第16話 不自然な優しさとパーティ勧誘
「こ、こんにちはっ。ご機嫌いかがかしら……?」
袋小路から出てきたところで、昨日出会った少女に声をかけられた。
「こんにちは……?」
何だか手を振る動きがぎこちないし、笑顔も少し引きつってる気がする。
っていうか昨日の出来事を考えると、笑顔で挨拶してくれるのも不自然な気がするけど……?
俺は何かうすら寒いものを感じて、思わず背後の壁に貼りついてしまった。
「えっと、偶然だね?」
「あ、いや、偶然じゃなくて……あなたを探してたのよ」
「俺を……? あの、昨日のことならほんとごめん……お金ならもうないよ?」
「誰がカツアゲに来たっていうのよっ!! あっ、ちがう、そうじゃなくて……そっ、そのことならもういいわ。私も気にしてない……し」
と言いながらも肩をぷるぷる震わせる少女は、まだまだあれを気にしていそうだ。
けれど何故か怒りを呑み込むように深呼吸する。
「あなたを探してたのは、これよこれ!」
その言葉と共にずいっと少女が差し出してきたもの。
昨日渡した俺の財布だ。
勢いに押されて思わず受け取ってしまった。重さ的には、昨日渡した時と何ら変わらないように感じる。
「……いらないってこと?」
「そうよ。別にあなたから施しなんて受けなくてもやっていけるし、私は私の力で目的を果たせるもの」
「そう……」
それならいいんだけど……。
彼女の態度を見るに、何か機嫌を損ねてしまったのかな?
考えてみれば、彼女はこれまでずっとひとりで頑張ってきたんだろうし、よかれと思った俺の行動は、もしかしたらプライドを傷つけてしまったのかもしれない。
そう思って少ししゅんとしていると、少女は慌てたように手を振り出した。
「べ、別に迷惑とかじゃないのよ? これはあくまで私なりの意地って言うかケジメって言うか……。どんな変態でも人に優しくしようとする気持ちは間違いじゃないわ。ウン、自信持って? きっとその内、友達もできるわよ」
「????」
やっぱり態度が変だ。
さっきはまだ怒ってるのかと思ったけど、こうして見るとなんか不自然に優しい。
あと今、俺のこと変態って言わなかった? 違うからね!
「ねえ君、何か隠してない?」
「なっなななな何も? 見てないけど?」
「見てない?」
「うるっさいわねっ。と、とにかく!」
何か後ろめたいことでもあるのか、少女は強引に話題を打ち切る。
かなり気になったけど、触れられたくいないことみたいだ。これ以上の詮索はやめておいたほうがよさそうかな。
「私の用はそれだけ。心配しなくても、もう誰かから盗んだりするつもりはないわ」
それだけ言うと、少女は踵を返す。
「それじゃあねっ」
「あ、ちょっと待って」
「えっ? きゃっ……」
俺はこの場を去ろうとする少女の手を取った。
「そういえば名前を聞いてないなって。俺は昨日名乗ったけどウォル・クライマーだよ」
少女――ミナは少し戸惑ったみたいだったけど、ややあって、
「……ミナよ」
と名前を教えてくれた。
手のひらにすっぽり入るほど小さい彼女の手。
けどその手はよく見れば傷跡だらけで、これまで彼女が経験してきた苦労と、目的のために払ってきた努力が表れている気がした。
ミナは俺より少し年下、せいぜい十四か十五くらいに見える。
そんな女の子が防壁崩壊のせいで両親と離れ離れになって、妹の面倒を見ながら二年も冒険者として生きてきた。
冒険者とは、その名の通り危険を冒す職業だ。
中には比較的安全な仕事もあるにはあるけど、基本は依頼者に代わってそうした危険な作業を引き受けるのが主な役割になる。
俺みたいに自分から進んで冒険者になるような人間はいい。
リスクと引き換えに大きな報酬や高い名声が手に入るという、冒険者ならではのメリットもあるのだから。
でも彼女は望んで冒険者になったワケじゃないんだろう。
頼れる人がいなかったために、妹と生きていくために、両親を探すという目的のために、他に手段が無かったのだ。
それでもこの子は諦めることなく、絶望することなく生きていこうとしている。
盗みはもちろんよくないけど、それももうしないと約束してくれた。
渡した財布も手を付けずに返してくれた。
自分の境遇にめげず、こんなにひたむきで真っすぐに頑張るミナ。
やっぱり何か、彼女の力になりたい。
そう、強く思った。
「ミナ、よかったらだけど俺と一緒にいかない?」
「えっ?」
だから、気づいたらそう口にしていた。
「昨日も言ったけど、俺もいずれは獣侵領域に行けるくらいの冒険者になるのが目標なんだ。ミナも上級冒険者になって向こうに行くなら、一緒にパーティを組もうよ」
少し気持ちが昂ってしまったのか、ミナの両肩をがっしり掴んでそう熱弁する。
彼女は目を白黒させているけど、俺はかまわず言葉をつづけた。
「い、いきなりそんなこと言われても……」
「ミナの事情を聞いてたら、俺も力になりたいと思ったんだ。ほら、パーティを組んでれば俺かミナのどっちかが上級になれば壁越えできるし、ひとりで頑張るよりずっと近道だよ」
通常、パーティにひとり上級の資格を持つ冒険者がいれば、一般冒険者も四人まで同行させることができる。
勇者パーティも上級の資格を持つのはクライスひとりだけだ。
「もちろん、
「ちょ、ちょ、ちょっと待って、落ち着きなさい! 分かったから、ね?」
気づけば鼻がくっつきそうなくらい間近にミナの顔があった。
鼻息も荒くまくしたてる俺を、彼女はなだめるように手で制す。
「あ、ごめん」
それでようやく俺も我に返り、ミナの両肩を放した。
彼女はふーっとひと息ついて、乱れてしまった上着を直す。
「でも考えてみてほしいんだ。絶対に俺はミナの助けになるから……」
手を放しても、なお俺は彼女にそう持ち掛けた。
実際、パーティを組むことは大きなメリットがある。
ひとりで行動するよりずっと安全だし、人数が増えてより難易度の高い依頼をこなすこともできる。
そうなれば、より早く上級冒険者へ至ることもできるはずだ。
だからきっと、ミナも前向きに考えてくれると思ったんだけど――
「申し出はありがたいけど、あなたとパーティを組むことはできないわ」
ミナは一瞬だけためらうような素振りを見せたものの、返ってきたのはきっぱりとした拒絶の言葉だった。
「え? 何で?」
てっきり即快諾とはいかなくても「考えておくわ」くらいの答えはもらえると思ってたので、間抜けな声がでてしまう。
「……何でもいいでしょ。私には私の事情があるの」
にべもなくそう告げるミナ。
それでも諦めきれない俺は、なんとか食い下がろうと試みる。
「今のは普通、オーケーしてくれる流れだったでしょ……?」
「そんな普通はないわよ?」
「分かったって言ったのに……」
「ぐいぐい来るからつい言っちゃったのよ……」
「そんなぁ……絶対にいけると思ったのに」
「あなた、私のことどれだけ押しに弱い女だと思ってるの……?」
ごめんなさい。
正直、押しまくれば大抵のことはいけるんじゃないかと思ってました。
ジトっとした目を向けてくるミナから、思わず目を逸らす。
でも彼女の力になりたいと思った気持ちは本当だ。
一緒にパーティを組めばお互いのメリットになると思ったんだけどな。
「せっかく一緒に旅する仲間になれると思ったのにな……」
そう肩を落とす俺。
それを見たミナは一瞬だけうっと怯んだ様子を見せた後、やれやれといった様子でため息をついた。
「……パーティは組まないけど、もし領都の方に向かうなら街までは一緒に行ってもいいわ」
「え、ホント?」
ばっと顔を上げる。
「そ、そうでもしないと一生つき纏われそうだから仕方なくよ。何されるかわかったもんじゃないし」
君は君で俺のことどれだけ変態気質だと思ってるの……?
一瞬心の中で抗議の声を上げかける。
でもよかった。
「一緒に行動してれば、まだ口説き落とすチャンスはある」
「くどっ……! そういうところが変態気質だって言ってるのよっ――!!」
しまった、声に出ていた。
ともあれ、こうして俺とミナは次の街、ハーヴォルドの領都まで行動を共にすることになったのだった。
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