第17話 旅の仲間と都への旅路

「じゃ、紹介するね。一緒にパーティを組んで旅をしているムルだよ」

「初めまして、ミナ様。道中ご一緒させていただきます」

「えっ」


 バナンの町の広場。


 次の街までミナと一緒に行くにあたり――俺は仲間ムルを彼女に紹介した。


 だけのはずなんだけど、ミナは信じられないものを見るような目でムルのことを凝視している。なんでだろう?


「あなた……仲間がいたの!?」

「うん。このあいだ知り合ったばっかりだけどね」

「騙された……!」

「???」


 なんだか今朝からミナの様子はだいぶおかしい。

 ぐぬぬぬぬ……と何故だか俺を睨んでいるミナのことは置いておいて、俺は彼女の隣に座る女の子に視線を移した。


 ミナを少し幼くしたような見た目の子。黒髪の三つ編みで歳は十二、三歳くらいかな?

 おそらくこの子が――


「君がミナの妹さんだよね? 俺はウォル・クライマー。ワケあってハーヴォルド領都まで一緒に行かせてもらうことになったんだ」

「私、リナ。よろしく」


 と手を差し出されたので握手を交わす。

 あまり表情が動かない子だけど、大人しくてミナよりとっつき易そうだ。


 そんな印象を抱いたことがお姉さんに伝わってしまったのだろうか、


「リナ、その変態に触っちゃダメよ。ちょっと気を許したらどんな淫らことされるか分かったもんじゃないんだから」

「淫らなこと……される?」


 とリナを俺から庇うように抱き寄せる。リナが俺を見る目も少し不安そうなものになった。


「俺の変なイメージを植え付けようとしないでね?」


 ムルまで「えっ?」って感じで俺のこと見てるじゃないか。

 違うんだよムル。すべては偶然による不幸な事故だったんだ。


「ま、まぁお互い自己紹介もすんだところで朝ごはんにしようか。財布も戻ってきたし、ここは俺が持つよ」


 女性陣の視線にいたたまれなくなった俺は、食べ物を買いに席を立つ。


 彼女たちだけを残していくと、ミナからどんな話を吹き込まれるか不安だったけど、ここは少しでもポイントを稼いでおかないとだ。


 俺は切り分けられたバゲットと大きな器に盛られたシチュー、奮発してデザートにひとりひと切れの北方果実パイを買い、それらを借りた盆に載せて彼女たちの所に戻った。


 幸いにも俺の悪口大会ということにはなって無さそうで、ムルは姉妹から次に行く街の話を聞いてるみたいだった。

 ミナとリナは普段、これから向かうハーヴォルド領都を生活の拠点にしているらしい。バナンにはミナの仕事――冒険者としての依頼で定期的に足を運ぶのだとか。


 俺が戻って来たことに気づくと、リナはまた少し不安そうな顔になった。

 けど朝食が配膳されると、ミナと共に目を丸くする。


「あなたたち……朝からこんな、豪勢なもの食べてるの……?」


 う~ん、別にそこまで豪華じゃないと思うけど……。


 とは口にしなかった。

 直接そうとは聞いてないけど、昨日のミナの話から、普段彼女たちがどんな生活を送っているのか、なんとなく想像できたからだ。


「二人にかっこいいところ見せたくて、見栄を張っちゃったんだ」


 ということにしておこう。実際そういう面もあるし。


「何よそれ、ヘンなヤツ」


 ミナは苦笑しながら器に入っていた木の匙を手に取った。

 よかった、機嫌は直ったみたいだ。


 豪華な食事でご機嫌取り作戦は大成功。


 特にリナは大喜びで、


「一生ついてく、にいさん」


 とすっかり警戒を解いてきらきら尊敬の眼差しを俺に向けていた。

 

 あんまりチョロいとお兄さんは心配だ。




 食事を済ませた俺たちはさっそく領都へ向かうため、足となる馬車を探すことにした。


「領都に向かう行商人の方を見つけました。ひとり銀貨二十枚で乗せてくれるそうです」

「じゃあ乗せてってもらおうか」

「えっ、ちょっと待って本気なの? 銀貨二十枚よ?」

「えっ、ダメかな?」


 モルドガッドと違って小さな町であるバナンに、駅馬車は通ってない。

 けど市壁の外には行商人が集まっていて、この辺りで一番大きい街、ハーヴォルド領都に向かう人も少なくないはずだ。そこに同乗させてもらうのがいいだろう。


 ムルが進んで行商人たちと話に行ってくれて、領都行きの馬車はすぐに見つかった。


 けどミナはその値段が気になるようだ。


「そのくらいなら俺が出すよ? 歩くより馬車の方が早いし、安全だと思うけどな」

「だからって四人で八十枚は高すぎるでしょ……あなた少し金銭感覚が変よね」


 そんなことないと思うけどな!


 服や装飾品にお金を惜しまないスティーナやマリン、珍しい武器防具は何でも買い込むクライス、あるいは稼ぎの全部をお酒と娼館通いに使うジオディンみたいな浪費家たちと違って、俺は結構節約家だったんだよ?


 せいぜい壊れた市壁や城壁を直すための募金を見かけたら、財布の中身を全部渡しちゃうくらいだ。


「あの、詳しい相場は存じ上げませんが、私も少しお高いように思いました。銀貨八十枚あれば、さっきのお食事が三十回くらいできますよね?」

「うん。普段のバナンから領都への相場はひとり五枚くらい」

「そうなんだ。じゃあ四倍にぼったくられてるってこと?」


 だとしたら文句のひとつも言いたくなる。

 でも行商人と話をしていたムルは首を振って「それが……」と事情を説明し始めた。


「このところ魔獣が街道近くまで現れることが多くなって、行商人の方が襲われることも度々あるそうなんです。それで通商ギルド?にお支払いする荷の保険料?が上がっていて、物を運ぶのにより多くのお金がかかるようになっている、とか」

「だから荷台に乗せる人間の料金も高くしてるってことかしら? 私たちには関係ない気もするけど」

「行商人も儲けが少なくなってるから、何とか補填しようとしてる。そのせいで、とばっちり」

「う~ん、そういえばモルドガッドでも魔物が増えてるって話を聞いた気がするな……」


 森では見たことない猪型の魔獣と遭遇するし、もしかして何か異変が起こってるんだろうか……。

 一抹の不安がよぎる。


「でもそういうことなら、通商ギルドに払う保険料を抑えて領都まで行ければいいんだよね?」

「うん、そういうことになる」

「わかった。俺が行商人と話してみるよ」


 そう言って俺は行商人たちが集まっているところへ向かった。



「こんにちは」


 俺は先ほどムルと話していた行商人に話しかける。


「これはどうも。お話し合いは済みましたか」


 幌付きの荷馬車の御者台に座っているのは愛想のいい若い男性だった。


「領都まで乗せてもらう料金についてご相談があるんです」

「と申しますと?」

「普段、ここと領都までの相場は銀貨五枚らしいですね」

「ええ。確かに普段は五枚が相場ですが……」


 お金の話になったからだろう。行商人が纏う雰囲気が固くなったのがわかった。


「先ほどあちらのお嬢さんにもご説明させていただきましたが、昨今は少々物騒なことになっていましてね。行商人や商隊の事故が増えているので、行商の安全を保障している通商ギルドに支払う費用がかさんでいるのです」


 行商はその過程で魔獣や野党に襲われたり、嵐に見舞われて運んでいる荷を失ったりと、様々な危険が伴う。特に個人の行商人にとって、荷物を失うことはそのまま破産を意味しているので、旅の安全を確保することは死活問題だ。


 その方法は主に、

①護衛を雇って守ってもらう

②積み荷を失った場合に代金を補償してもらう契約を通商ギルドと結ぶ

 の二通り。


 護衛の方が安全性は高いけど、その分お金がかかる。また腕も素性もよく知らない相手に大事な荷物やもっと大事な自分の命を預けようという人は少ない。

 冒険者に斡旋される商隊護衛の依頼も、そのほとんどは大手の商会なんかから信頼性の高いギルド連盟斡旋所を通じて出されるものだ。


 だからだいたいの人、特に個人は通商ギルドに対価を払って、自分が運ぶ荷に保険をかける方を選ぶ。


 その対価が上がってるのが問題だというなら――


「通商ギルドに支払うお金は、積み荷の価値と移動にかかる日数で決まる。ここから領都までは馬車で二日……もしその道を一日で行くことができたら、保険料も半分になりませんか?」

「ええ。理屈の上ではそうなります」


 保険は出発地の通商ギルド支部で申請し、到着先の支部で申請した日から着くまでにかかった日数を計算して料金が決まる。

 個人の行商人だと先払いに対応できない人も少なくないからだ。

 あと大抵の場合、積み荷の値段は出発地より到着先の方が大きいから、後払いの方が荷の価値に応じた保険料を多くとれるという仕組みなのだとか。


 それなら――。


「俺が半分の時間で領都に辿り着けるよう手助けしますから、その分料金を安くしてもらえませんか」




「で、どうするワケ?」


 ミナが怪訝そうに問う。


 行商人を説得して例の約束を取り付けた俺は、さっそく彼女たちを呼び寄せ荷台に乗り込んだ。


 そして馬車は出発。今はフォルガドネの森に沿って一路南へと向かっている。


「二日かかる道のりを半分でなんて、そんなことが可能なのでしょうか……?」

「にいさん、何か考えがある?」

「もちろんだよ。ちょっとこれを見て」


 俺は荷台に地図を広げた。


 今俺たちがいる一帯は、砂時計型に広がるフォルガドネの森を中心にして、西にモルドガッド、東にバナン、バナンから少し南下したところにハーヴォルド領都がある。


 バナンから領都へ伸びる街道は概ね森に沿って伸びているけど、途中の谷や流れの急な川がある部分は避けるように蛇行していた。


 普通なら街道沿いに迂回するルートを通ることになるから時間がかかるけど……。


「《壁作成》で谷や川に橋をかけて近道するということですか? 確かに、道なりに行くよりはだいぶ早く着けると思いますが……」

「それだけじゃないよ。すみません、一度馬車を止めてもらえますか」


 御者台に座る行商人に声をかけると、彼は「何か面白いことでも始めるんですか?」と嫌な顔をせず言う通りにしてくれた。


 俺は幌から顔を出して、周囲に誰もいないことを確かめる。


「大丈夫そうだね。それじゃあ――《壁作成》!」


 スキルを発動させると、荷馬車に僅かな振動が伝わった。


「! 地震……?」


 リナが荷台の縁に掴まっているけど、大丈夫。これは地震じゃない。


「これは……舗装された道……ですか?」


 御者台の彼が言う通り、馬車の行く先には石畳で舗装された道がまっすぐ続いている。


 正確には道じゃない。これは――


「すごく低い……壁? ウォル様が作ったんですね!」


 そう。

 馬車の足元から伸びているのは高さ五センチメートルにも満たないけど、壁だ。

《壁装飾》の力で綺麗に石材が並べられた低い壁。


 それが谷も川も無視して、まっすぐ領都の方へと続いている。


 道は壁じゃないけど、壁を道にすることはできるんじゃないか。

 そう思ってやってみたけど、結果は大成功だった。


「なるほど。ただ土を踏み固めただけの街道より、石畳の道の方が馬車を早く走らせることができるわね」

「それもあるけど、やっぱりそれだけじゃないよ。すみません、もう出発して大丈夫です」


 行商人に声をかけると、彼は「それでは」と手綱を振るう。

 すぐに馬が歩き出し、荷馬車を引き始めたんだけど――



「早っ!? ちょっと待って何よコレ早っ!?」


 叫ぶミナだけじゃなく、ムルもリナもみんな荷台の縁にしがみついている。

 動き出した馬が、さっきまでとは比べ物にならない速さで走りだしたからだ。


 しかも、そんな疾走状態が既に一時間以上も続いている。

 これには行商人も目を丸くしていた。


「ここここここの馬は荷引き用の馬なのでっ! こんな速度で走れないはずですががががが!?」


 彼も手綱を放さずいるので精一杯みたいだ。


「ウォル様。これもウォル様のお力なんですか?」

「うん。これは《壁祝福》だよ」


《壁祝福》は、壁の周囲で戦う味方に強化の恩恵をもたらすスキルだ。


 森で試してみたところ、俺自身の能力は、

――――――

肉体補正値:220%→330%

魔力補正値:170%→250%

――――――

 と大きく向上していた。


 パーティメンバーじゃない、しかも馬に効果があるのかは少し不安だったけど、古城で衣服を出せたことからも分かるように、スキルの効果が及ぶ範囲は使う人の認識によって左右される部分が大きい。


 だからきっといけると思ってた。一時的にとはいえ、馬も仲間だもんね。


「さすが、ウォル様です……!」


 谷も川も無視して、石畳の走りやすい道を一直線に疾走する馬車だ。


 これなら二日よりだいぶ短い時間で領都まで辿り着けることだろう。

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