第31話 巨大な猪と作戦会議
獣侵領域に巣食う魔獣はこれまで出会ってきたそれとはまったく違う――巨大で、獰猛で、数も多い。
かつてクライスをしてそう言わしめたほど強力な魔獣がひしめき合う地。
それが獣侵領域だ。
なるほど。
あの猪型――
「どうして獣侵領域の魔獣が
ミナが口にする疑問は、ここにいる誰もが思っていることだろう。
「まさか……第六防壁が突破されたんでしょうか?」
ユリアは不安そうに、最悪の可能性を挙げた。
でもさすがにそれは考えづらい。
「
ルイナさんの言う通りだ。
全七層ある「王の壁」は、その背後に広がる領地の主が管理することになっている。既に突破されている第五防壁はグァバレア辺境伯が、現在の
壁を管轄するとはつまり、万が
だから
「でもよ、それならこの
「これまで獣侵領域の魔獣がこちら側で確認された例は、少ないけど何件かあるわ。どれも空を飛んだり、壁面をよじ登って壁を越えて来たそうよ」
スレインの質問にルイナさんが答える。
「でも
横で聞いていたユリアは腑に落ちない様子だ。
確かに猪には空を飛ぶことも、壁を登ることもできない。
だとすると
俺はある可能性に思い至った。
「……スレイン。確か前に、最近の魔獣の活発化は辺境伯が関係してるんじゃないかって噂のこと、話してくれたよね?」
「ああ、それなら話したことあったな。辺境伯の屋敷と森を怪しい奴が行き来してるって噂だろ? まさか、辺境伯があのデカ猪をこっち側に連れて来たって言いたいのか?」
「可能性は相当低いだろうけど……魔獣の活発化はきっと
俺の話はかなり突飛なものに聞こえただろう。
ムルを除くみんなが難しい顔をしている。
「実現性……という意味ならできなくもないと思うけど……」
「ちょっと考えずらい……ですよね」
ルイナさんは熟考の末に首を振り、ユリアも遠慮がちに否定する。
「だいたいよお、そんなことして辺境伯に何の得があるんだ?」
スレインの疑問ももっともだ。今のところ、それに対する答えは持ち合わせてない。
それに、みんなには話してないけど
一体を連れて来るだけでも相当な手間と危険を孕む作業。まして二体もの
「あの」
みんなから投げられる疑問への答えに、俺が窮していると思ったのか。
ムルがおずおずと手を挙げる。
「みなさんの疑問はもっともだと思いますけど……実際にあの魔獣は森にいました」
ムルは「そして」と言葉を続ける。
「壁が壊されたわけではなく、空を飛ぶことも自力で壁を登ることもできない。他にどうやってこちらに来たのか思いつかないなら、今のところは人の手で運ばれたというウォル様の考えが、一番可能性の高い仮説ということになりませんか? その『人』が辺境伯の関係者だというのも、他に候補が挙がらないのでしたら、やっぱりその可能性が一番高いんじゃないかと思うのですが……」
「なるほど。つまりひとまずその『可能性』に絞って調べてみたらってことね?」
「はい……」
ルイナさんの問いかけに、自信なさげに頷くムル。
ふむ。
確かにいくら可能性が低いとはいえ、「可能性がない」よりはまだ調べる価値がある。
「……いいんじゃないかしら?」
「確かに、もし辺境伯が絡んでるなら、理由なんか本人に問いただせばいいって話か」
「他にいい案があるわけじゃないですし、まず唯一の可能性を探ってみるべきかもしれませんね」
ルイナさん、スレイン、ユリアも賛成みたいだ。
ムルもほっとしたように息をついている。
そうなると……
「問題は、調べるっつっても何をどうやって調べるかだよな」
そうだ。
もしこの異変に辺境伯が絡んでいると仮定して、どうすればそれを立証できるか。
一番確実なのは、辺境伯の屋敷を出入りしているという「怪しい奴」を押さえることだ。
でもいつ現れるかは分からない上に、相手の実力も不明。下手をすると返り討ちにされるか、こちらが取り押さえられて辺境伯に俺たちの動きがバレる危険がある。
それよりも……。
「辺境伯が間借りしてるっていう屋敷に忍び込んで情報を集めるのはどうかな? もし彼がこんな大それたことに関わってるなら、目的が何にせよ『怪しい奴』以外にもそれなりの人手が必要なはずだよ。協力者の大部分は外部にいるとしても、何かしらの痕跡が屋敷に残ってると思うんだ。例えば――協力者に報酬を支払うために、手持ちの財産を切り崩した記録とか」
「なるほど。財産の目録とか金融ギルドとやり取りしてる帳簿なんかだな」
スレインがぱちんと指を鳴らした。
俺は頷いて言葉を続ける。
「あとは、さすがに無いと思うけど協力者との取り決めを記した書面の写しとか、相手と連絡を取ってた痕跡なんかが見つけられれば、ほぼ決まりと考えていいと思う」
「あはは……そんなもの残ってたらさすがに間抜けすぎですけどね。でも……なんだかいけそうな気がしてきました」
ユリアも乗り気になって来たようだ。
斡旋所の受付嬢という公的な立場なので、もしかしたらルイナさんには反対されるかもと思っていたけど、彼女も「だんだんあのタヌキ親父が怪しく思えてきちゃった」と潜入調査に前向きな姿勢を見せる。
それなら早速調査にかかろう――そう言おうとしたところで、
「ちょっと待って」
ミナの声に遮られてしまった。
「辺境伯が関係してるっていうのは、相当可能性が低い話よね? それなのに潜入調査なんて、危なすぎじゃないかしら?」
「う~ん」
言いたいことは分かる。もし捕まったらどんな目に遭うかわからないので、それは相当なリスクだ。
ただ自分で言うのも変だけど、俺の壁スキルはこういう仕事にかなり向いている。
いざとなれば戦って切り抜けるという選択もとれるワケで……。
「正直に言えば、下手を打って捕まる危険はかなり小さいだろう……って考えてるんだけど、楽観的すぎるかな?」
「楽観的とまでは言わないけど、今のことろ何か事態が悪化しそうな要因があるわけじゃないでしょ? そんなに焦って行動を起こす必要はないと思うんだけど」
「それは――」
「それは違うわよ、ミナちゃん」
反論しかけた俺の声にかぶせるように、ルイナさんがきっぱりと言った。
「もし誰かが意図的に
「確かに。時間の余裕があるのかどうかなんて、誰にも分かりませんね」
「そうだぜミナ。それによ、少なくとも『辺境伯のところに怪しい奴が出入りしてる』って噂が流れてるのは事実なんだ。森の異変とは関係ないにしても、何か悪いこと企んでる可能性はあるだろ? 調べてみる価値はあると思うぜ」
スレインとユリアも同調する。
それでもミナは何かを言いたそうにしていたけれど、
「ミナ」
俺はあえて彼女の言葉を待たずに語り掛けた。
「心配する気持ちはわかるよ? でもこのまま放っといたらハーヴォルドか、そうじゃなくてもバナンやモルドガッドの人たちが危ない目に遭うかもしれない。そうなった時、何もしなかったことを後悔したくないんだ」
真っすぐ視線を向けると、ミナは目を逸らす。
「それにスレインが言う通り、森のこととは無関係に辺境伯が何かしようとしてる可能性もある。もしみんなや街に害が及ぶようなことだったら、それも止めておきたい。そのためにも、辺境伯の周辺を調べておくのは無駄じゃないと思うな」
俺の言葉にも、ミナは納得していない感じだった。
けれどそれ以上反論する意思はないみたいだ。できればミナにも納得してもらってから行動に移したかったけど、仕方ない。
「じゃ、決まりだな。それはと別に目の前の問題として、森にいた奴はどうするんだ?」
「こちら側に来た経路がわからない以上、危険を冒して討伐してもまた同じことが繰り返される可能性があるわ。しばらくは冒険者に依頼して、街に近づく兆候が無いかをローテで見張ってもらうしかないわね」
「それ以上は、調査の結果待ちってことですね」
スレインたちとルイナさんで、森にいる
できるだけ早く真相を突き止められるよう、俺は今夜にもグァバレア辺境伯の仮邸宅へ潜入を試みることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます