第27話 迷宮探索と壁との会話

 クァリヴァイン地下墳墓。


 ルイナさんの話ではハーヴォルドから一日半ということだったけど、俺たちは街で馬を借りて「壁の道」を行き、その日の夕方頃には目的地に着くことができた。

 途中にはまるで地の底まで続いてそうな大渓谷があったけど、もともと橋が架けられていたのでたいした難所というワケじゃない。


 さすがに迷宮ダンジョン内の探索は今日中には終わらないだろう。リナには帰りが明日か明後日になると伝えてある。


「って言っても、一日二日で未踏領域が見つかるのかしら? 一度調査したときに見つけられなかったんでしょ?」

「それは大丈夫だと思うよ」


 ミナは少し懐疑的だったけど、俺はたぶん大丈夫だと思う。

 さっそく迷宮ダンジョンに入ってみることにした。



「ところで、あなたたち迷宮探索ダンジョンダイブの経験は?」

「俺はないなあ」

「私もです」

「……ということは、私が唯一の経験者ってことね」

「あ、そうなんだ?」


 迷宮ダンジョンというのは、魔獣の巣窟化すると近隣に被害を及ぼすこともある。でも基本的には放っておいても無害なものだ。勇者パーティでは時間がかかる迷宮探索ダンジョンダイブよりも、より強い魔獣と戦って、とにかく一日でも早くレベルを上げることを優先していたから、俺は四年の冒険者歴で一度も迷宮ダンジョンに入ったことがない。


 ムルに至っては昨日登録したばっかりだ。まあ彼女の場合は憶えてないだけで、経験済みな可能性もあるけど。


「ふふん♪ じゃあ私が先頭で行くわね」


 迷宮探索ダンジョンダイブでは自分が一番先輩だという事実に気を良くしたんだろうか。ちょっと嬉しそうなミナが、得意気に歩き出す。

 微笑ましい光景だ。彼女もなんだかんだ共同の依頼を前向きに受け止めてくれているのは嬉しい。


 パーティのことは結構強めに拒否されていたので、ものすごく嫌々という空気だったらどうしようかと思ったけど、杞憂だったみたいだ。


「いい? 地下墓地系の迷宮ダンジョンには罠が仕掛けられてることも珍しくないわ。まず私が確認しながら進むから、注意してついて来てね?」


 そう言いながら、ミナは床や壁を慎重に探りながらじりじりと通路を進んでいく。


「ミナ様、お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「どうしたの?」


 そこそこ進んだところで、ムルが不思議そうに問いかける。


「こちらは昔の人が死者を悼むために造られたものなのですよね? なぜそんな場所に罠が仕掛けられているんでしょう?」

「なるほど、いい質問ね」


 答えるミナはなんだか手慣れた感じだ。お姉さんだからこういうの慣れてるのかな?


「昔の人は、死体に悪魔に取り憑かれて生き返ることがある……って信じてたのよ。だから死者を乗っ取った悪魔が地上にでて来て悪いことができないように、墓地は地下深く複雑な構造に造ったんだわ。罠があるのも同じ理由ね。侵入者用じゃなくて、墓地から悪魔を出さないためのものなの」

「えっ……じゃあこの先には悪魔がいるんですか……?」


 途端に不安そうな顔で辺りを見回すムル。

 そんな彼女の様子に、ミナは笑って話を続ける。


「大丈夫、昔の人はそう考えてたってだけよ。地下墓地系の遺跡で悪魔が見つかったなんて話は聞いたことないし。今じゃお墓は地上に造られてるでしょ?」

「そ、そうですよね……すみません」


 話を聞いたムルは、恥ずかしそうに身を縮める。

 ミナは「私も昔、この話を聞いてお墓参りに行きたくないって泣いたことがあるのよ」とムルを慰めていた。


 二人の仲も悪くない。リナも含めて三姉妹みたいだ。

 やっぱり彼女はパーティに誘いたいなあ……。


「まあもっとも、ここは調査済みの迷宮ダンジョンだから罠も大部分は除去されてるはずよ。そんなに気にしなくても大丈夫だと思うんだけど、解除のし忘れや見落としがあるかもしれないから念のため、ね」


 そう言って再び歩き出そうとするミナ。


 俺はそんな彼女手をぱっと掴んだ。


「待って、ミナ。そこに踏むと作動する罠があるみたいだよ」

「え、ほんと?」


 俺の言葉に、ミナは踏み出そうとした足を止めた。

 体重をかけないよう気をつけながら、足裏で慎重に、地面に違和感がないかを探っている。


「……それらしいものはないみたいだけど?」

「でもそこにあるって言ってるよ?」

「言ってる? 誰が?」

「壁が」

「…………」


 俺がそう説明すると、ミナがくるりとこちらを振り返った。

 その目は胡散臭いものを見るような半眼になっている。


「あなたね、そういうゴッコ遊びは街中でだけにしてくれるかしら? 探索済みとはいえここはダンジョン、油断したら命を落とす危険だってあるのよ」


 言いながら、腰を曲げてずいっと顔を近づけてきた。

 思わぬ叱責に俺は戸惑いつつ、


「いや、ゴッコ遊びって何……?」


 と疑問を口にする。

 俺の言い分を聞いたミナは呆れた調子で、小さい子供を諭すように話し始めた。


「いい、ウォル? ムルと会ったのは最近だって聞いたし、それまであなたがどれだけ寂しい人生を送って来たのか知らないけど――」


 いやいやどうして俺が寂しい人生を歩んできたこと前提で話してるのさ? クライスたちがいたから寂しくなかったよ!


 そんな心の叫びは置き去りに、ミナは言葉を続ける。


「今はムルが一緒なんだから、いい加減妄想じゃなくて現実と向き合いなさい? そんなんじゃムルにまで愛想を尽かされちゃうわよ」

「いや待って、色々言いたいことはあるけどホントに罠があるって――」

「言い訳しない。大丈夫よ、一番先輩な私がしっかり確認したんだから」


 びしっと俺の鼻先に指を突きつけ、この話はお終いとばかりにミナは通路に向き直す。


 そしてためらいなく第一歩を踏み出した。その時――

 ガコン、という音がして、ミナが体重をかけた床全体が沈み込んだ。


 これじゃいくら地面の違和感を探しても見つからないワケだ。


「へっ?」


 ミナから間の抜けた声が漏れる。


「ウソでしょ――!?」

「お二人とも、天井が――!」


 ムルの叫び声に上を見上げると、通路の天井が俺たちに向かって、じりじりと高さを下げてきた。

 このままだと押し潰される!


「ひとまず《壁作成》!」


 ほの暗い通路にスキルエフェクトが輝き、次の瞬間には落ちてくる天井を支えるようにレンガ壁が作りだされた。

 幸いにも壁は圧力に負けることはなく、天井がそれ以上俺たちを押し潰そうと迫って来ることはなかった。

 ひとまず、危機は去ったようだ。


「だから言ったのに……」


 俺は壁の忠告を無視したミナをじっとりした目で見つめる。


「……偶然でしょ? でなけりゃあなた、もしかしてこの罠のこと知ってたわね……?」

「そんなことないよ」


 こんな規模の罠だ。見落としとか解除のし忘れとかじゃなくて、単純にこの通路は誰も通ってなかったんだろう。

 調査と言っても隅から隅までマッピングしてるワケじゃない。


 ルイナさんから借りた地図にも載ってない。つまり俺が知ってたはずもない。


 そうまでしてウソをついてたことにしたいなんて、もしかしてミナは壁の言うことが信じられない人なんだろうか?


 それはよくない。理由もなくひとを疑うなんて。


「う~ん、じゃあウソをついてない証拠を見せてか」

「何よ、証拠って」

「もちろん――」


 俺は手近な壁をそっと撫でる。


「この地下墳墓のどこかにある未踏領域まで案内してもらうんだよ」




 そしてさらに一時間ほど歩いたところ。


「ここだってさ」


 俺たちは迷路の袋小路にいた。

 ここまでだいぶ複雑なルートを進んできたからわかりにくいけど、ここはクァリヴァイン地下墳墓の最奥だ。


「ウォルドリン――そこの壁の名前だけど、彼の話だとこの先に前回の調査隊が入ってない場所があるんだって」

「この先って言われても……」


 俺が指し示す通路の先をじっと見つめるミナとムル。

 そこは一見、岩が固まった壁があるだけの行き止まりだ。


「何よ」


 ミナは奥の壁に近づきながら、悪態をつく。


「やっぱり適当なこと言ってたのね。こっちは行き止まりじゃない――」


 そう言ってくるりと振り返り、何もないことを俺に示すように奥の壁にバンと手を突く。


 その途端――


「きゃっ!?」


 思わずミナが悲鳴をあげる。壁の彼女が叩いたところに穴が空き、細い手がずぼっと突き抜けてしまったのだ。


「ウォル様、これは――」

「うん」


 はっとしたムルの声に同意しながら、俺は壁に近づき、空いた穴から向こう側を覗いてみる。


「壁の向こうにまだ通路が続いてるみたいだ」


 俺は穴から顔を離して、ミナがやったみたいに壁を手で押してみた。

 だけどその壁はびくともしない。ミナが突き破った個所はたまたまヒビが入ってたか何かして、脆くなっていたんだろう。


「《壁消去》」


 スキルを使用すると、壁に人が通り抜けるのに十分な穴が空いた。


 その先にはここまでとは少し雰囲気の違う、壁や床、天井がしっかりと化粧された通路が続いていた。


 俺は横に立ち尽くすミナに「どう?」と声をかける。


「壁はウソをついたりしてなかったでしょ?」


 そう言うと、ミナは信じられないものを見るような目を俺に向けた。


「壁と喋るとか……それ、イタい設定じゃなかったの……?」


 イタい設定ってなんだよっ!


 と抗議したかったけど、その前に横にいたムルも驚いたように話しかけてきた。


「ウォル様、壁とお話ができるんですね……びっくりしました。それもスキルなのですか?」

「え? 壁とはスキル発現前から普通に話してるよ?」

「「え」」


 ミナにもムルにも目を丸くされてしまった。

 そんなに驚くこと言ったかな?


「壁と話すなんて誰でもしてることだよね? そりゃあ人といる時はあんまりやらないかもしれないけど……うちの故郷には壁と話してるおじさんとか結構いたよ?」

「……ちなみに、そのおじさんたちって普段何してる人だったの?」

「普段……? う~ん、みんな仕事はしてなかった気がする。勤めてた商会をクビになった人とか、奥さんと子供に逃げられた人とか、財産は全部博打でスったなんて人もいたなあ……」

「それは普通じゃないわね」


 ミナがきっぱり断言する。


「ウォル様、普通の人は壁とお話しすることはできませんよ……?」

「え」


 ええええええええええええウソでしょ!?


「まともな人間が壁と話すワケないじゃない。そのおじさんたちの極限な状態を見て気づかなかったの?」

「それはおじさんたちに失礼なのでは……」


 にわかには信じられなかった。

 これまでの常識が覆される。


「普通の人は壁と話したりできないの??」


 改めて問うと、ミナもムルも無言で頷く。


「少なくとも、壁と話してる人を見たら、疲れてちょっとヘンになってるんじゃないかと思うわね」


 ヒドイ!


 あ、でも。


 勇者パーティとして旅をしていた時も、何度か壁と話しているところを見られたことがある。

 その度にクライスやジオディンはしきりに休むよう勧めてくるし、スティーナが滋養に効くポーションなんかを持ってきてくれたり、マリンが用意してくれる食事の品数が俺だけ多かったりしてたけど、もしかしたらそのせいだったのかな?


 ミナがときどき不自然に優しかったのも、だからだったのか。


 う~ん、驚愕の事実過ぎる。


 でもそうか……


「普通の人は壁と話したりしないのか……」

「当たり前でしょ」


 ミナの冷静なツッコミが俺に突き刺さった。

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