第23話 勝利の宴と思わぬ濡れ衣
結局、気を失ったダグラスは護衛の騎士らしき男性によって連れていかれた。
大怪我はしてないはずだから、きっと屋敷に戻ったんだろう。
そして俺は、ダグラスとの戦いを終えて――
ギルド連盟斡旋所内の酒場で、もみくちゃにされていた。
「おうおう、飲め飲め壁男っ!! 今日は俺たちのおごりだぁあああああああ!!」
やたら恰幅の良い男性冒険者がそう号令を発すると、斡旋所に集まった数十人の冒険者たちが一斉に「おおぉっ!!」と歓声をあげる。
ダグラスを打ち負かして斡旋所閉鎖の危機を救った(ということにされている)俺は、英雄に祭り上げられていた。
酒場スペースのテーブルについた俺の前には、数々の料理と大ジョッキ。
しかも乾した先から新たに酒が注がれていく。嬉しいけどそんなに飲めない。
ジオディンに連れられて行った、酒好きたちが夜通し飲み、食い、踊る狂気の宴を思い出すな。あれはキツかった……。
みんな俺の席にやってきては、ダグラスに毅然と立ち向かったことや、勝負での立ち回りはなどを口々に褒め讃えていく。
そして酒をおごっていく。
それだけならいいんだけど、近くに座るムルや、リナにまで酒を飲ませようとする輩がいるから油断ならない。
その度にルイナさんがやって来て、不埒者は斡旋所奥の「謎の部屋」へと連れ去られていった。
「謎の部屋」ってなんだろう……?
深く踏み込むとまずい気がしたので、尋ねたりするのはやめとこう。
「なあ、ちょっといいか?」
しこたま飲まされて、やっと「俺が主役の会」から「ただの大宴会」に移行した頃、テーブルでぐったりしていた俺の所にひとりの男性冒険者がやってきた。
確か、ダグラスに女性冒険者が絡まれた時、真っ先に助けに入った人だ。
「俺はスレインって言うんだ。ウォル、あんたのおかげで妹が助かったよ。礼を言わせてくれ」
「あ、妹さんだったんだ」
パーティメンバーなのは分かってたけど、兄妹で組んでいるのは珍しい気がする。
「ほら、ユリア。お前も礼を言いたいって言ってただろ? 隠れてないでちゃんとしろって」
そう言ってひょいと脇にどいた彼の後ろには、ダグラスに絡まれていた女性冒険者の姿があった。
「あ、あのっ! さっきはありがとうございました……!」
そう言って緊張した様子で頭を下げる。礼儀正しそうな女性だ。
「私、本当に指を切られちゃうんじゃないかってすごく怖かったんですけど……ウォルさんが止めに来てくれて……その、すごくカッコ良かったです!!」
「あー……いや、気にしないで? たいしたことはしてないよ」
実際のところ、ダグラスは本当に彼女の指を落とすつもりはなかった。
それは剣を持った腕の、力の入れ方でわかっていたことだ。
あれはあくまでブラフ。彼の狙いは自分を侮辱した人物を見つけることにある。
まあだからって許されることじゃないと思ったから、止めたんだけど。
「そんなことないです! ウォルさんが止めに入ってくれた時、涙が出るくらい嬉しかったんですからっ!」
女性冒険者、改めユリアの目は熱っぽく潤んでいる。
これはあれかな。クラルゥの時とは違って今度こそ本当に、助けた俺のこと好きになっちゃった??
いやまいった。
「でもあの人たち、いつもあんな調子なの?」
「いつもといやあ、そうだな。だいたい威張りくさってるよ。まああいつは親父にくらべりゃマシだけどな」
「そうなんだ……」
貴族というものはもちろん、平民より身分が高い。
でもそれをおおっぴらに主張して横暴な振る舞いをする貴族というのは、実はそんなに多くはない。
貴さは血によって保証される……なんて言っても結局のところ、貴族の地位を支えているのは平民だからだ。彼らは民衆の反発を何よりも恐れている。
「俺とユリアは第五層からの避難民なんだけどな? 防壁崩壊前のグァバレア家の横暴ぶりったら酷いもんだったぜ。色々と黒い噂もあったしな」
「黒い噂?」
「ああ。政治的な敵対者を人知れず暗殺してるとか、盗賊を雇って領民から金品を強奪してるとか、壁を抜ける秘密の抜け道を作って密輸で儲けてるとかな」
「うわぁ……」
スレインの口から語られるのは、物語に登場する悪い統治者の見本みたいな内容だった。
さすがに暗殺とか盗賊とか密輸とかは眉唾だろうけど、火のない所に噂はたたない。税金の横領くらいはやってそうだ。
「こっちに逃げてきてからもやりたい放題さ。前にあいつが塩を買い占めたせいで値段が高騰したときなんか、冬前の保存食が作れなくて街中が餓えて死ぬかと思ったぜ。魔獣が攻めてきた時にゃ取るもんも取らずいの一番で逃げ出したくせに、どこにそんな金あるんだかな」
「領主……ハーヴォルド伯爵はそれを咎めたりしないの?」
「ああ……ここの領主は辺境伯より位が低いからな……。あまり強くは言えない、お貴族様の事情ってのがあるんだろ」
どっかり座ったスレインの舌はよく回る。
近くで聞いてた冒険者もみんなうんうんと頷いてるし、この街でのグァバレア辺境伯家の評判は最悪なものみたいだ。
「ここだけの話……最近魔獣が平原まで出てくることが多いだろ? それもグァバレア辺境伯が絡んでるんじゃないかって噂だ」
「え、なにそれ?」
モルドガッドでもバナンでも、魔獣の動きが活発化しているという話は耳にした。
どうやらそれはここ、ハーヴォルドでも例外じゃないらしい。
でもそれが辺境伯に関係しているとは?
「ここんとこ辺境伯が間借りしてる屋敷に怪しげな奴が出入りしてて、そいつがしばしばフォルガドネに向かってるみたいなんだよ」
「……その怪しげな人がフォルガドネで何かして、魔獣を平原まで誘導してるってこと?」
なんだかふわっとした話だ。仮にそうだったとして、どうやって魔獣を思い通りに動かしているのか、方法がわからない。
それに動機も。辺境伯が自分の住む街の近くに魔獣を呼び寄せて、いったい何の得があるんだろう?
俺が悩んでいると、スレインが笑いながら俺の肩を叩いてきた。
「あくまでも噂っつったろ? まあそんな話が違和感なく語られるくらい、みんな辺境伯ご一家が大嫌いってことだよ」
そう言いながらジョッキを口に運ぶ。
「だから、お前がダグラスの野郎に一泡吹かせてくれて、俺たちはスカッとしたよ! この街にはしらばく留まるんだろ? またあの野郎の吠え面が見られるよう期待してるぜ」
「ははは……本当にたいしたことはしてないから、あんまり期待しないでおいてね」
向こうが横暴な真似をするなら別だけど、俺としては積極的に敵対するつもりはない。
だけどスレインの横で話を聞いていたユリアは、不安そうな目で俺を手を握ると、
「またあの人に酷いことされそうになったら……今度も助けてくれますか……?」
と上目遣いで訊いてきた。
「それはもちろん」
壁は人を守ってこそだ。
俺の答えに安心したように、ユリアもにっこり笑顔になる。
いい雰囲気だ。
そう思っていたところ、俺とユリアのあいだににょっきり人影が生えてきた。
「にいさん、デレデレしてる」
リナだ。でもその顔はなんだか赤い。
まさかリナまで俺の勇姿に惚れ惚れしてしまったのだろうか――なんて考えるほどお花畑じゃない。彼女の目はとろんとしていて、頭がゆらゆらと左右に揺れている。
これは……!
「リナ、もしかして酔ってる? 誰? リナにお酒飲ませたのはっ」
「飲んでない。酔ってもいない。頭がぼーっとして気分がふわふわするだけ」
そう言って俺の膝の上にお座りするリナ。
うーん、これは間違いなく酔ってる。
俺はリナと一緒に座っていたムルに視線を向ける。けど彼女は首を横に振った。
「私が見ている限りは、お酒は口にされていないはずです。全部ルイナさんが没収していきましたから……」
「それじゃあどうして……」
「飲んでなくても、そこかしこに酒のジョッキが溢れてるからな。匂いで酔ったか雰囲気で酔ったかしたんだろ」
「なるほど……」
スレインの言う通りかもしれない。確かにそこら中お酒の匂いが充満していて、よく見ると同じく飲んでないはずのムルも、少し顔が赤くなってる。
「にいさん温かい……いや、暑い……」
酔って体温が上がったのか、リナは俺の膝の上で服の襟元を緩め、ぱたぱたと引っ張って風を送る。
そんなことをするものだから、上から見下ろしている俺の角度からはすとーんとした服の中が見えてしまうわけで……。
俺はそっとリナの手を押さえた。
「リナ、俺の膝の上でそれは止めようね?」
「ん。重かった?」
「いや、リナは小柄だから重たくはないんだけど……」
ものすごく、嫌な予感がするんだ!
はたしてその予感が現実のものとなったのか――
「いったい何の騒ぎなのよ、これ……。リナ? 遅くなってごめんなさい、迎えに来た……わ、よ……?」
斡旋所の扉が開き、姿を現したのはミナだ。
彼女は大勢の冒険者がひしめき騒ぐ斡旋所の中から、恐るべき嗅覚ですぐにリナの姿を見つける。
その妹は、ちょっと服をはだけさせた格好で、とろんと赤い顔をして、俺の膝の上に乗り、俺に手を押さえられていた。
そんな光景をミナに見られてしまった。彼女がそれをどう解釈するかは、火を見るよりあきらかだ。
「こ、この変態……! まさかリナにまで手を出したのっ!?」
斡旋所中に響き渡る叫び声に、やかましかった冒険者たちもぴたりと騒ぐのをやめた。
そして声の主であるミナを見、彼女の視線を辿って俺(とその膝の上に座るきわどい状態のリナ)を見る。
「何、変態?」
「お、おい、あいつ膝の上の女の子を脱がせてるぞ!」
「今、リナにまでって言ってたよね? 前科アリってこと?」
「あんな小さい子に……しかもこんな公衆の面前で!?」
「見境なしとは恐れ入るのである。うやらまけしからん」
そこかしこでそんなひそひそ声が聞こえてきた。
「誤解だよっ。リナ、リナからも何もないって説明してくれる?」
「にいさん、デレデレしてた」
それは今言うべきことじゃないよね?
フォローを入れてもらおうとスレインとユリアに視線を送るけど、二人ともドン引きしたような表情で身体を引いている。
さっきまでのいい雰囲気が嘘みたいだ。
いや君たちは一部始終を見てたでしょ!
「い、妹を助けてくれたことには感謝してるぜ? でも大事な妹を色情魔に関わらせるのはちょっと……」
「ウォルさん……信じてたのに……」
ミナの発言で、俺が見境なく女の子に手を出してると勘違いしてしまったようだ。
…………。
その日から、俺はダグラスから斡旋所を救った変態として、ハーヴォルドの冒険者たちのあいだでちょっとした有名人になったのだった。
うーん、理不尽!
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