第24話 拒否する心と宿の相部屋

 夜。

 俺はムル、ミナ、リナたちとハーヴォルドの街を歩いていた。


 あの後、なんとか正気に戻ったリナに事情を説明してもらい(あとムルにも口添えしてもらい)、なんとか誤解を解くことができた。


 ルイナさんに腕をとられて「謎の部屋」に連れ込まれそうになった時は、腕に当たるたわわな感触を楽しむ余裕もなく死を覚悟した……。


「わ、悪かったわよ……」


 周囲の冒険者から白い目を向けられていた俺に、さすがに責任を感じたのかミナもしおらしい。


「まあ分かってくれたなら大丈夫だよ」


 周りにいた冒険者たちには今も誤解されたままみたいだけど、それは気長に解いていくことにしよう。

 先は長そうだけど。




「そういえば、ミナとリナはあのダグラスとかいう貴族と知り合いなの?」


 何となしに尋ねた言葉に、ミナがぴたりと足を止めた。


「……どうしてそんなこと訊くの?」

「いや……リナの話しぶりから、そんな感じがしたから」


 俺も合わせて立ち止まる。ミナの声は何だか冷たい。訊いちゃいけないことだったのかな?


「私とねえさんは防壁崩壊の後しばらく、辺境伯の屋敷で世話になってたことがある」

「辺境伯の?」


 代わりに答えてくれたのはリナだ。その答えに意外なものを感じた。


 防壁崩壊で親を失った孤児を自分の屋敷で世話をしてたってことなのかな?

 さっきスレインから聞いたグァバレア辺境伯の人物像からは、そんな慈善活動をしそうな印象は受けなかったけど……。


 いや、普段の行いが悪いから、そういうところで民衆の人気を集めなきゃと考えたのかもしれない。今現在のミナたちを見るに、すぐ投げ出したみたいだし。


「そんなことよりあなたたち、いつまでついてくるつもりなの?」

「え」


 ミナが話題を打ち切るように俺とムルに尋ねた。


「昼間の内に街の案内は済んだんでしょ? ならもう一緒にいる必要ないじゃない」

「え~っと、それはそうなんだけど……」


 まずい。

 本当ならバナンからここまでの道すがら、俺やムルが役に立てるということを示して仲間になるよう説得するつもりだったのに。

 道程をかなり飛ばしてきてしまったため、ミナをパーティに誘う口実をまったく考えられていなかった。


「せめてもう少しだけ、一緒に依頼を受けたりしてみない?」

「その話はもうしたでしょ? 私には私の事情があるの。だからあなたたちと一緒にいるのはここで終わり」


 食い下がろうとする俺の言葉を遮って、ミナはきっぱり宣言する。


「まあまあ楽しかったわ。でももう私に関わらないで」

「…………」


 そうまではっきり拒絶されると、何も言えなくなってしまうじゃないか。


 俺が黙っているのを了解と受け取ったのか、ミナは満足したような、少し寂しそうな顔をして、リナの手を取り歩き始めた。


「じゃあね。今言ったこと忘れないでよ」


 そう言い残して立ち去るミナたちに、俺は何の言葉もかけることができなかった。




 その必要もないからだ。


「な――」


 ハーヴォルドの街、宿屋街にある一軒の宿の前にて。


「なんであなたたちがここにいるのよっ!?」


 俺たちはミナ、リナと数分ぶりの再会を果たした。


 当然だ。だって俺たちはリナの案内で彼女たちと同じ宿をとったんだから。


「図ったわね……! この変態ストーカー壁男……!!」

「誰かに聞かれたらまた誤解されちゃうからそういうこと言うのやめてね?」


「どこが誤解なのよ!」と今にも噛みついてきそうなミナを宥めながら宿に入る。

 ちょっと強引だったけど、ここに部屋をとっておいてよかった。



 と、まあそこまでは予想できたと言うか、分かってたことなんだけど。


「これは予想外だったなあ……」


 宿の一室。


 それなりに広めな暖炉付きの部屋の中。俺たちの目の前には二列に並んだ四つのベッドが置かれていた。


 同じ部屋の中にである。


「な、な、な――」


 同じく部屋の入口に立ち尽くしていたミナから絶叫があがる。


「なんであなたたちと一緒の部屋なのよっ!!?」


 ぐりんと首を巡らせ俺を睨む。いや、俺にも分からないよ?


 あらぬ疑いをかけられしどろもどろになる俺。どうにか手振りで「知らない」と示すけど、ミナはジト目で疑るように俺を見る。

 全然信用されてない。


「あーしまったー」


 その時、ミナの背後にいたリナがぽんと手のひらを打った。


「手違いで四人一緒の部屋にしてしまったーどうしよー」


 とってもわざとらしい。なるほどそういうことか。


「リナ、あなたの仕業なの!? 何考えてるのよ、こんな変態とひと晩一緒の部屋で過ごすなんて! 今すぐ別の部屋を用意してもらうわよ――」

「他の部屋は全部埋まってるーこまったこまった」

「なんですって!?」

「しかも料金は二十日分前払いしてしまってるーどうしよー」

「リぃぃぃナぁぁぁ――!」


 と叫びながら、ミナは妹のほっぺたをびよーんと引っ張っている。


 リナが昼間「まかせて」と言ってたはこういうことだったのか。かなり強引だけど、たしかにこれならミナは俺たちと一緒にいざるを得ない。


「困ったことになったけど、他に部屋が空いてないんじゃ仕方ないよね? これからしばらくよろしくね、ミナ」

「あなた……あなたがリナを誑かしたのね……?」


 それは誤解だよ。


「あ、でも《壁作成》なら部屋を仕切れるわよね?」


 ミナがポンと手を合わせ、期待に満ちた眼差しで俺を見る。


「壁で? う~ん、たぶんここに壁を作ったら重みで床が抜けると思うよ」


 この部屋は宿の最上階、三階だ。

 床は木の板だし、石壁の重みに耐えることはまあ、無理だろう。


 木の壁を作ることもできるかもしれないけど、《壁作成》は壁を作るのに周囲のものを素材として使う。地面から素材を賄える石壁とは違って、ここで木の壁を作ったら宿の建材が消費されてしまう危険があった。


 俺の話を聞いたミナは幻滅したような目で「使えないわね……」と言い捨てる。ちょっと、傷つくでしょっ!


「ムル、あなたも何かいいなさいよ。この変態と同じ部屋なのよ? いいの?」

「え、私は昨晩もバナンの宿でウォル様と同室でしたよ……?」

「ウソでしょ……」


 ミナはムルに矛先を変えるも、あえなく撃沈。

 野宿の時なんかは男女関係なく固まって雑魚寝が普通なんだし、そんなに騒ぐほどのことじゃないと思うんだけどな。

 俺の《壁作成》がある勇者パーティだって、魔獣除けに周囲を壁で囲うことはあっても、男女でスペースを分けたりはしなかった。


「ねえさん、もう諦めよう」


 納得できない様子のミナに、リナがそっと声をかける。

 でもミナはまだ諦めきれない様子だ。


「本気なの? 寝てるあいだに襲われたらどうするのよ?」

「大丈夫。私はにいさんに全幅の信頼をおいている」

「あなた……ちょっと豪華なご飯を食べさせてもらっただけで、なびき過ぎじゃない……?」


 お姉さんは心配そうに妹を見る。


「リナ……分かってるの? 私たちは寝る時、その――」


 そう言うと、ちらっと俺の方を見て声を潜める。

 まあ同じ部屋の中、普通に聞こえるけど。


「裸なのよ? あいつの前で何も着ないで寝るなんて、あなた平気なの?」

「あっ」


 リナは今気づいたといった様子ではっとする。

 ふむふむそれは聞き捨てならない情報だね?


「忘れてた。どうしよう……」


 さすがのリナもそれは恥ずかしいらしい。

 困った様子で姉を見、続いて俺を見る。


 まあ旅生活が多い冒険者なら宿で寝る時は裸なんてよくあることだ。

 俺も寝る時は下着一枚だし。さすがにムルには寝巻用に薄手の肌着を買ったけどね!


「あの、差し出がましいようですが……」


 そんな彼女たちに助け舟を出したのは、ムルだ。


「寝る時の衣服をお持ちでないのでしたら、ウォル様、私にしてくれたみたいに《壁作成》で作ることはできませんか?」


 おずおずと手をあげ問いかけるムル。

 途端にミナはぱあっと明るい顔になった。


「え、なに、そんなことできるの? すごいじゃない《壁作成》」

「う~ん、できると言えばできるけど……」


 それにはある重大な問題がある。ムルさん、まさか忘れてませんか?


「たぶんミナたちは嫌がるんじゃないかと思うよ」

「何言ってるの。あ、出せる服の種類なんかに決まりがあるとか? でもこの際何でもいいわ。裸より恥ずかしい格好じゃなければね」


 たしかに裸恥ずかしい格好はしなくていい。


「ホントにやるの?」

「くどいわよ! まさかあなた、私たちの裸が見たいからって、協力しないつもりじゃないわよね……!?」

「そんなことないけど」


 そこまで言うなら、まあ、いいか。


「わかったよ。やってみる」

「よかった、これで最悪の事態だけは回避できたわね――」


 俺は床に荷物を置いて、期待に満ち満ちているミナに向き直る。


「それじゃ二人とも――服を脱いでくれる?」


 その夜、ハーヴォルドの宿屋街にはバシィィン!という何かを平手でひっぱたく音が響き渡ったのだった。

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