第41話 壁になる男と反抗の兆し
グランヴェンシュタイン城の地下牢獄。
華やかな城の中にあってしかし、薄暗く陰気な寒々しい鉄格子の並ぶ回廊。その檻のひとつにミナの姿があった。粗末な寝台に座って俯いている。
「ねえさんっ……!」
リナが鉄格子に駆け寄る。
それを見たミナは「リナ……!」と驚いた様子を見せた後、妹の後ろから歩いて来た俺に非難するような目を向けた。
気持ちはわかる。けど知らせないワケにはいかなかった。
俺の背後にはムルと、クラルゥもいる。
クラルゥの計らいで、こうして面会の機会を作ってもらったのだ。
「ねえさん、どうして……?」
鉄格子に縋るリナが、姉に問いかける。
でもミナはそんな妹から目を逸らした。合わせる顔も、かける言葉もないんだろう。彼女はリナの問いに一言も答えることなく、その視線から逃れるように鉄格子とは反対側を向いている。
しばらくそのまま時間が流れた。
俺たちも何と声をかけたものかわからない。
そんな中、不意にリナのぽつりとした声が静寂を破る。
「ねえさん、ごめんなさい……」
それを聞いたミナははっと妹の顔を見る。
「なんで……あなたが謝るのよ?」
「どうしてなんて、聞くまでもなかった。ねえさんは昔から私を守ってくれていた。たった二つしか違わないのに、ねえさんもまだ子供だった頃からずっと……」
リナは泣いていた。悔しさに打ちひしがれるみたいに。
「私さえいなければ、ねえさんはいつでもあんな家出ていけたのに……そうすれば辺境伯の言いなりになんて、ならなくてよかった。ねえさんは賢くて明るいし可愛いから、どこでだって暮らしていけた」
ミナは幼いその身に領主としての責任を背負わされて、辺境伯の傀儡にならざるを得なかった。
でも彼女にとって一番大きかったのは、リナの存在だろう。
辺境伯に反抗すれば、妹もただでは済まない。
それは辺境伯にとってミナを縛りつけておくのに、とても便利な鎖だったはずだ。
もしそれが無ければ、はたしてミナが領主としての重責に耐え、辺境伯の屋敷に留まり続けたかはわからない。
五、六歳で奉公に出る子供だっていないワケじゃないし、リナの言う通り、ミナならどこかの商店や農家に引き取られたり、生きていく手段は他にもあったかもしれない。
「私さえ、いなければ……!」
「何……何言ってるよの? リナがいてくれたから、私はこれまで頑張ってこれたのよ? あいつに何をさせられたって、あなたが一緒だったから耐えてこられたの。だから、そんなこと言わないで、リナ?」
よろよろと鉄格子に近づき、妹の手を取るミナ。
それでもリナは泣き止まなかった。ある意味でリナが言うこともまた真実。自分が姉をこのような窮地に追い込んだ元凶だと、彼女は自分を責めていた。
そんなリナの姿に、ミナも泣きながら妹を抱きしめる。鉄格子越しに。
後ろからはムルのすすり泣く声も聞こえて来たけど、それ以外は何の音もせず、殺風景な牢獄にはひたすら嗚咽の声だけが響いていた。
そんな彼女たちの泣き声に、遠くから響く足音が混ざってきた。
ずりずりと靴底を擦るような歩き方。その醜悪な音に、俺たちは牢獄の入り口を注視する。
現れたのはやはり、ドゥーラン・グァバレア辺境伯。どういうつもりか、護衛は伴ってない。
先ほどの出来事からそこまで時間は経ってるわけじゃなく、今は真夜中だ。それなのにまだ起きていて、わざわざこんな所に、ひとりで足を運んでくるなんて、どうせ碌な用じゃないだろう。
「これはこれは、美しい姉妹愛だ。片割れが自業自得に破滅する罪人でなければ、多少は感動できたかもしれんな?」
開口一番のそのセリフに、その場の全員が辺境伯を睨む。気弱で温厚なムルですら、今にもミナからもらった短剣を抜きかねない雰囲気だ。
「……辺境伯。このような時間にこのような場所へ、いかがされましたか」
「何、リナスティア嬢が面会に来たと聞いたのでな。久方ぶりに顔を合わせに来たというわけだ」
リナスティア……? 一瞬誰のことか分からなかったけど、その名前を耳にした途端、いっそう険しくなったミナの表情から察するに、たぶんリナの本名だ。
辺境伯に名を呼ばれ、頭から足のつま先までを舐めるような視線に晒されたリナは、怯えるようにミナの手をぎゅっと握る。
「久しぶりだな、リナスティア嬢? 最後に会った時はまだ幼子だったが、まあそれなりに美しくなった。あのナディア夫人の血を受け継いでいるのだ。将来には期待できよう」
辺境伯の口からまた知らない人の名前が出てくる。
それを聞いたミナは、鉄格子の向こうから辺境伯に食って掛かった。
「あんたがっ……! 気安くママの名前を口にしないでっ!!」
「ぐふふ……それに引き換え姉はまるで獣だな」
ミナの叫びなどまるで意に介さないといった様子で……いや、彼女がより怒り、苦しむことを期待するみたいに、辺境伯はさらにリナに詰め寄った。
ニタニタした薄笑いを浮かべてその顔をじっくりと品定めする。やがて満足したのか、彼の口からとんでもない言葉が飛び出した。
「リナスティア嬢。そなた、儂の妾となれ」
「…………は?」
という声はいったい誰の口から漏れたものだろう。
辺境伯の言葉はそれくらい、理解に苦しむものだった。
「……辺境伯、何を仰っているんですか?」
だいぶ長い沈黙の後、やっとといった様子でクラルゥが問いかける。
辺境伯はその問いに「ふん」と小馬鹿にしたような鼻笑いを返しつつ、クラルゥに向き直った。
「そなたも我ら『壁の守り人』の血が特別であることは知っているだろう。儂にもこの小娘にも、その血を守り継いでゆく使命がある。もちろん、そなたにもな? 故に――」
それだけ言うと、辺境伯は突然リナの肩を掴むと、強引に鉄格子から――ミナから引きはがした。リナの表情が苦痛に歪み、ミナは「リナっ!?」と悲痛な声をあげる。
「ナジェラーダの血は儂の一族に取り込むことにした。本来ならそっちの姉がその役を担うはずだったのだが、罪人を尊き我が家に迎えることはできんからな」
「い……いやっ……!」
肩を掴まれていたリナは、身をよじってその手から逃れた。けど奴の手から解放された途端、ふらりと倒れて地面に尻餅をついてしまう。可哀そうに、恐怖で足に力が入らないんだ。
辺境伯は特に追いかけるような素振りを見せない。ただその顔は相変わらず醜悪に歪んだまま。さらに下卑たことを考えているのは、容易に想像がつく。
はたしてその通り――辺境伯はさらにリナを追い込むひと言を投げかけた。
「ああ……とは言ったものの、そなたが儂の妾となるなら、その姉も儂とは無関係ではないな。儂らの子にとっては親類にもなる。身内に首を刎ねられた者がいるなどと、醜聞も面倒だ。そうだろう?」
その言葉に、リナの震えがぴたりと止まった。
次に奴が何を言いだすか、分かったからだ。
「そなたが大人しく従えば――姉の命だけは助かるよう手を回してやってもよい」
辺境伯のひと言は、毒のようにリナの自由を奪った。
それはかつてミナの自由を奪ったのと、同じやり方だ。
自分が犠牲になれば、大事な人を助けることができる。それに勝る誘惑はそうないだろう。
「……本当に?」
リナが恐る恐るといった様子で、辺境伯の顔を見上げる。
「本当に、私があなたの妾になれば、ねえさんは助かる?」
「ああ、約束しよう」
辺境伯は即答した。中身が籠って無さそうな、軽い言葉だ。
それでもリナにとっては、それに縋るしかない。ゆっくりと立ち上がり、辺境伯の方へ踏み出そうとして――
「――ダメよっ!!!!!!」
ミナの絶叫じみた声に、動きを止める。
「リナ、やめてっ!! ダメよ、あなたまでっ……!!」
「ふん。獣の声など耳を貸す必要もない。姉を救えるのはそなたの決断だけだぞ。それとも――自分可愛さに姉を見捨てるか?」
歩みを止めたリナを追い立てるように、辺境伯が語り掛ける。
それを訊いたミナは辺境伯に向かって叫んだ。
「あんたっ……リナまでっ! 私だけじゃなく、リナのことまでめちゃくちゃにするつもりっ!? 許さないわよ、絶対にっ……! 殺すっ……殺してやるっ……!!」
歯を剥き出して、鉄格子の隙間から辺境伯に手を伸ばすリナ。
だけど奴は十分な距離をとっている。その手はむなしく空を掻くばかりだ。
むしろ激しく鉄格子を揺らすせいで、その爪からは血が滲み、打ちつけた箇所は赤く腫れあがる。辺境伯の言葉じゃないけど、その姿は檻に囚われた獣のようだった。
そんな痛々しい姉の姿に耐えられなかったんだろう。
「ねえさん」
リナが優しくミナに語り掛けた。
ミナは動きを止め、見たくないものを見るように恐る恐る、妹を見る。
「私は大丈夫。これまでずっと、ねえさんが私を守ってくれたから」
リナは笑っていた。姉に心配をかけないように、気丈に笑っていた。
それを目にしたミナは、ゆっくり首を振りながら「いや……いや……ダメよ……」と震える声を絞り出す。
「今度は私がねえさんを守る番。だから平気。ねえさんがいてくれれば、私も頑張れる。さっきねえさんが言ってたのと同じこと」
それだけを告げると、リナは辺境伯に向き直った。
その目は決意に染まっている。
「ダメよっ、リナぁっ!!!! お願い、やめてええええええええええええっ!!!!」
ミナの絶叫も、もうリナには届いていないようだ。
彼女はまっすぐ辺境伯を見つめ、口を開いた。
「話はわかった。ねえさんを助けてくれるなら、私はあなたの妾にもが――――」
その口を、突然背後から伸びて来た手に塞がれて、リナは面食らったように目を白黒させる。
何事かと後ろを振り返って――背後に立つ俺と目が合った。
「リナ。大丈夫だよ、そんなことしなくても」
俺は努めて優しく、リナに語り掛ける。
「要は辺境伯が財宝の持ち出しに関わってたって証明できればいいんだ。それでミナは窃盗犯じゃなくなるし、本当のことを証言したんだから侮辱罪にも問えなくなる」
そうだ。
ミナが問われている罪は、すべて「辺境伯自身が財宝の持ち出しに関わっていない」ということを前提にしたもの。
無許可での壁越えに関しては、あくまで冒険者を統括する冒険者ギルドの規約であって、法じゃない。
辺境伯の関与。そこさえ突き崩すことができれば、彼女のしたことはただ持ち主の言いつけで屋敷から財宝を取って来たというだけに過ぎない。
何の罪に問われることもないんだ。
「でも……それができないからねえさんは捕まってる。このままじゃ、ねえさんが……」
緊張の糸が解けてしまったからだろう。リナからは気丈な表情が消えて、涙をためた不安そうな目で俺を見る。
「大丈夫だよ。俺に考えがあるから」
そう諭しても、リナは「でも……」とまだ疑念が拭えないようだった。万が一にもミナがいなくなってしまう恐怖に怯えている。
「リナ」
だから俺はそう言って、彼女の肩にそっと手を置いた。
「言ったはずだよ。俺は絶対にミナをパーティに入れて見せるし、もしミナが危ない目にあった時は逃げたりしないで助けるってね」
それを聞いたリナが、ぴくりと肩を揺らしたのがわかった。
ハーヴォルドの街に来た時、ミナと別れて最初に彼女と交わした会話だ。
あの時に、そう誓ったんだ。そして、それだけじゃない。
「それに約束したでしょ? ミナだけじゃなく、リナの力にもなるって」
そう。俺はリナとも約束を交わした。
「だからミナがどれだけ嫌がったって諦めたりしないよ。もちろん、リナが嫌だって言ってもね。必ず俺が力になる……リナだって俺のしつこさは知ってるでしょ? 実際、ミナをパーティに入れるのだってあとひと息だったんだ。だから――」
こちらを見上げるリナに、しっかりと目を合わせる。
少しでも彼女の不安を取り除けるように。
少しでも彼女がそこに希望を見出せるように。
「だからリナ、俺を信じてほしい。大丈夫、ミナは俺が必ず助けるから」
ありったけの思いを込めた言葉を、リナに贈った。
彼女は少しのあいだ惚けたように固まっていたけど、やがて、ぽろりとその瞳から涙が流れ落ちた。
止まらない。でもいいんだ。それはさっきまで流れていたのとは違うものなんだから。
やがてリナはローブの袖で涙を拭うと、お返しとばかりにまっすぐ俺を見る。
そしてひと言、
「うん。信じる」
と口にした。
背後にいるムルが緊張を解き、クラルゥもふっと弛緩したように笑う。
ミナも糸が切れたように、どさりと床にくずおれた。
ただひとり、辺境伯だけが怒りに全身を振るわせている。
「――正気か?」
奴がリナを睨みつけた。
「儂の助けより、そんな木っ端冒険者の言葉を信じて姉の命を危険に晒すというのか? どうなんだ、おい。儂の申し出を断るというのかっ!?」
恫喝するように食って掛かる辺境伯。でも、リナはもう怯えたりはしなかった。
「うん。私はあなたの妾になんてならない。私は――にいさんに全幅の信頼をおいている」
はっきりとそう告げ、リナは自分の肩に置かれた俺の手にそっと触れる。
それを見た辺境伯は、今度は俺に射るような視線を向けた。なんだよ?
正直、この場でこの豚を叩き潰してやりたいけど、そんなことをしてもミナの容疑は変わらないし、クラルゥにも迷惑がかかる。それはすべてが終わった最後の楽しみにとっておこう。
そんなことを考えながら睨み返していると、俺が怯まないことで手詰まりになったのか、辺境伯は「ふん、後悔しないことだな。貴様は自分可愛さに姉を見殺しにしたのだ!」とリナへの捨て台詞を吐いて、またずりずりと靴底を引きずりながら立ち去って行った。
そして地下監獄には、やっと元の静寂が戻って来た。
今更だけど、ここにミナ以外の収監者はいないんだな。さっきから話し声ひとつ聞こえてこない。
「……どうして?」
そんな静かな監獄に、ぽつりとミナが声を落とす。
「あなた、これで辺境伯に睨まれたわよ。腐っても貴族なんだから、敵対していいことなんてあるワケないでしょ? それなのに……どうしてあなたは私たちのために、ここまでしてくれるの……?」
ミナは心底、分からないといった様子で俺に問いかけた。
「どうして……? う~ん、そういえば前にムルにも同じこと訊かれた気がするな」
あの時は自分の真摯な気持ちを話して、ムルには分かってもらえた。
それなら今度も同じようにすればいい。
「前に少し話したかもだけど、俺は壁になりたいんだよね。それで冒険者になったんだけど――」
「ウォル様……その話はその、分かりづらいので止めたほうが……」
と話し出した矢先にムルに止められた。この上なく分かりやすいと思うけどな!
「ウォル様は、目標にされている方がいらっしゃるんですよね?」
「え? ああうん、そうなんだけど」
だいぶ端折られてしまった。
「俺は元々、別の仲間と旅をしてたんだ。その仲間は本当にすごい人たちばっかりでね。結局俺は足手まといになるから置いてかれちゃったんだけど」
「えっ、それは初耳です……!」
ムルの方が驚いてる。そういえば彼女にはクライスたちのことを、それほど詳細に話してはいなかった。
「彼らはきっと……世界を守るような偉大な存在になる……そんな彼らと、一時とはいえ仲間だったことは俺の誇りなんだ。だから、俺が仲間だったことを、彼らも誇ることができるような――そんな
「なるほど。壁になりたいとか言いだした時はうわ何言ってんですかコノヒトアタマダイジョウブー?と思いましたけど、そういうことだったんですね。自分を捨てた憧れの仲間たちに追いつけ追いこせぶっコロせ! 俺を追い出したことを後悔させてやるぜ、ざまぁみろ! みたいな?」
「そんな殺伐とした話じゃなかったよね!?」
茶化さないでほしい。
「何よ、それ」
ムルやクラルゥが騒ぐ中、ミナはまだひとり釈然としない様子だった。
「要するに、困ってる人がいたら誰でも助けるってことじゃない。別に、私じゃなくても……」
「それで合ってるけど、それだけじゃないよ。ミナ」
俺は鉄格子に近づくとその場にしゃがみ込み、床に座り込んだままのミナの、両手を取る。
「ミナ。ここから無事に出られたら、俺たちとパーティを組もう。一緒に上級冒険者を目指して、
ミナはつないだ手を、ぽかんと見つめた。
「これも約束したよね?
俺は背後にいるムルに「構わないよね?」と尋ねると、彼女は「もちろんです!」と即答する。
「そのためには、いつまでもこんな牢屋に入ってられちゃ困るんだ。だから助ける。簡単なことでしょ?」
俺がそう問いかけると、ミナは顔を伏せてしまった。
「私はあなたが思ってるほど、価値のある人間じゃないわ。私があいつに言われてこれまで何をしてきたか……分かってるの? 聞いたらきっと、あなたは私を軽蔑する。今は仲間にしたいなんて言ってても、こんな……穢れた女と、一緒にいられるワケないじゃないっ……!!」
ミナはそう叫ぶと、頭を抱えて震えだした。
彼女が何を怖がっているのか、少し分かった気がする。
「辺境伯に従ってたのだって、別に領主としての義務とかじゃない……ただ他に道がなかっただけ。あいつと取引した元領地の解放だって、夢物語だって分かってた。私はただ、あいつが第五層の奪還に動いたら、それを利用してさらに先……第四層にひとりで行くつもりだっただけよ」
なるほど。
辺境伯との約束があったにも関わらず、彼女は彼女で上級冒険者を目指していたのはそういう理由だったのか。
「それだって両親やリナのためなんかじゃないわ。本当は……本当はただ、私がパパやママに、もう一度会いたかっただけなのよ……!」
ミナはそうして自分を責めるような言葉を口にし続けた。
「本当の私は、あなたが思ってるような人間じゃないの。あなたから財布を盗んだこともあったわね。それなのに、まだ、そんな私を仲間にしたいって言うの――?」
「うん」
ミナの懺悔にも似た叫びは、俺の即答であっけなく幕を下ろした。
彼女は信じられないといった風に俺のことを見つめている。
「ミナ。これまでのことを辛いと感じるなら、それは君がそれだけ頑張ってきた証拠だよ。だって普通、辛いことからは逃げだしたくなるものだもの」
俺は握ったままだったミナの手を、より一層強く握りしめる。
「確かに、ミナがこれまでやってきたことの中には、間違ったこともたくさんあったかもしれない。でもミナは辛いと感じながら、今日まで耐えて、頑張ってきたんでしょ? それは、どうして?」
その質問に、ミナはまるで初めて考える子供のようにたどたどしく言葉を紡ぐ。
「それは……私はどうしてもパパとママに会いたくて……リナにも、うちの周りに咲いてた花を、見せてあげたくて……」
「うん、それじゃあ――それが『本当のミナ』だ」
俺がそう語り掛けると、彼女ははっとして俺を見る。
「俺が知ってるミナと何も変わらないよ。小さい頃に親とはぐれて、それでもめげずに頑張って親を探そうとしてて、リナのことを何よりも大事にしてて、俺が変なことをしたって勘違いして怒りだす。そんなミナだから――」
俺も彼女を真っ直ぐ見つめる。
「仲間にしたいと――力になりたいと思ったんだ」
途端――
ミナの目が見開かれた。
そうだ。
ミナが辺境伯の下でどんなことをやってきたのか――それは想像を絶するものだったろうけど、あえて訊いたりはしない。
人の本質は何をしたかで変わったりはしないんだから。
人が何をするかは、いつだって本人の意思だけで決められるワケじゃない。
善を望んでも力が足りず、それを成せない人もいる。
悪を望んでも鎖に縛られ、それを成せない人もいる。
後者は悪を成さないから善人なのかといえば、そんなことはない。
同じだ。
大切なのは何のために、何を望むかということ。
俺はクライスたちに並び立つため、
ミナは自分と妹のため、両親と故郷を望む。
それこそが本当の自分と呼べるものだ。
悪逆非道な辺境伯にだって、「本当のミナ」を変えることはできなかったのだ。
だから――
「改めて誘うよ。ミナ、俺たちとパーティを組まない? きっとミナの両親を探す力になるし……もしミナが自分を許せないなら、その償いも一緒にしていくからさ」
「――――何よ」
ミナの目から、涙が溢れる。
俺と手を繋いでいるから拭うこともできない。でも、やっぱりそれもいいだろう。
その涙はさっきまでのものとは、全然違うものなんだから。
「身体目当ての変態のクセに――ほんと、ヘンなヤツ」
泣きながらも、ミナは笑っていた。
心底おかしそうにだ。
それを見た俺も、ムルも、リナも、クラルゥも、全員が釣られて笑顔になる。
思えばミナがたったひとりでハーヴォルドを離れて二週間以上。
俺たちはやっと、また彼女の笑顔を見ることができたのだった。
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