第38話 裂かれた仲間と噂の真相
斡旋所でダグラスと出会った日からさらにしばらく後。
俺は街の中心部にあるグランヴェンシュタイン城の城壁沿い――正門から見て右側にある棟へ向かう道すがらに身を潜めていた。
隣にはムルとクラルゥもいる。待っているのだ。
やがて、正門から辺りを伺うようにしながら、ひとりの人物がこちらへ向かってきた。
庭園を突っ切る遊歩道を避け、あえて人目につかない壁際を、きょろきょろと警戒しながら歩いている。
その姿はフードつきの外套にすっぽりと包まれ、顔も見ることはできない。
ただ小ぶりな鞄を背負っていることだけが、外套の不自然なふくらみから見て取れた。
怪しい人物は何も知らず、俺たちの目の前までやってきた。
その姿はどこか哀れにも感じる。
「そこで止まれっ!」
あと数歩という距離まで近づいたところで、俺は《壁擬態》の背後から飛び出した。
突然至近に現れた俺に、その人物は驚いたのだろう。「きゃっ!?」と肩を跳ねさせ立ち止まる。
そしてすぐに踵を返して逃げ出した。だけどもう遅い。
十分間合いに入っていた俺は、《壁祝福》を受けた瞬発力でその人物の腕を掴む。
細い腕だ。祝福による強化を抜きにしても、力は俺の方が強い。
そのまま体重をかけ、地面に押し倒して組み伏せる。その時、相手が持っていた小ぶりの鞄が開いて、けたたましい音を響かせながら中身が辺りに散らばった。
それは、金貨、銀貨、宝石、宝飾品、金で出来たゴブレットや錫杖など、見るも豪華な財宝と呼べる品々だった。
俺は捕らえた人物のフードに手をかけ、それを脱がせる。
中から現れたのは――
「…………ミナ」
「…………なんで、あなたなのよ」
ミナは俺の視線を避けるように目を逸らした。
なんで、はこっちの台詞のはずだけど、俺からはそれ以上の言葉が出ない。
ムルとクラルゥも擬態の裏から姿を見せた。二人とも――口を開けば軽口が飛び出るクラルゥでさえ、何と声をかけていいのかわからないといった様子だ。
ミナには色々と訊きたいことがあった。
辺境伯の屋敷と森を行き来して何をしていたのか。
何の理由があって辺境伯と手を組んでいるのか。
この散らばった財宝は一体何なのか。
どうして俺たち、リナにまでそれを隠していたのか。
そのどれもが声になることはなく、重苦しい沈黙がその場に満ちている。
「――何ごとだっ!!」
その沈黙を破ったのは、男の怒声だった。
声のした方を見ると、ダグラスがこちらへ走って来る。護衛を連れ、彼自身も剣を抜いていた。
「これは……!?」
俺たちの姿を認めたダグラスは、俺を見、俺の手で地面に組み伏せられたミナを見、そして散らばった財宝を見た。
「これは……どういう状況だ? クラルゥ嬢、ご説明いただきたい」
「……辺境伯の邸宅へ向かう不審人物を、私とウォルさん、ムルさんの三人で取り押さえたところです。これらの財宝は彼女の鞄に入っていました」
ダグラスに問われ、クラルゥが答える。さすがにこの状況で嘘をつくワケにもいかない。
ありのまま、あったことを教えた。
「つまり、その女が城から財宝を盗み出したということか?」
「それは違いますっ! 私たちはミナ様が正門を潜ってからずっと見ていましたが、真っ直ぐこちらへ来られました。お城から宝物を盗んだりしていませんっ!!」
ムルが声をあげてダグラスの疑念を否定する。
彼は一瞬ムルを睨んだけど、すぐにクラルゥが頷いて彼女の証言を肯定すると、「ではこの財宝はどこから持って来たんだ」と散らばった宝物を見回した。
それは俺たちも疑問に思ったことだ。
ムルが言う通り、俺たちはミナが正門から入って来た時点からずっと監視していた。彼女がここに来るまでに城の財宝を盗んだなんてことは、絶対にありえない。
とすると、ミナはこれらの財宝を城の外から持ち込んだことになる。
いったいどこから?
何のために?
どこへ運ぼうとしていた?
最後の問いについては、想像がつく。
ミナが堂々と正門から入って来たということは、城内の誰かがそれを許可したということだ。
前後の情報を合わせて考えれば、それは辺境伯以外にあり得ない。
つまり、この財宝は辺境伯のところへ運ぶところだったのだ。
もし財宝を運搬していたとして、それ自体は違法というワケじゃない。
でも問題はその出所だ。
ミナは一介の冒険者であって、金融ギルドとも通商ギルドとも鑑定ギルドとも関りはない。そんな彼女がこれだけの財宝を持ち運んでいるなんて、誰がどう見ても裏がある。
俺は倒れ伏したままのミナに視線を落とす。
でも彼女は何も語ってはくれなかった。
一体どうして……。
「!? これは……!」
ふと、財宝を見下ろしていたダグラスが何かに気づいたように、足元に落ちていた金のゴブレットを拾い上げる。
「ダグラス様、何かお気づきですか?」
怪訝そうに問いかけるクラルゥ。
ダグラスはゴブレットに掘り込まれた模様を見て驚いたようだ。
どこかで近いものを見たことがある気がする。
確か、クラルゥにもらった指輪に似たような意匠が……。
「これは……当家の紋章だ」
ダグラスの言葉に、その場の全員が彼を見る。
「これらの財宝は……防壁崩壊の際に止む無く屋敷に残してきたものだ……」
グァバレア辺境伯家の本来の屋敷。
それが建つのは、第五層のグァバレア領都。今や
なぜそんなところにあるべき財宝が、第六層のここハーヴォルドに?
疑問はますます大きくなるばかりだったけど、俺が問い正すよりも先にダグラスが動いた。
彼は手にしていた剣を、組み伏せられているミナの眉間に突き付ける。
俺は反射的に自分の剣を抜いてそれを打ち払った。
「……貴様、何の真似だ?」
「それはこっちの台詞だよ」
俺とダグラスの視線が交錯する。
「この財宝は当家の屋敷から持ち出されたものだ。なぜその女が持っていたのか、問い正す必要がある」
「だからって剣を向ける必要はないでしょ? もう俺が取り押さえてるんだからさ」
「ふん、どうだか。今の行動といい、そのもの言いといい、貴様もその女の仲間ではないのか?」
「もちろん、そうだよ」
「何――?」
俺の言葉に、ダグラスだけじゃなくその場の全員が息を呑んだ。ミナもだ。
「もしミナが何をしていたとしても、俺は彼女の仲間だよ。その責任から逃げたりしない」
「!? な、何言ってるのよっ!!」
取り押さえてから初めて、ミナが抵抗らしい抵抗をした。
身をよじって俺の顔を見上げようとしている。
「あなたは関係ないでしょ? これは私が――私の事情だって言ったじゃないっ!」
地面に伏したまま、ミナが叫ぶ。
その必死な姿に、俺は改めて確信する。
彼女は俺の仲間だ。もし何があろうとそれを否定したりしない。
だって今、ミナはこんなにも俺のことを心配してくれているんだから。
例え彼女が何をしたんだとしても、その絆は失われていない。
だったら俺もそれに応える。仲間を守る。壁として。
「いい度胸だ。覚悟はできているんだろうな?」
ダグラスは数歩、俺から離れて剣を構えた。彼についていた護衛の騎士も「おいおいマジメかよ……」と言いながら剣を抜いた。
俺をミナの仲間として、諸共に捕らえるつもりなんだろう。
それは別にいい。でもミナを傷つけるつもりなら、相手が貴族だろうと一歩も退くつもりはない。
ミナを押さえている手を放すわけにはいかない。もし彼女が何か罪を犯していたなら、公正な裁きを受けさせるのも仲間としての責任だ。
不安定な体勢で、使えるのは片手だけ。それも二対一。
壁でダグラスを叩き潰すワケにもいかないし、形勢は圧倒的に不利。
でも逃げない。壁は逃げたりしないのだから。
俺と、ダグラス。どちらもピクリとも動かない。
互いに機を伺うように、神経を研ぎ澄ませている。
何かキッカケがあれば、それが激突の合図となるだろう。
ほんの些細な物音ひとつで――
「――やめてっ!!!!!!」
――始まるはずだった死闘は、予想外の大声で強制的に止められた。
俺もダグラスも、完全に虚を突かれて集中を散らせてしまう。
叫んだのはミナだ。
「お願いだから、やめて……全部、話すから……」
彼女は地に伏したまま、泣いていた。
……違う。泣かせてしまったんだ。俺が。
「ミナ……」
俺はそれ以上、何も言うことができなかった。
俺がミナを大事に思うように、彼女も俺を大事に思ってくれている。
その俺が自分のために傷つくようなことを、ミナは看過できなかった。
俺は彼女を守るつもりでいて、その心まで守ることができていなかったのだ。
壁失格だ。
一方でダグラスも、構えていた剣を下ろす。
「では話してもらおうか。これらの財宝を、なぜ貴様が持っていた?」
あくまでも威圧的なもの言いにムッとするけど、これ以上ミナを傷つけたくはない。
ミナはなかなか喋りださなかったけど、俺も、意外なことにダグラスも根気強く待った。
やがて、ぽつりと呟くように、彼女は話し始めた。
「…………この財宝は、ダグラスの言う通りグァバレア家の屋敷にあったものよ。私は壁を越えて獣侵領域に入り、グァバレア領都まで行ってこれを取ってきたの。何度も……何度もね」
「! ミナが自分で第五層から持ってきたの!?」
まさか。そんなバカな。
そんなことはあり得ない。単身で獣侵領域に乗り込んで生きて帰れるはずはないし、何より――
「デタラメだな。第六防壁はハーヴォルド伯爵の戦士団が常に見張っている。上級冒険者ではない貴様が通るのを、彼らが許すはずないだろうが」
その通りだ。
だからこそ、ミナは必死に上級冒険者になろうとしていたんじゃないか。
お父さんとお母さんを探すために。
俺やダグラスの反応は予想の範囲内だったのだろうか。
ミナは声を荒立てることもなく冷静に「……抜け道があるのよ」と告げる。
「抜け道?」
王の壁に?
「私にこの財宝を持って来させたのはグァバレア辺境伯――私は彼が造った密輸用の地下坑道を通って、壁の向こうを行き来していたの」
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