第43話 金の行方と火急の知らせ
グランヴェンシュタイン城。
もうじき夜が明けるという時間だけど、クラルゥの私室に集まった俺、ムル、リナ、クラルゥは、ミナを助けるために「財宝の持ち出しに辺境伯が関与していた証拠」を得るべく話し合いをしていた。
「ミナさんの裁判を執り行えるのは領主である父――ハーヴォルド伯爵ですが、父は現在王都へ出かけていてここにはいません。ですから、裁判は父が戻ってから行われることになります。つまり――」
「伯爵がここに戻るまでが、辺境伯の不正を暴いてミナを助けだす制限時間ってことだね」
「ええ。予定では数日中に戻ることになっています」
あまり猶予は無さそうだ。
「一番確実なのは辺境伯が放棄した屋敷にあるはずの品々を所持している、あるいは所持していたのを証明することだよね」
「ええ。彼らがここ第六層に持ち込んだ財産の
俺の確認にクラルゥが頷いた。
それを聞いていたムルが不安そうに手を挙げる。
「もし、上級冒険者の方にお願いして持ってきてもらった、と言われたらどうしましょう? もしくは、他の誰かが持ち出したものを買い取ったと言われたら……?」
うん。その可能性も無いワケじゃないけど、心配いらない。
「上級冒険者へ依頼して取ってきてもらう、という正規の方法を取るにはギルド連盟斡旋所を通す必要があるんだよ」
当然、数年内にあった依頼の内容はすべて記録されているので、辺境伯がそんな依頼をだしていないことは簡単に調べがつくだろう。
ちなみに冒険者が斡旋所を通してない依頼を受けることは、規約で禁止されている。
「あと、自分じゃない誰かが運んできたものを買い取った――なんて言い訳したら、辺境伯は貴族社会の笑い者になりますね。だってもしそうなら、彼は自分の財産を盗んだ相手にお金を払ってることになりますから。『盗んだ犯人を捕まえる力もないの? プークスクス』となるのは目に見えてます」
クラルゥの言う通りだ。それにプライドの高そうな辺境伯がそんな真似をしないのは、他の貴族も十分承知しているだろう。証言の信憑性は低い。
ここは辺境伯が治めるグァバレアではなくハーヴォルド。裁判を行う伯爵は公正な判断をしてくれるだろうし、斡旋所の人たちもきっと味方になってくれる。
そんな状況ではムルが言うどちらの言い訳も、辺境伯の有利には働かないだろう。
「それじゃあ」
さっきから俺にぴったりくっついたままだったリナが、声を上げた。
「ねえさんがもってきた宝がどうなったかを調べればいい?」
「そうだね」
頭を撫でると、リナは「むふー」と得意げに鼻を鳴らした。
「あの口ぶりだと、辺境伯は証拠になりそうな品はもう処分していると考えていいと思う。問題はどう処分したのか、だ」
「人に見られて困るものでしたら……そのまま誰かに譲ったりしませんよね?」
ムルの言う通り、そのまま市場に流したりしたらどこで誰の目につくか、分かったもんじゃない。
それを避けるために辺境伯が取る手段は――
「おそらく、鋳直して
それ以外に考えられないだろう。
家紋なんかの出所が分かる部分を潰して売った可能性もあるけど、出所が分からない品はどうしても値が落ちる。
強欲な辺境伯なら必ず、手持ちの財宝を最も高値で売れる方法を取ったはずだ。
また、財宝をハーヴォルド領外に持ち出そうと壁を越えれば、関税がかかる。
その分を価格に上乗せすればいいだけだから儲けは減らないけど、関税がかかるということは、中身を検められるということ。慎重な辺境伯がそんな危険を冒すとは考え難い。
さすがに自分の領地でもない第六層と第七層のあいだに密輸ルートなんて持ってないだろうし、領外に持ち出した可能性は考えなくても大丈夫だ。
そうした条件を考えると、クラルゥの言う通り、鋳造し直して領内で売り捌いたに違いない。
「そして、そのためには財宝をどこかの製錬所へ持ち込む必要があります。それがどこなのかが分かれば、伯爵家の権限で取引の内容が記された帳簿を出させることができますよ」
「! じゃあすぐに調べよう!」
リナが興奮気味に提案した。
しかしクラルゥは首を横に振る。
「そう簡単な話じゃないんですよ。製錬所はこの領内だけで何ヶ所もあります。それも各地の街に点在してますからね……」
領主である伯爵が戻るまであと数日。
街と街の移動だけで半日から数日はかかることを考えると、その全部を調べて辺境伯が財宝を持ち込んだ製錬所を特定するなんて、とても無理だ。
ムルもリナも、クラルゥの話を聞いて気落ちしたように俯いてしまった。
でも大丈夫。
「みんな安心して。どこの製錬所が使われたかは見当がついてるよ」
その言葉に、みんながぱっと俺を見る。
「ウォル様、本当ですか?」
「うん。バナンに到着した時、ムルと一緒に装飾品を買った露店があるでしょ? そこの店主が話してくれたことを思い出したんだ」
「! 確か……金の相場が下がってる町の話ですねっ……?」
俺は頷いた。
あの店主の話によると、ここ最近で金の相場が大幅に下がっている町があるということだ。
金相場が下がる原因は色々あるけど、大まかに言えば「需要が下がった」か「供給が増えた」かのどちらかになる。
そしてバナンの細工師がわざわざその町まで足を運んで素材を仕入れてるんだから、需要が下がったワケじゃない。
供給が増えたんだ。
でも金や銀の産出量が短期間で極端に増えるなんて、そうそうあることじゃない。だいたいその町は鉱山からは離れている。産出増による相場の影響を受けるのは、他の街より遅くなるはずだ。
ではどうしてその町の金相場が下がっているのか?
「誰かが大量の金を町に持ち込んだから、相場が下がった……?」
ここまで話せば、リナも答えに辿り着く。
「うん。そしてその誰かは、辺境伯以外に考えられないよ」
町ひとつの金相場を下げるなんてのは、言うほど簡単なことじゃない。
かなりの量を、かなりの短期間で持ち込まなければ、そんなことは起こらないだろう。
大量の金を市場に流せば、その分相場が下がるのは当然のこと。それもひとつの町に集中させたりしたら尚更だ。
普通はそうならないよう、売るにしても時期や場所を分散させる。
あえてそうしなかったのは、大量の金を、なるべく速やかに、できるだけ人知れずに、処分する必要があったということ。
わざわざそんなことを望む人物が、そう何人もいるはずない。
だから、間違いない。
辺境伯が財宝を持ち込んだのは、その町にある製錬所だ。
「その町の名前は――アルドグラム」
「! アルドグラムなら、ここから東に馬で一日もかからないですよ。あのタヌキ親父、横着して領都に近いところを使ったのが仇になりましたねっ……!」
「うん。まあ運んでるところを人に見られたくなかったのかも知れないしね」
あと、運ぶものがものだけに、長距離を移動させるのはなるべく避けたかったんだろう。
内密の品だから通商ギルドの保険に入ることもできないだろうし、運搬の途中で盗賊に襲われでもしたら目も当てられないことになる。
辺境伯らしい慎重さだ。
でも今回はその慎重さが裏目に出た。
俺はムルに声をかける。
「急いでアルドグラムに行こう」
「はいっ!」
ムルも即答だ。彼女のミナを助けたいという想いが現れていた。
「私は同行できませんが、お二人に取引帳簿を開示するよう、伯爵家の名で書状を書きますね。ただし……」
クラルゥが言おうとしたことを察して、俺は頷いた。
「問題なのは、製錬所の人間が辺境伯に買収されてる場合だね。伯爵家の命令なら帳簿は見せてもらえるだろうけど、その中身が改竄されてるかもしれない」
「ええ。残念ですがその時は――」
「大丈夫、分かってるよ」
領主家であるクラルゥの立場じゃ口にしづらいだろうけど、その時は忍び込んで盗みだすしかない。
俺の壁スキルがあれば簡単なことだ。
ミナには「犯罪用スキル」とか言われちゃったけど、これじゃ否定できないな。
あと考えるべきは辺境伯が自分の存在を隠し、代理人を通じて製錬所とのやり取りをしていた可能性だけど、その場合でも最終的に代金は辺境伯の下へいくはずだし、その流れを追えば尻尾を掴めるだろう。
そもそも、もし辺境伯の名前を出さずに奴の家の品を売ろうとすれば、盗品を疑われてしまう。まともな製錬所ならそんなもの引き取らないし、もし引き取ったとしても足元を見られて相当買い叩かれる。
高値で売るために、奴は必ず自らの存在を明かしている。それは間違いない。
やるべきことは、決まった。
クラルゥが小さなベルを鳴らすと、お盆を持ったメイドさんが部屋に入ってきた。
驚くべきことに、そのお盆には既にペンと便箋、封筒、インク取り紙、封蝋とそれを溶かすためのランプが乗っている。この部屋の扉は分厚いし、クラルゥはまだ何も言ってない。外まで話し声が聞こえたはずもないんだけどな……?
俺の疑問を他所に、クラルゥは受け取ったペンで便箋にさらさらと流麗な字で内容をしたため、そこにインク取り紙を押し当てる。
それから手紙を折りたたんで封筒にしまうと、そこに温めておいた封蝋を垂らそうとして「あ」と声を上げた。
「ウォルさん、一度その指輪を貸してください。間違いなく伯爵家からの書状だと証明するために、指輪で紋章を捺さないとなんです」
「えっ、そんなに大切なものだったの?」
俺は指にはまった金の台座に黒い円盤状の宝玉がついた指輪を見る。
もしそうなら、これがあれば伯爵家からの文書をいくらでも偽造できてしまうということだ。
そんなもの行きずりの男に渡しちゃダメなのでは?
俺の考えてることが分かったのか、クラルゥは指輪を受け取りながら「別に誰構わず適当に渡したりするワケじゃありませんからね?」と告げた。
その指輪で封印を施し、そのまま俺に突き返す。
ちょっと躊躇ったけど、俺はそれをまた受け取ることにした。
どうやらクラルゥの、かなりの信頼の証だったらしいので、断るのも無粋な気がしたからだ。
封蝋が乾いたのを確認してクラルゥが俺に手紙を渡し、それを鞄にしまう。
すべての準備は整った。
正直、今夜は一睡もできていなくてキツいけど、もう夜が明けている。
猶予があまりない以上、すぐにでも出発するべきだ。
だから俺はムルに目配せして、彼女も無言で頷いた。
すると、文具を盆へ片づけていたメイドさんが、何かに気づいたように部屋の扉まで歩いていく。
てっきり俺たちのために扉を開けてくれるのかな?と思ったけど、次の瞬間、外から扉を叩く音がした。目の前まで行っていたメイドさんが、すぐに扉を薄く開ける。
何この人、予言者か何かなの?
「このような時間に、何ごとですか」
凛としたメイドさんの声が、扉の向こうの人物に投げかけられた。
相手が何を話しているかは、よく聞こえない。
相手と二言三言の言葉を交わしたメイドさんはすぐに扉を閉めると、クラルゥの許へと歩み寄る。
「失礼します。お嬢様、緊急のご報告が」
「? 構いません、話してください」
近くに俺たちがいたからだろう。メイドさんはすぐに要件を話さなかったけど、クラルゥの許可を得て発言する。
その内容に、俺たちは運命のいたずらを感じずにはいられなかった。
「フォルガドネの森から、大量の魔獣がこの街へと向かっています」
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