第29話 依頼の達成と仲間の絆

 武器壁を消去した俺たちは魔獣が一掃された大広間を抜け、未踏領域の最奥と思われる部屋に足を踏み入れた。


 部屋の中には大きな石棺がひとつだけ置かれている。石製とはいえ精緻に彫刻が施され、また周囲には副葬品らしき品――財宝と言うわけじゃなく、土で作られた焼き物の人形だ――が並べられていた。


 誰か、身分の高い人が埋葬されている場所なのがひと目で分かる。


「この人形は何でしょう……? ちょっと怖いですね」


 ムルがそう言うのも無理はない。人形たちはみんな恐怖に慄いた表情をしているのだ。


「これも悪魔対策のひとつよ。生き返った死者が人間の代わりに人形を襲って満足するよう作られたものなの。こんな顔をしてるのは悪魔が残虐性を好み、人の苦しませることが好きだからだと言われてるわ」


 ミナの解説に俺もムルもなるほどと相槌を打つ。


「もしかしてミナってそういう古代史とか古代文化が好きなの? すごく詳しいよね」

「……私じゃなくて、パパがこういうの好きだったの」


 おっと。何の気なしに訊いてしまったけど、もしかしたらまずかったかな?


 一瞬だけ緊張したけど、ミナも空気が重くならないように気を遣ってくれたのか、気にしてない風にムルに向き直る。


「私より、ムルの方こそ興味があるんじゃない? 普通、迷宮探索ダンジョンダイブに来た冒険者は転がってる人形なんて気にしないわよ。昔の人は人形作ってたんだ~?って思うくらいで」

「そう……でしょうか? ごめんなさい、何だかすごく気になってしまって。昔の人が何を考えていたのかとか、どうしてこんなことをしたのかとか……」

「別に謝ることじゃないわよ。私に分かることなら何でも教えてあげるわ」


 ちょっと恐縮した様子のムル。ミナは優しくその二の腕辺りをぽんぽん叩いた。


「でも、この迷宮ダンジョンの調査はもう終わりみたいね。見て、二人とも――」


 ミナが指さす先。石棺のフタにこぶし大の宝石がはめ込まれていた。

 少し欠けてるところがあるけど、間違いない。あれが古代魔石だ。


「今回の依頼は未踏領域の発見と、可能なら古代魔石の回収だったわね。これで依頼達成よっ」


 そう言って石棺に近づいたミナは、魔石に手を伸ばす。


「あ、待ってミナ!」


 俺は慌ててそれを制するが、時すでに遅し。


 カチリ。


 ミナが石棺から魔石を取り外すと同時に、明らかに何らかの仕掛けが作動したであろう音が部屋に響き渡った。


「……この部屋にも罠があるってさ」

「……それも壁が?」


 俺は頷く。


「じゃ、ソイツに言っといて――今度からもう少し早く教えるようにってね!」


 言うや否か、ミナは石棺を背にして周囲を警戒する。

 俺とムルもそれに倣った。はたして天井が落ちてくるのか、壁が迫って来るのか。


 答えはそのどちらでもなかった。


「床っ!? 二人とも、危ない!!」


 突如床がばっかりと抜けるように傾き、俺たちはそのまま階下へと滑り落ちる。


 落ちた先にはトゲか刃か、何があるか知れたもんじゃない。

 俺は咄嗟に自分たちの下に壁を作って盾にする。同時に落下の衝撃を少しでも和らげようと、俺の後から落ちてくる二人に手を伸ばした。


「きゃっ!?」

「ひゃんっ!?」


 ミナとムルから変な声が漏れたけど、気にしてる場合じゃない。

 幸い二人ともがっちり両腕で捉えることができ、そのまま俺が作った壁の上に落下する。


「ちょっと、ヘンなトコ触らないで――!」

「そ、それどころじゃ――」


 ミナが抗議する声がした。両手にはそれぞれ、少し柔らかい感触と、もっと柔らかい感触が伝わってくるけど、これはまさか二人の「ヘンなトコ」なのだろうか?


 でもそんなことを気にしてる場合じゃないのは本当だ。

 俺たちの乗った壁が動いている。ソリみたいに急斜面を滑落してるんだ――!


「見てください! 明かりです! 外に出るみたいですよ!!」


 ムルの言葉に進行方向を見れば、確かに陽が差す出口が見える。


 でもここは墳墓だ。それなのに空が見えているということは――


「まずい……大渓谷だ!!」


 俺が叫ぶのと同時に、壁のソリは大渓谷の岩壁、その中腹に空いた穴から勢いそのままに飛び出した。

 当然、俺たちも空中に投げ出される。


 崖は深い。ていうか底が見えない。このまま落ちたら死ぬ――!!


「くっ――《武器作成》!」


 俺の腕の中で、ミナがスキルを発動させた。次の瞬間、彼女の手の中に現れたのはロープが結びつけられた矢だ。そんなこともできるのか……!


「ムル!」


 ミナは一言だけ叫ぶと、その矢をムルに突き出した。

 それだけですべてを理解したんだろう。ムルは矢を受け取ると、背負っていた弓につがえて崖の途中、岩壁に根を張る木の一本に狙いを定める。

 俺は少しでもムルが安定するように腕に込める力を強めた。ムルから羞恥に耐えるような「んっ……」という声が漏れる。ごめんって。


「――命中です!!」


 これ以上ないほど不安定な体勢で放たれたにも拘らず、矢は寸分違わず太い木の幹、そのど真ん中に突き刺さった。

 先端には返しがついている、ちょっとやそっとで抜けやしない。


 ミナとムルがそれぞれロープを掴んだ。それを確認して、俺も二人の胸……じゃない、身体から手を放して同じくロープを握り締める。


 なんとか落下は免れた……けど、俺たちの勢いは止まらない。ロープは振り子のように大きく弧を描いて三人を引き上げる。


 その後は――当然だけど揺り戻されていく。岩壁に向かってだ。

 激突すれば、やっぱり命はない。


「《壁作成》!!」


 俺は迫り来る崖に向かって念じる。すると瞬く間に岩壁に木の葉をたっぷり蓄えた枝葉の壁が出現した。


 崖上にも岩壁にもそれなりに木が生えてる。ここなら植物の壁も作れると思った!!


 俺たちはそのまま崖にぶつかる。でも密集した枝葉がクッションになって、その衝撃はほとんど軽減することができた。


 助かった――


 安堵のあまりロープを掴む力がゆるくなりそうだけど、ひとまず危機は脱することができた。


「……ちなみになんだけど」


 三人ともまだ息が上がっている。

 そんな中、俺はひとつの重大な告白をした。


「ウォルダインは石棺の部屋に入ってすぐに罠のことを教えてくれたよ」

「……じゃあ、あなたが伝えるのが遅かったってことね」

「ごめん……」

「……ぷ」


 団子になったままぶら下がる俺たち。すぐ間近からミナが我慢できないといった様子で吹きだす声がした。


「あっはっはっはっ……何よそれ、もう。次から気をつけてよね」


 言うタイミングがないまま、ミナが魔石を取っちゃったんだ!


 と抗議したかったけど、それは無粋だろう。


 すぐにムルの笑い声も聞こえた。

 つられるように俺も思わず笑い声を漏らしてしまう。


「まったく、どさくさに紛れてまたやらしいことするし、最低よ」

「そ、それは咄嗟だったから……」

「あの、ウォル様……申し上げ難いのですが、私も胸を鷲掴みにされると照れてしまいますし……せめて矢を射る時はご遠慮いただけると……」

「ワザとじゃないんだってば!」


 二人とも口では俺を責めるようなことを言うけど、その顔は笑顔だ。


 かなり危ない目に遭ったのは確かだけど、ミナの手には古代魔石がしっかりと握られている。


 これで初の共同依頼は無事達成だ。


 同時に、俺たちは仲間としての絆を確かに結ぶことができたと、そう感じられたのだった。

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