第19話 斡旋所と冒険者の第一歩

「でも、どうしようかなぁ。俺ってミナにすごく警戒されてるみたいなんだよね。これ以上つき纏ったら本当に街の守衛ガードに突き出されそう……」

「それは大丈夫。まかせて」


 とリナが自信満々に言うので、ひとまずミナの機嫌を損ねず一緒にいる口実を作るのは彼女に任せよう。


 俺たちは宿屋街へ向かい、そこでミナたちがいつも利用しているという宿に入る。せっかくなので俺とムルもここに泊まることにしよう。


 宿の主人とは顔見知りらしいリナが部屋の手配までしてくれて大助かりだった。


 それが済んだら、次はいよいよギルド連盟斡旋所だ。




 ハーヴォルドの街はほぼ円形の市街地を東西、南北それぞれの通りが貫くような構造をしている。

 ギルド連盟斡旋所の建物は、通りが交差する街のほぼ中心部に建っていた。

 重厚な石造りの壁が三階にまで伸びる、立派な建物だ。さぞいい場所に違いない。


 入口をくぐって中に入る。

 向かって右手が酒場兼休憩スペース、左手が来館者の対応をする受付のようだ。


 まだ日が高いので、さすがに酒場は営業していない。

 それでも館内にはかなりの数の冒険者たちが集まり、各々依頼の相談や情報交換をおこなっていた。


「あら、リナちゃん。こんにちは、今日はお姉さんと一緒じゃないのね」


 受付に近づくと、カウンターに立っていた二十歳くらいの優しそうな受付嬢がそう声をかけてきた。どうやらリナとは顔見知りみたいだ。


「うん。ねえさんは別の用事。今日はにいさんの案内」

「え、リナちゃんお兄さんもいたの……? でもあまり似てないし……あらっ! あらあらあらそういうこと?」


 どういうこと?


「ミナちゃんも隅に置けないわね? へぇ、結構可愛いじゃない? あれ、でも他の女の子を連れてる……?」


 長いグレー髪を背中に垂らした受付嬢のお姉さんが俺を値踏みするようにじろじろ見てきた。かと思うと隣に立っていたムルに目を留め、眼鏡ごしのその視線が険しくなる。


「あなた、ミナちゃんはこれまでずぅ~~~~~っと苦労してきたけど、それでもやさぐれずに頑張るいい子なんだからね? もしあの子の気持ちを弄ぶつもりなら……この斡旋所筆頭受付嬢、ルイナ・アーシェオンが黙っていないわよ?」

「……え~っと」


 これはどうやら、俺とミナの仲を誤解されてるな。

 リナが「にいさん」と呼んだからってすぐそういう結論に達するとは。きっと他人の恋愛話大好き女子なんだろう。


 くれぐれも変な噂を立てられないよう、すぐに誤解を解かなければ。

 あとミナにもこの人に変な話を吹き込まないよう、よく頼んでおこう。


「それは誤解。この二人はバナンから一緒に来た冒険者。ねえさんとはそういう仲じゃない」

「あら、そうだったの?」


 よかった。

 俺が何か言うまでもなく、リナが誤解を解いてくれたようだ。


「うん。現在絶賛口説き中」

「その言い方は誤解を生むから、ここではやめようね?」


 受付嬢、改めルイナさんの目がきらり~んと光った気がした。



「先ほどは失礼しました。改めまして、ご来館ありがとうございます。本日はどのようなご用件でしょうか?」


 なんとか誤解を解いた後、営業モードに切り替えたルイナさんに、しばらくこの街に滞在するので今後何かと仕事の相談をさせてほしいことを伝える。


「それから彼女の冒険者登録とスキルカードの発行をお願いできますか」

「はい、承りました」


 そう言ってルイナさんはカウンターの下から一枚の紙と小さい透明な板を取り出した。

 紙には冒険者規約が細かい字でずらっと書きこまれていて、下段に名前と拇印を入れる箇所がある。


「ではこちらの契約書の内容をご確認の上、ご同意いただけましたら署名、捺印の後ご提出ください」


 ムルが書類を確認する横で、俺もざっと内容に目を通す。


 簡単にまとめると、依頼を途中で投げ出した場合はペナルティがあることや、危険な依頼で負傷または死亡した場合の責任は冒険者自身にあること、依頼ごと一定割合の手数料が報酬から引かれることなどが書かれている。

 まあ俺の知っている内容と差はないみたいだ。


 ムルはちらっとこちらを見てきたので、俺は大丈夫だよと頷き返す。

 彼女はペンをとると下段に署名し、インクを纏わせた親指をその横に押した。


「はい、これで登録は完了です。では次にスキルカードの起動をおこないますね」


 とルイナさんが取り出したのは小ぶりなナイフだ。


「登録者様の血をこちらのスキルカードに触れさせてください。血はほんの少量で大丈夫ですよ」


 ムルは少しためらいながらも受け取ったナイフで指先を僅かに切り、滲む血を透明な板に吸わせる。付着した血が瞬く間に消えていき、起動したスキルカードにムルの情報が表示されている。


「はい、これでスキルカードの起動も完了です。ご登録者様のレベルを記録させていただきますので、ちょっと失礼しますね――ってえええええええええ!!?」

「うわびっくりした!?」


 ムルのスキルカードを手にしたルイナさんがいきなり大声をあげる。

 一体何事か、と俺もそのカードに目を落としてみると――


――――――

レベル:94

肉体補正値:510%

魔力補正値:690%

所持スキル:《スキル封印》

補助スキル:《スキル貸借》《■■成》

――――――


「レベルっ……94!?」


 思わず声を大声を出しそうになってしまったけど、すんでのところで声量を抑える。

 周囲には他の冒険者がいるし、レベルとかスキルといった情報は勝手に他人に漏らしていいものじゃない。


 それにしても異様なほどの高レベルだ。


 冒険者のレベルは魔獣を倒すごとに、その魔力が身体に取り込まれることで上昇する。

 言わば「どれだけ魔獣を倒してきたか」を表すものだ。


 猪型を倒したことで俺のレベルが一気に上昇したように、単純に数で決まるわけではなく、強力な魔獣を倒していけばその分早くレベルも上がる。


 ただし、筋力や持久力が鍛えるほどに成長が鈍化するのと同じで、レベルも上昇するほどその伸びは鈍くなる。


 かなりの高レベルに達していたクライスたち勇者パーティも、別れた時点でスティーナが85、クライスが83、ジオディンが82でマリンは80だった。


 一般的な冒険者が十年かけてやっと40前後に到達することを考えると、彼らは彼らで異常と言える速さだ。けどムルのレベルはそんな彼らを10前後も上回っている。


 いったいこの小さな身体でどれほどの魔獣を葬ってきたのか。


 あるいはどれほど強力な……?


 ここに来てまた一段と彼女の謎が深まっていく。


「ウォル様、私のカード……どこかおかしいでしょうか?」

「う~ん、ちゃんと起動してるみたいだけど……このスキルのところ、《スキル封印》と《スキル貸借》はちゃんと表示されてるのに、補助スキルがひとつおかしなことになってるね。不具合ってこともあるのかな? どうなんしょう、ルイナさん」

「どうかしらね……?」


 ルイナさんが念のため、と新しい未起動のスキルカードを出してくれた。

 そちらもムルに起動してもらったけど、結果は同じだ。


「つまり表示の不備はカードじゃなくてムルちゃん自身に何か原因があるみたいね。レベルや補正値の情報は正常みたい……信じられないけど」


 ルイナさん、営業モードもふっとんでしまっている。

 やたら神妙な彼女の態度に、ムルはなんだか不安そうだ。


「大丈夫だよ、ムル。スキルがちゃんと表示されなくても冒険者の登録は取り消されたりしないから」

「そうなのですか?」

「そうそう。むしろこんなハイレベルな人材、絶対手放したくないって思ってるよ」


「ね?」とルイナさんに水を向ける。彼女も察してくれたようで、


「その通りよムルちゃん。不安にさせたならごめんなさいね。大型新人過ぎて、お姉さん少し驚いちゃった。ぜひ、今後ともこの斡旋所を御贔屓にね」


 と努めて明るくフォローしてくれる。デキる人だ。


「えっと……」

「つまり、ムルはすごいってこと」


 そう笑いかけると、やっと安心したようだ。

「照れてしまいます……」と消え入りそうな声でうつむいてしまった。




 ムルの冒険者登録を終えたその時、斡旋所の扉が勢いよく開かれた。

 扉はそのまま壁にぶつかり、けたたましい音が響く。


 誰だか知らないけど立派な壁に何てことするんだ!


 入口の方を見ると、そこから二人の男が斡旋所に入って来るところだった。


 ひとりは護衛らしき騎士、もうひとりは軽装だけど仕立ての良い服に身を包んだ、いかにもな貴族風の男だ。歳は俺とそう変わらない。


 彼らはじろりと斡旋所の中を見回すと、カウンター――運の悪いことに一番入り口に近いルイナさんのもとへと歩いてくる。


「これはダグラス様。ご来館ありがとうございます。本日はどのような――」

「おい――これはどういうことだ?」


 ルイナさんの言葉を遮って、男が威圧するような声を出す。


「失礼ですが、どういうこととは?」


 さすがプロ受付嬢。威圧にも屈さず営業スマイルを絶やさない。


 けどそんなルイナさんの態度に苛立ちが増したのか、男はますます乱暴な調子で「決まっているだろうが」と声を張り上げた。


 館内の冒険者が何ごとかと注目する中、男はあえてその全員に聞こえるよう、高らかに宣言する。


「お前たちには伝えておいたはずだが? 我がグァバレア辺境伯家の名において――この斡旋所は閉鎖するとな」

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