第18話 都の壁と妹の想い

「見えてきました。ハーヴォルドですよ」


 御者台に座った行商人がそう教えてくれたので、俺たちは荷台から馬車の行く先に視線を向けた。


 馬車の向かう方向に石の市壁で守られた街が見える。

 あれがハーヴォルドの街――この辺り一帯を含むハーヴォルド領の領都だ。


 まだ日は高い。

《壁作成》《壁装飾》《壁祝福》――三種の壁スキルを駆使した荷馬車は、結局一日どころか半日足らずで目的地に着くことができた。


 ちなみに、今は普通に馬車を走らせている。

 領主の許可なく川や谷に橋を架けたことを知られると罰せられるからだ。


 通って来た「壁の道」も、過ぎたところは順次消しながらここまでやって来た。


「すごい……! バナンよりずっと高い建物ばかりですよ。ここはすごく大きな街ですよね、ウォル様?」

「うんっ! 市壁は石造りだし、ひとつひとつの石材もきっちり同じ規格に切り出されてる。見てよ、地面に近いところは色の濃い石を使ってるけど上に行くにつれて色が薄くなってる。実際より壁を高く見せるためなのかな? 見た目も素晴らしいよ! ここはいい街に違いないっ……!!」

「判断基準がそこなの……?」


 隣から少し呆れたようなミナの声が聞こえてきたけど、気にすることなく、俺はムルと一緒に大はしゃぎだった。




 市門の手前で行商人と別れ、そのまま街へ入る審査を受ける。

 ところが、そこで問題が起こった。


 大した荷物もないし俺やムル、リナはすぐに通ることができたけど、ミナだけは何かトラブルがあったみたいで、守衛ガードの詰め所に連れていかれてしまったのだ。


「大丈夫かな?」


 彼女の荷物は腰に着けたポーチと小ぶりの鞄だけだったけど、持ち込みが制限されるようなものでも入ってたんだろうか。


「大丈夫。ねえさんはここを通るときいつもああして連れてかれる。でもすぐ戻る」

「いつも?」

「うん」


 リナの言う通り、ほどなくしてミナも審査を終えてやってきた。

 ポーチも鞄も、没収されたわけではなさそうだ。


「お疲れ様。何か問題でもあったの?」

「……何でもないわ。大丈夫よ」


 と言う割に、ミナの表情は暗かった。


 すごく気になる。でも言外に訊いてくれるなという雰囲気を出してるし、リナが言うにはいつものことらしいので、ひとまずはそっとしておこう。


「それじゃあ、早速ギルド連盟斡旋所に行こうか。ミナ、場所は分かるよね?」


 門でのことはいったん脇に置いておき、俺はミナに尋ねた。


 ハーヴォルドは大きな街だ。

 きっと斡旋所には様々な依頼が集まっているだろうし、しばらくはここを拠点にして資金稼ぎと実績作りをしようと思う。

 だから一度斡旋所に足を運んで、挨拶と、それからムルの冒険者登録も済ませておきたかった。


 ちなみにギルド連盟斡旋所というのはその名の通り、種々様々なギルドが組織外の人間に仕事を依頼するために合同で運営している施設だ。

 俺たち冒険者はもちろん、禁猟期のハンターや閑散期の職人、収穫を終え手が空いた農家の人なんかが仕事を求めてやって来る。


 当然、ミナも冒険者ならそこで仕事を受けているはずなので、彼女に案内を頼もうと思ったんだけど――。


「悪いけど、私は今から行く所があるの。斡旋所はこの通りを中央まで行ったところにあるから自分たちで探してくれるかしら」


 とすげなく袖にされてしまった。


 さっきからの暗い表情と言い、少し心配だ。


「行く所? 俺たちも付き合うよ?」

「……っダメよっ!!」


 なおも食い下がろうとしたのがよくなかったんだろうか。

 予想以上の拒否反応を受けて、つい固まってしまう。


 ムルも、そしてリナもびっくりした様子でミナのことを見ている。


 過剰に反応してしまったことに自身でも気づいたのか、すぐにミナもはっとした様子で「そ、そうじゃなくて……」と言い繕う。


「あなた忘れたの? 一緒に行動するのは街までって言ったでしょ?」

「あっ」


 そう言えばそうだった。

 すっかり忘れていた様子の俺に、ミナは呆れたように、あるいは話題の焦点が自分からずれてホッとしたようにため息をつく。


「あんなに急いで来たんじゃそれも意味なかった気がするけど……まあ、おかげで私たちも早めに街に着くことができたし、一応お礼を言っておくわ」

「そ、それならもう少しくらい……」

「それはそれ、これはこれ」


 びしっと俺のことを指さすミナ。


「約束は約束でしょ。男ならガタガタ言わない」

「えー」

「えー、じゃない。それじゃ私はもう行くわよ。リナ、先にいつもの宿に行って部屋をとっておいてね。それから商業区の入り口で待ち合わせましょ」


 そう言うと、ミナは隣に立つリナに声をかける。


 何だか早く立ち去りたがってる感じがするし、これは相当嫌われてるのかな?

 それともやっぱりが関係してるんだろうか。


 このままミナと別れるのはよくない気がするけど、これ以上強引につき纏うと本格的に拒絶されてしまいそうだ。


 俺がそう考えあぐねていると――


「ねえさん、待ち合わせは斡旋所でしよう」


 とリナがミナに提案する。


「すべて問題なし。私がにいさんたちに街を案内する」




「リナ、よかったの?」


 あの後。

 ミナは妹が俺たちを案内することに猛反対してたけど、結局リナが折れることはなく、今はひとまず宿屋街に向かっているところだ。


「うん。さっきはねえさんがごめんなさい」

「ううん、気にしてないよ。俺が余計なことしようとしたせいだし」

「私もねえさんに仕事のこと詳しく訊こうとして、怒られたことがある」

「そうなんだ……」


 先を歩くリナの声は暗い。彼女から見ても、さっきのミナの様子はおかしいものだったのか。


「普段、この街で冒険者としてする仕事については話してくれる。でも、たまにバナンに行くとき何してるのかは、教えてくれない」


 リナの話によると、ミナは稀にリナを連れてバナンへ行き、そこの宿にリナだけを残して数日のあいだ、どこかへ出掛けて行くらしい。

 はたしてその期間に彼女が何をしているのかは、リナでも知らない。ただその遠征に関わることを尋ねると、決まってミナは重く沈んだ様子で話を濁すのだとか。


 町から姿を消しているなら、俺にしたみたいに盗みを働くため……というワケじゃないだろう。


 けど、何か後ろ暗いことがあるのかもしれない。妹にも言えないくらいなのだから。


「私はねえさんが心配。でもねえさんは私に何も言ってくれないし、私は冒険者じゃないから仕事にまではついていけない。だから――」


 ぴたっと足を止めたリナが、真剣な面持ちで振り返る。


「だから、にいさんたちもねえさんと一緒にいてほしい。二人と一緒ならねえさんも、危ないことしないはずだから」


 あまり表情が動かないと思っていた彼女だけど、その顔には姉を心配する気持ちが溢れていた。

 ミナが妹のことを心配して大事にしているように、リナもまた姉のことを想ってこうして心を痛めているのだ。


「私の勝手なお願い。だけど――」


 そこまで言いかけたリナの頭に、そっと手を置く。

 話しながら、いつの間にか彼女の瞳は涙で潤んでいた。


 勝手なお願いなんかじゃない。それは俺にとっても願ってもないことだ。


「大丈夫。実は俺もミナをパーティに誘う気でいるんだ。そんな話を聞いたらもう、ミナが嫌だって言っても諦めたりできないよ。ね、ムル?」

「はい、もちろんです!」


 ムルに話を向けると、彼女も二つ返事で答える。


「だから安心して? 俺は絶対にミナをパーティに入れて見せるし、もしミナが危ない目にあった時は逃げたりしないで助けるから」


 元々、ミナが抱えている事情を聞いて、彼女の力になりたいと思っていた。


 あの時、過去を語ってくれたミナの言葉と気持ちに嘘がないのは確信してる。

 まだまだ短いつき合いだけど、あの子はそれほど器用に嘘がつける性格には思えないからだ。


 だけど嘘をついていないだけで、どうやらまだ語っていないことがあるらしい。


 でも、例えそれがどんなものだったとしても――


「俺が力になるよ。ミナだけじゃなくリナの力にもね」


 俺はできる限り頼りがいを感じてもらえるよう、力強く宣言した。


 リナは少し驚いたように目を丸くする。了解されるとは思ってなかったのかな?


 けれどすぐに涙を拭うと、


「うん。ありがと、にいさん」


 満面の笑みで、そう返事をしてくれた。

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