第12話 町の迷路と逃走劇

 俺から財布をひったくった相手――フードを被った小柄な人物は、そのまま広場から細い道へと逃げていく。


 まずい。

 お金ももちろんだけど、あの財布には――


「クライスたちとのシスターリングが入ってるんだ……!!」


 大切な仲間の証。絶対に失うわけにはいかない。


 俺はフードの人物を追って細道へと飛び込んだ。




 バナンの町は通りが整備されていないのか、広場以外はどこも路地が入り組んだ構造になっている。

 これも古い町によく見られる造りだ。万が一居住区にまで敵が入ってきた時、分断して迷わせるための。


 前を走るフードの人物はほとんど身体を寝かせるような前傾姿勢で疾駆し、頻繁に道を変える。

 そのせいで俺はちらほらと相手の姿を視界から外してしまっていた。


 走る速さ自体は俺の方が早いけど、地の利は向こうにある。

 こっちは町の地理に慣れてないし、一度見失ったらおしまいだ。


 けどこのまま追いかけていても、いずれ撒かれてしまう。


「それなら――」


 フードの人物が逃げ込んだ横道に飛び込む。僅かだけど直線になっていて、離れたところにその姿を捉えた。


 この機を逃さない!


「ここだ! 《壁作成》!」


 俺は逃げるフードの人物めがけてスキルを発動させる。


「え――きゃあ!?」


 という悲鳴と共に、フードの人物の身体を両断するようにレンガ壁が出現した。

 実際には怪我をさせてない。相手の腰回りを覆うような形で壁を作りだしたのだ。


 フードの人物はまるで壁の穴を通り抜けようとして、お尻がつっかえたような状態になっている。


 成功だ! 成長したスキルならいけると思ったけど、かなり細かい調整まで利くようになってるなぁ。


 この技もまた、魔獣との戦いで有意義に使うことができそうだ。


 それにしても……。


 俺は壁にハマった相手の上半身側に回り込み、顔を隠していたフードを取る。


「な、何よこれ……どうなってるの!?」


 やっぱり。


 今の声で察しがついていたけど、ひったくり犯の正体は俺より少し年下ぐらいの、小柄な女の子だった。




「抜けない……! ちょっと、コレあなたのスキルね? 放して、今すぐ!!」


 捕らえた少女は壁にハマったままキャンキャンと喚く。いや、放すワケないからね?


 長めの黒髪に大きな猫目。

 壁を押したり身体を引いたりしてどうにか抜け出そうとしてるけど、腰回りぎりぎりの穴しか開いてないのだ。

 いくらすとーんとした体形の彼女とはいえ肩もお尻も通るはずがなく、俺が消去しない限りは絶対に逃げられないだろう。


「そっちが俺の財布を盗んだりするからでしょ? 放してほしいならまず言うことがあるんじゃない?」


 俺の正論に少女は「ぐぐっ……」と押し黙る。


 けど口を開く様子はない。

 そこで俺は「さて、それじゃ守衛ガードを呼んでくるね」と立ち上がる素振りを見せる。


「ま、待って! 待ってよ……」


 すると少女は泣きそうな声で懇願してきた。

 もはや逃げられないと観念したのか、何かに耐えるように肩を震わせながらその口を開く。


「ご……」

「ご?」

「ごめんなさい、私が悪かったです。許してください」

「うん、よく言えました。じゃあ守衛ガードを呼んでくるからもう少し待っててね」

「ちょっと待ちなさい!!」


 そう言って立ち上がった俺を、少女は信じられないという目で睨む。


「ちゃんと謝ったでしょ!? 何で守衛ガードを呼ぶのよ!?」

「そんなこと言われても。強盗は普通に犯罪だし、町中で起きた犯罪はそこの守衛ガードに預けるのが普通だし」

「今のは普通、笑って許す流れでしょ……!?」


 いやそんなのは普通じゃないよ?


「失敗して捕まるのが嫌なら最初からひったくりなんてしなきゃいいのに」

「何よ……あなた冒険者でしょ? 獣侵領域に挑む気概もない冒険者がお金なんて持ってても意味ないじゃない。だから……だったら私がもっと有意義なことに使ってやろうと思ったのよ……」

「有意義なこと?」


 そう問い返すと、少女ははっとしたような顔をして押し黙る。

 勢いのまま余計なことを口走ってしまった、そんな感じだ。



 さて、どうするか。


 本来なら宣言通り守衛ガードに引き渡すべきなんだけど、強盗はどの町でも重罪だ。

 もし貴族相手の盗みだったら、死罪になってもおかしくないほどに。


 バナンの法は知らないけど、良くて鞭打ちの上に焼き印、最悪利き腕の切断なんてこともあり得る。


 ただ幸いなことに財布は無事取り戻したし、何か事情を抱えていそうなこの子がそんな目に遭うのは、正直あまり気が進まない。


 あと、もし誰も盗まれたところを見てる人がいなかった場合、「彼女に財布を奪われた」ということを守衛ガードに納得させるのは、案外手間がかかる。

 ひどい時は言いがかりをつけてるんじゃないか?なんて言われる場合もあって、そうなると逆にこっちが罪に問われる可能性も――実は低くないのだ。


 そういった諸々を考慮すると、悩むけど、ひとまず財布が戻ってくればそれでよしとしよう。

 もちろんお説教はするけど。


「とにかく、俺から盗った財布は返してもらうからね」


 俺は黙ったままの少女にそう告げると、立ち上がって壁の裏側に回り込む。


 見たところ手には何も持ってないし、上着にものをしまう場所は無さそうだ。

 だとすると俺の財布は彼女が腰に巻き着けているポーチに入ってるんだろう。


「ちょ、ちょっと何するのよ!? ヘンなトコ触らないで!!」


 少女の抗議を無視して、ポーチに手を伸ばす。

 ところがポーチは彼女のお腹側、壁と身体に挟まれるような位置にあって、このままだと中を探れない。壁とのあいだに隙間が無さすぎるのだ。


「ちょっとポーチを外させてもらうよ?」

「え!? ちょっとヤダ、だめ……!」


 構わずポーチ横の留め具を外して、ズボンのベルト穴に通されていたそれをするりと引き抜いた。


 その途端だ。


 するり。


 と、彼女が履いていた丈の短いズボンが地面に落ちる。


 どうやらこのポーチがベルトとしての役割も兼ねていたらしい。


 おまけに――


「な、な、な…………!?」


 俺は目の前の光景に硬直していた。


 ズボンが落ちて目の前に現れた彼女の下半身――そこには下着の類がなく、形のいい肌色のお尻が晒されていたのだ。


「いぃいいいいやぁああああ――――!? 何するの? 何するの!? 変態!! 痴漢!! 強姦魔ぁ!!!」

「ち、ちがっわざとじゃあ――いや、だいたい何で下着を着けてないのさ!?」

「下着なんて高級品、つけてるワケないでしょ――!?」


 え、そうなの!?


 スティーナもマリンも普通に着けてたから、それが当然だと思ってた。


 けど確かに、彼女たちは勇者パーティとして結構な資産を持ってる。

 そうではない普通の人は下着を着けないものと言われれば、そうなのかもしれない。


 ちなみに、何故二人が下着を着けてることを俺が知ってるのかは、訊かないでほしい。

 色々とあったのだ。事情が。


「ちょっと! 穿かせて! 今すぐズボンを穿かせなさいよ!!」


 壁の向こうから喚く声が聞こえるけど、腰元をガッチリと固定されているので、少女がじたばたしたところでどうにもならない。

 こっちから見てると、お尻が僅かにふりふりされてるだけだ。


「わ、わかったから――……いや、まずは俺の財布を返してもらうのが先だよ!!」

「そんな――!」


 とにかく、急いで財布を取り返して彼女の衣服を元に戻さなくては。

 慌て気味にポーチの中を探ると、目当ての財布はすぐに見つかった。


「あった――」


 それでホッとして、油断したのがいけなかったのかもしれない。


「見つけたなら早く、穿かせなさい――よっ!」


 壁に固定された少女が、唯一とれる反撃行動。


 後ろ蹴り。


 その踵が、彼女の真後ろに立っていた俺の股間を直撃したのだ。


「うごっ――!?」


 それは十分に足を引くこともままならず、満足な勢いもない不十分な蹴りだった。

 けど、壁のような男を目指していても、だけは鍛えられない。


 激痛と言うよりは氷に触れたような冷たさが全身を駆け抜け、俺は両膝を地面に突く。


 そして――


「えっ……?」


 俺は目の前に突き出たに向かって倒れ、気を失ったのだった。

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