第21話 布の鎧と街の決闘
ハーヴォルドの街。
斡旋所前の通りには人だかりができていた。
彼らに囲まれるような形で円形に開けた空間には、俺とダグラスが立っている。
「蛮勇のつけを払わせてやるぞ、冒険者」
そう言う彼の手には剣が握られている。
また、どういう意味があるのか、頭と顔を覆うように布を被っていた。
その風体はまるで砂漠の民か、盗賊みたいだ。
右手にはグローブも着けていて、肌が露出しているところは目元と左手だけ。
「……決闘でもするの?」
「思い上がるな。冒険者風情が貴族に決闘など挑めるか。これは誅罰だ……身の程をわきまえない愚か者へのな。さあ――剣を取れ!」
という彼の台詞からも分かるように、ここで一対一で戦うつもりらしい。それで白黒つけるつもりなら決闘と何が違うんだ……?
正直、気に入らない相手を力づくで黙らせるのではチンピラの喧嘩と何も変わらないように思うけど、彼からしたら自分に楯突いた相手を「実力で」断罪するってところが重要なんだろう。
まあこっちとしても、法を盾に指を落とされるよりはマシだけど。
「気をつけて」
背後からリナがそう声をかけてきた。
「ダグラスはかなり剣術に打ち込んでる。街の冒険者と比べても、強い」
「そうなんだ?」
斡旋所での彼の横暴な振る舞いに、荒っぽい冒険者たちがよく手を上げないなあとは思ったけど。
相手が貴族だというだけじゃなくて、そういう理由もあったのかもしれない。
「でも大丈夫。任せておいて」
彼は先ほど、あえて自分より力が弱そうな相手を選んで痛めつけていた。そういう姑息さを見せるということは、それなりに実力があるとしても、そこまで突出してるというワケじゃないんだろう。
ちなみに、冒険者の中には肉体補正値によって、見た目以上に力が強い人もいる。
マリンみたいに、一見華奢だけど中身はゴリラという可能性もあるので、見た目で判断するのは大変危険な行為だと言っておこう。
俺は剣を抜き、ダグラスの前に進み出た。
「ふん……覚悟はいいか? ――いくぞ!!」
覆面の下からダグラスのくぐもった声が聞こえ、直後に一歩を踏み出した彼は、真っすぐ突きを放つ。
俺は立てた剣で受け、突きの軌道を逸らした。刃同士が触れ合ったところから火花が散る。
ダグラスはそのまま自分の手首をくるりと返し、小さな弧を描くように剣を走らせる。
狙いは柄を握る俺の手。最小の動きで次の手を繰り出す、力で押すより技巧に優れた剣だ。
結構早い。それに正確だ。
僅かに剣を下げてそれも防ぐと、俺は一度身体を落とし、脚の力も利用して相手の剣を打ち払う。
その勢いにより互いの距離が開き、間合いの外に出た。
「――少しはできるようだな」
ダグラスはニヤついた表情だ。
正直なところ、かなり見くびっていた。
一撃一撃はそんなに重くないけど、手首の動きを使って素早く浅い攻撃を繰り返す、隙のない動きだ。
リナが言っていた通り、幼少期から鍛錬を続けていたことを伺わせる技巧の冴え。
やたら尊大な態度も、剣の腕に自信があるからこそだったんだろう。
でも――
「今のは小手調べだ。今のうちにせいぜい考えておけよ? どう無様に泣き喚けば、俺の機嫌が直るのかをなっ!」
叫びと共に間合いに踏み込んでくるダグラス。
そのまま素早い突きが二度、三度。俺は身体を左右に逸らして回避する。
確かに彼の剣は早いけど、それもクライスのそれに比べれば重りがついてるような速度でしかない。
腐っても元勇者パーティ。彼らと訓練を重ねてきた俺にとって、ダグラスの剣を捌くのはそう難しいことじゃなかった。
高速で繰り出される突き。
タイミングを見計らって、迫る刺突、その横っ腹を手にした剣で薙ぎ払う。
「!?」
突きの軌道が大きく逸らされ、それに引っ張られるようにダグラスの身体がぐらりと傾く。
狙うは剣を手にした彼の右腕。上着に覆われた前腕部に狙いを定め、浅く斬りつけるように剣を振り下ろす。
はたして、俺の剣は狙い通りにダグラスの右腕を捕えた。
だけど――
「――硬いっ!?」
剣に伝わってきた衝撃は、まるで鉄の鎧にでも打ち付けたみたいに硬質なもの。
「はっ――」
驚いて動きが止まった隙を逃さず、ダグラスは俺の膝に蹴りを入れて、間合いの外に脱出した。
再び開いた距離。俺は注意深くダグラスの動きを観察する。
なんだろう、今のは。
彼が着ているのは間違いなく普通の衣服だ。斡旋所の出来事からずっと、覆面をつけた以外に着替えるそぶりはなかったし、あの中に鎧を着こんでいるとかは考えにくい。もしそうなら服くらいは切り裂かれているはずだ。
そもそも、もし鎧を着こんだりしてるとするなら、彼は最初からこの勝負を予見してたことになってしまう。さすがにそれはないだろう。
とその時。俺はダグラスの服の隙間から、ごく僅かな光が漏れていることに気がついた。
これは――
「スキル
「ふん。まさかこちらが先にスキルを使うことになるとはな」
俺の言葉に呼応するように、ダグラスはやや余裕を捨てた表情で応える。
やはり――彼は何らかのスキルを使って俺の攻撃を防いでいる。
「……身に着けてる衣類を硬くするスキルかな?」
「答える必要があるのか?」
その応えが解答だった。
直接触れた布や紙なんかを硬化するスキル《鎧化》については聞いたことがある。
同じスキルが別の人間に発現する例はいくらでもあるし、彼のスキルもそれか、それに近いものなんだろう。
全身を布で覆い隠したあの盗賊スタイルの理由はそれか……。
俺がスキルについての概要を察したことに気づいたのか、ダグラスはつまらなさそうに「ふん」と鼻を鳴らした。
「気づいたところで何もできないだろう? 俺は全身を鎧に包まれてるも同然だ。お前の剣は俺には届かない……。今ならまだ、やはり自分ではなかったという言い逃れに耳を貸してやらんこともないぞ?」
「お生憎様。前言撤回するつもりはないよ」
その必要もないしね。
俺は再び剣を構える。
「つくづく愚かな奴だ」
嘲笑するように言い捨てて、ダグラスも呼応するように構えをとる。
確かに《鎧化》は強力なスキルだ。でも弱点がないワケじゃない。
ひとつは、このスキルはずっと発動したままというワケにはいかないことだ。
服が硬化してたら自分自身が動けない。
さっきも反撃で俺を倒す絶好の機会に、彼は剣ではなく蹴りで対応してきた。
硬化していた上半身が動かせなかったからだろう。
常に《鎧化》させ続けることはできない。それは裏を返せば、彼の意識の外から攻撃すれば、《鎧化》させる間もなく攻撃を通せるということだ。
そしてもうひとつ。
「――はっ!」
今度は俺からダグラスに仕掛ける。
それはあえてダグラスが見切りやすい大ぶりの攻撃だった。ただただ力任せに剣を薙ぐ一撃。
ダグラスは瞬間、口元がニヤリと歪む。
この薙ぎを《鎧化》で受ければ、隙だらけの俺をどうとでも切り刻める。
そう思ってるんだろう。
《鎧化》を過信して油断している。狙い通りだ。
「くらえっ――」
俺は《壁作成》で剣の切っ先にごく小さな壁――というより、壁を構成する石材のひとつ分を作りだす。
石のブロックに刺さった剣、即席のハンマーだ。
同時に《壁祝福》を発動。俺の肉体補正値が飛躍的に向上する。
大薙ぎの遠心力、石材の重量、強化された筋力。
すべての力を集約した一撃を――ダグラスの横っ腹にぶちかました。
「ぐっ――!!!?」
ダグラスの表情が苦悶に歪む。
彼はそのまま身体をくの字に折り、剣を振りぬいた方向へ四メートルほど吹き飛んでいった。
石畳に叩きつけられ、その身が転がる。
これが《鎧化》のもうひとつの弱点。
実際の鎧がメイスなんかの打撃武器に弱いのと同じで、衝撃までは完全に防いでくれないのだ。
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