員たちと気持ちは同じだ。どれだけ魔獣の数が多くても、諦めたりするもんか。
「おおおおおおおおおお、やったるぜええええええええええええええええっ!!!!」
冒険者たちの自らを鼓舞する
ルイナさんもほっとしたように胸を撫でおろしている。
かくして、冒険者約八〇名に、辺境伯家の元戦士団七〇名。
計一五〇名がハーヴォルドの街の防衛に加わることになったのだった。
ちなみに、斡旋所でみんなが
「それに、俺たちには変態壁男もついてるしな!」
「おお、変態英雄壁男万歳!!」
歓声の中で誰かがそう口にしたのが聞こえた。
まさかそれ、俺のことじゃないよね?
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