第28話 スキルの貸与とモンスターハウス

 クァリヴァイン地下墳墓、調査二日目。


 昨晩は《壁作成》で作ったシェルターで休むことになった。

 それを見越して水も保存食も野営の道具も持ってきていたから、特に不自由はない。


 ちなみにミナたっての希望で、俺とムル・ミナは別室だった。


 部屋を別にするにあたって試してみたところ、俺が作る壁には扉を設置することもできるみたいだ。

 ここじゃ素材が無くて石でできた重苦しい扉しか作れなかったけど、おそらく《壁装飾》によるこの力なら、色々と複雑な壁だって作れるかもしれない。


 例えば、内部に部屋がある壁とか。もしそれができるなら、宿に泊まらなくても拠点には苦労しなくなる。


 今度試してみよう。



 地下墳墓の未踏領域は、既知の部分ほど複雑な迷路にはなっていないようだった。


 ただ小型の魔獣が結構な数入り込んでいて、調査を進める俺たちは頻繁に足止めを食うことになる。


「《武器作成》!」


 ミナのスキル《武器作成》は、俺の《壁作成》と同じように周囲のものを素材にして武器を作るスキルらしい。

 二本の小剣を巧みに操り、小型魔獣の急所を的確に貫いたり、作ったナイフを投擲して離れた相手を攻撃する。彼女自身の技量とも合わせて、かなり強力なスキルだ。


 作った武器は仲間も使えるから、俺も必要なら遠慮なく武器をぶん投げられるし、ムルに「緑の矢」より殺傷力の高い矢を渡して使ってもらうこともできる。


 ムルが矢で向かってくる魔獣の数を減らし、近づいてきた魔獣は俺が止め、ミナがとどめを刺す。コンビネーションも悪くない。


 そんな感じで、戦闘の回数こそ多かったけれど、俺たちは順調に迷宮ダンジョンの調査を進めていった。


 そして開けた場所に着く。


「ふんふんなるほど……この先が身分の高い人の埋葬場所だったみたいだよ。古代魔石のことは分からないみたいだけど、あるとしたらきっとそこだね」

「……それも壁が言ってるの?」

「もちろん」


 ミナは相変わらず胡散臭いものを見るような目を俺に向けている。


「……でも、魔獣の数が多くないですか?」


 物陰から広間を覗くムルが言う通り、中には夥しい数の魔獣の姿があった。

 ざっと数えて四十体。とてもじゃないけど真正面から相手できる数じゃない。


《壁爆破》ならいけるかもしれないけど、今回の目的は調査だ。ダンジョン内部を大きく損壊させるような真似はできるだけ避けた方がいいだろう。


 さてどうするか……。


「あの、よろしいでしょうか」


 頭をひねって考えていると、ムルがおずおずと手をあげた。


「私に考えがあります」




「それじゃムル、準備はいい?」

「はい!」


 ムルから作戦の詳細を聞いた俺たちは、各々配置についた。


 ミナとムルは広間から少し戻ったところにある長い直線通路で待機。

 俺はというと、ミナから借りた二本の短剣を手に、魔獣が密集する広間の入り口で身を隠しながら機を伺っていた。


「よし……じゃ、いくぞ」


 俺は姿を晒すと、広間のなるべく中央……目立つ位置にいる魔獣に狙いを定めて、短剣を投擲した。

 短剣は狙いを外さず、大型犬サイズのネズミに似た魔獣、スティルラットの首元に突き刺さる。

 投擲を受けたスティルラットは広間中に響き渡るような断末魔をあげ絶命。途端に周囲の魔獣が一斉に倒れたスティルラットを見る。


 ここだ!


 魔獣の視線が集中しているのを見計らって、俺はもう一本の短剣を死骸の一番近くにいた別の個体に投げつける。そちらも狙い通りに突き刺さり、雄叫びが広間に響いた。

 今度は注目が集まる中の攻撃だ。広間の魔獣は剣が飛んできた先を追い――俺の姿を認める。


 途端にあがる、威嚇の咆哮。

 あるいは仲間がやられた怒りの声なんだろうか。


 数十体の魔獣が一斉に声をあげ、俺が立つ広間の入り口に殺到してくる。


「よし、第一段階は成功だ!」


 魔獣が確実に俺を追ってくるのを確かめるまでもなく、俺は踵を返して走りだした。


 本当なら《壁作成》で追ってくる魔獣の足止めをしたいところだけど、諸事情あって今の俺はスキルを使えない。

 一目散にミナとムルが待つ通路へと走る。ただ魔獣の足は想像以上に早かった。小型の種ばかりだから早いだけじゃなく俊敏だ。


「このっ!」


 腰の剣を抜き、追いすがって来たスティルラットを走りながら斬り伏せる。一体一体はそれほど強力じゃないけど、この数に囲まれたら一貫の終わりだ。


 走って走って走って走って――



 長い直線の通路に出た。その奥、俺が入ってきたのとは逆側に二人の姿がある。


「ミナ、ムル、準備はいい!?」


 俺は通路を疾走しながら二人に合図を送った。


「もちろんよ。ムル、いいわね?」

「はい!」


 二人は呼吸を合わせるように、互いの手を取り指を絡ませる。


 走る俺と待つ二人、その距離がどんどん近づいていく。

 俺のすぐ背後には大量のスティルラット。


 このままでは三人とも魔獣の群に呑み込まれる。

 そのギリギリのタイミングを見計らい――


「今だ!」


 二人の許へ辿り着いたタイミングで、叫んだ。

 間髪入れず、彼女たちからスキルエフェクトが発される。


「《武器作成》!!」


 ミナとムル、二人が叫ぶと同時に通路の両側に新たな壁が出現する。

 でもただの壁じゃない。その表面にはびっしりと刀剣類がいる。まるで槍ぶすまみたいな壁だ。


 ミナの《武器作成》と、《壁作成》の複合技。

 突き出た刃は小型のスティルラットといえど、隙間を抜けるのは不可能なほどの密度。


 そんな刃の地獄道に猛スピードで突っ込んできたスティルラットたちは、自分自身の勢いによって身体をめちゃめちゃに切り刻まれる。

 たちまち直線通路は魔獣たちの阿鼻叫喚となり、そこいら中が血で染まった。


 数十体いたスティルラットたちは、ものの数秒でもの言わぬ躯と化す。


 大成功だ。


「上手くいったわね!」


 ミナもほっとした様子で笑顔を見せる。緊張が解けたのか、いつもよりテンションが高いような気がした。


「はい、安心しました」


 ムルは無事作戦通りに事が進んで、安堵する気持ちの方が強いみたいだ。


「ウォル様、お怪我はありませんか?」

「大丈夫だよ。二人がばっちりタイミングを合わせてくれたおかげでね」


《壁作成》と《武器作成》を掛け合わせることで、即席の罠として機能させられるんじゃないか。

 迷宮ダンジョンの罠から着想を得たというムルの案を採用した俺たちは、罠の設置役と囮役に分かれることになった。


 だけどここで問題がひとつ。


 普通ならムルが囮役になって俺とミナがそれぞれスキルで罠を張る役になるんだろう。

 だけど、俺は危険な囮役をムルにやらせたくなかった。


 万が一追い縋られた時に弓だと対処しにくいだろうし、やっぱり心配だったのだ。

 いや、レベルはムルの方が遥かに上なんだけど。


 そこでムルの《スキル封印》と《スキル貸借》で俺の《壁作成》をムルに預けることにした。

 彼女のスキルは対象の血に触れることで、相手のスキルを使えない状態に「封印」して、それを自分に「借してもらう」、あるいは第三者に「貸す」ことができるというものだ。


 これにより囮役を交代した俺は魔獣を通路まで誘導することになり、ミナとムルの二人は通路で待機して武器壁を作る役割になった。


 結果は、もう一度言うけど大成功だ。


「ウォル様が危険な囮役を買って出てくれたおかげです。ミナ様も私に合わせてくれて……お二人がいなければこうも上手くはいきませんでした」


 とムルは謙遜するけど、これは彼女の立案だ。

 俺はゆっくり首を振って彼女の発言を訂正する。


「それを言うなら、ムルがいなくてもこんなに上手くはいかなかったよ」

「そうよ。敵の傾向と仲間の能力、地形の特性を考えてすぐにこんな案が思いつくなんて、すごいわムル」


 ミナも同調して、ムルの頭を優しく撫でる。


 ムルは恥ずかしそうに「照れてしまいます……」と顔を赤らめるのだった。

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