第11話 町の市場と首飾り
その後もスキルの使い方を試しながら魔獣と戦い、俺たちはついにフォルガドネの森を抜ける。
すぐに街道も見つけることができて、通りかかった荷馬車にお邪魔させてもらい、昼過ぎには目的地だったバナンの町に着くことができた。
「わぁ……っ、見てくださいウォル様! 家があんなにいっぱい並んでますよ。人も大勢いますし、結構大きな町なんですか?」
「う~ん、市壁は木の板だし、高さもないし、あんまりしっかりした造りでもなさそうだから、そんなに大きな町ってワケじゃないと思うよ」
「判断基準がそこなんですね……」
町に来てまず目に入るのは市壁なんだし、当然だよね?
櫓のように組まれた市門を抜けると、そこは石畳に木組みの家が立ち並んだ昔ながらの町並みだった。
門から入ってすぐ広場になっているのも、古い町の特徴だ。
敵が攻めてきた時のために、門のすぐ後ろに兵を配置できる広場を設ける。人と人で争っていた時代はこういう町の造りが一般的だったらしい。
広場には様々な屋台が立ち並んで、ちょっとした市場になっていた。
俺たちは手近にあった店を覗いてみる。
装飾品の類を売っているみたいだ。
「これは……首飾りですか? 綺麗ですね、ウォル様!」
「そうだね。でもそれはメッキみたいだから何の効果も付与されてなさそうかな?」
と、ムルが手にした銀の鎖に緑の宝石がついている首飾りの値札を見ながら言った。
こういう装飾品は普通、毒避け、獣避け、体力向上など、何らかの効果がついているものだ。
何を隠そう、クライスたちと作ったシスターリングにも「毒避け」「病避け」「方向知覚」「筋力向上」「体力向上」「視力向上」「直観補佐」など数々の効果が付与されてる。
装備しないと効果は発揮しないけど。
そういった装飾品には効果が付与され「魔石」となった宝石と、その力を人の身体に効率よく伝える「貴金属」が必要になる。
でも今ムルが手にしている首飾りは、部分的に金を使ってる銀線細工風だけど、純貴金属にしては値段が安すぎる。
だからメッキだと思ったんだけど――
「おい兄ちゃん、変な言いがかりつけないでくれよ。ウチのはどれも正真正銘まじりモン無しの一級品さ」
と、店主の若い男が言い返してきた。
彼が手にした鑑定書には、なるほど鑑定ギルドの認め印が押されている。
「うそっ!? それなら何でこんなに安いんですか?」
「お、気になるかい? アンタらもいい時に来たねぇ。ここんとこ南のアルドグラムで金や銀の相場が下がり気味なのさ。細工師たちはそっから素材を大量に仕入れてるから店にも安く並べられるって寸法よ」
「へぇ……」
貴金属の相場情報は、本当なら気軽に他人へ教えたりしないものだ(それでみんなが買いに行ったら値段が上がってしまうので)。
でも俺たちに商品を買わせるためか、店主は気前よくそう教えてくれた。
確かに、これだけ安いならひとつ買っておくのもいいかもしれない。
俺はムルが手にしている首飾りを指して、
「これにはどんな効果がついてるんですか?」
と店主に尋ねた。
「そいつかい? それは世にも珍しい『傷避け』の効果が付与された一品さ」
「傷避け?」
聞いたことが無い効果だ。
「ああ。何でもどんだけ手ひどい傷を負っても、一回だけその首飾りが肩代わりしてくれるらしい」
「え、ナニソレ?」
もし本当ならその有用性は計り知れないじゃないか!
「そんなすごい効果なのにこの値段?」
「あ~……そいつはまだ若い錬金術師が魔石化したモンだからなぁ……ま、お題目じゃあそうなってるが、本当のところはどこまで効果があるかは――な?」
「……ああ、なるほど」
看板上「どんだけ手ひどい傷を負っても」とは言ったところで、じゃあ誰かに装備させて重傷を負わせてみる、なんて真似ができるはずない。
切り傷、擦り傷、もしかしたらやけどくらいは試してみたのかもしれないけど、宝石だって値が張るものだ。実際にどこまで効果があるのか、その信頼性までは保証されていないということだろう。
まったく新しい付与術にはよくあることだ。
でも、「どんだけ」は言い過ぎだとしてもある程度の傷に効くなら、やっぱり優秀な装飾品だと思う。
あとせっかく値段が安いなら買っておきたいという気持ちもあった。
そんなに懐に余裕があるワケじゃないけど……。
「じゃあ、これをください」
「お、毎度!」
代金の金貨一枚と銀貨十五枚を渡して首飾りを受け取る。
俺はそれをそのままムルに手渡した。
「はい、これ」
「え?」
ムルは差し出された首飾りを見て目を丸くした。
「一番に手に取ってたから興味があるのかと思って」
「え、いえ、そんなことは……そう見えましたか?」
「うん」
さっきこの首飾りを見ていた時も、目がきらきらしてたし。
「それに、効果の面から言ってもムルに着けていてほしいんだ。もし矢傷くらいまで効くなら万が一の保険になるからね」
「それならウォル様がお持ちになった方がいいのではないですか?」
「俺は前に出て戦うこともあるからね。この効果は前衛向きじゃないなぁ……」
剣で魔獣と対峙すれば、傷を負うことなんてしょっちゅうだ。
「どんな傷でも」「一回だけ」という点を考えると、俺がつけていても無駄に効果を消費してしまう可能性が高い。
「だから、ね?」
「……では、ありがたく頂戴します」
だいぶ迷っていたようだけど、既に買ってしまった後だ。
ムルは遠慮がちに首飾りを受け取ると、白い髪をかき分け首ににつけた。
「うん、よく似合ってるよ」
「あう……照れてしまいます……」
そんなやり取りをしていると、店主の男が呆れたように言った。
「おいおい、イチャつくなら他所でやってくれよな!」
露店の中には食べ物を売ってるお店もちらほらと見られる。
遅くなってしまったが、ここで昼食にしよう。
「ムル、何か食べたいものはある?」
「わからないです……ごめんなさい」
ということだったので、ひとまず俺の好物の串焼き肉と、スティーナがよく食べてたキッシュ?を何切れか買って、市場に置いてあるテーブルについた。ここは買った食べ物で食事ができるスペースみたいだ。
串焼きをバラしてキッシュが乗った木皿に盛り、ムルに手渡す。
古城で目覚めてから数日、俺が知る限りは木の実しか口にしていない彼女にとって、それらの食べ物はまったく未知のものだったんだろう。
おいしそうなにおいに頬が緩んでいるけど、ちょっと警戒するように見つめるだけで、なかなか手を付けようとしない。
「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。ほら」
このままだとせっかくの料理が冷めてしまいそうだったので、俺はナイフで切り分けたキッシュをムルの口元に差し出した。
ムルはちょっと驚いた表情を浮かべた後、「あうぅ……」と顔を赤くする。
少しのあいだそのまま固まっていたけど、やがておずおずとキッシュを口にした。
途端にその表情がぱぁっと華やぐ。
「おいしい……! おいしいですウォル様」
「よかった。冷めないうちに食べてね」
そう促すと、ようやくムルはナイフを手に取って、慣れない手つきながら串焼きやキッシュを切り分けて口に運び始めた。
「…………」
俺はといえば、ムルに食べさせるのに使ったナイフをじっと見ている。
よく考えたら、今のって「あ~ん」だったな……。
何となしにやってしまったけど、今更ながら恥ずかしくなってきた。
でもこういうのって普通、男女が逆なんじゃないだろうか?
「よし」
俺は食事の手を止め、ナイフを置いた。
そしてそのまま、ムルの真似をして木皿に載った食べ物をじっと見つめる。
時折チラッとムルの方に視線をやりながらだ。
「……どうされたんですか?」
「ナンデモナイデス」
俺は食事を再開した。
「お腹いっぱいです。おいしかったですね、ウォル様!」
「うん、そうだね……」
広場の端に移動した俺たちは、町の大まかな案内図を見ていた。さっき首飾りを買った露店の店主に頼んで書いてもらったものだ。
やっぱりこのバナンの町はそれほど大きいわけじゃないみたいだ。
商店の類はほとんどなく、今までいた市場がその役割を担っているらしい。
宿屋が集まっているのは町の北側か……。
「旅に必要なものを色々買い揃えたいけど、先に宿を確保したほうがいいかもね……もし部屋が空いてなかったら今夜も野宿になっちゃうし」
「でしたら、私が宿を探してきましょうか?」
「ムルひとりで? う~ん……」
正直に言うと、少し心配だった。
小さな町とはいえ犯罪がまったくないわけじゃないだろうし、人馴れしてないムルをひとりで行動させていいものだろうか……。
けど、自信なさげだったムルが自分からやると言ってくれたんだ。
それはきっといい兆候なんだろう。
首飾りとおいしい食べ物でテンションが上がってるということもあるんだろうけど、最初のびくびくしていた姿よりずっといい。
「わかった、じゃあお願いしてもいいかな?」
俺は財布から何枚かの銀貨を出して、ムルに渡す。
懸念はあるけれど、ここは彼女のやる気を尊重することにした。
「知らない人についってちゃダメだよ? ムルは可愛いから特に男の人には注意してね。何か変なものを買わされそうになったらお金はありませんって答えるんだよ。なるべく人が少ない路地みたいなところは通らないようにして、万が一変な人に絡まれたら大声で助けを呼ぶこと。それから――」
「ウォル様、あの、照れてしまいます……」
銀貨を受け取ったムルは、早速とばかりに宿屋が集まる区画へと歩き出した。
「あ、あとひったくりなんかにも気を付けてね!」
後ろ姿にそう声をかけると、ムルは振り返って「大丈夫ですー」と声をあげる。
やっぱり少し心配だったけど、こっそりついて行ったりしたらせっかく芽生えたムルの自信がまたしぼんでしまいそうだ。
後ろ髪を引かれる想いにフタをして、俺は俺のやるべきことをやろう。
そう思って、俺は俺で市場の中に戻ろうとした時だ。
ドン、と誰かに背中からぶつかられ、よろめく。
幸い転んだりはしなかった。
けれど俺はすぐに違和感を察知する。
手に持っていた財布がなくなっているのだ。
これは――
「ひったくりだ――!!」
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