第10話 魔法の弓矢と力の使い方

 古城を後にした俺とムルは、フォルガドネの森をモルドガッドとは逆の方向に歩いていた。

 あの街は最終防壁フロントラインに近いから周囲に出る魔獣も強力なものが多く、今の俺の実力で冒険者として身を立てるのは少しハードルが高いと判断したからだ。


 地図によれば、このまま森を東に抜ければ街道に出るはずだ。

 その近くに小さな町がある。初めて行く所だけど、そこでもう少しまともな旅支度を整えたい。


 道のりは順調だったが、城壁を超える時にちょっとしたトラブルがあった。


 なんと、古城の城壁には《壁消去》が効かなかったのだ。

 やっぱりこれ、ただの石壁じゃないんだな。


 壁を昇降機代わりにして脱出することはできたけど、結局古城の謎は置き去りにするしかなかったのは心残りだった。




「ウォル様。正面三十メートル、ハイドウルフ七体です」

「オーケー」


 壁の上から周囲を見ていたムルの報告を受け、足音を殺してそちらへ近づく。


 木の陰からそっと様子をうかがうと、確かに群れるハイドウフルの姿があった。

 それほど大きくはないけど、茶色と緑と濃い藍色が入り乱れた体毛が保護色になって、ひとたび森の中に隠れられると見つけ出すのが困難という厄介な魔獣だ。



 俺は森を進む道中、強化されたスキルの性能を色々と試していた。



 今までとの大きな違いは、壁を作る位置の自由度が大幅に増したことだ。


 これまでは自分と比較的近い場所に、それも地面から生える形でしか壁を作ることができなかった。

 でも強化された《壁作成》はかなりの遠方に、さらに地面以外のあらゆる場所に壁を出現させることができるようになった。


 例えば空中だ。


「《壁作成》!」


 俺が作った三メートル四方の壁がハイドウルフたちの頭上に現れ、そのまま彼ら目掛けて落下する。


 突然の奇襲に対処する暇もなく、群の内三体が空から降ってきた壁に押しつぶされた。

 もちろん、生きてはないだろう。


 仲間がやられたことで、ハイドウルフたちはバラバラに散る。


 今使った壁落としは、俺の攻撃の中で一番威力が大きい。


 その破壊力は「壁の大きさ」と「落下させる高さ」に応じて飛躍的に増すけど、大きい壁ほど出すのに時間がかかるし、高い所から落とすと地面までのタイムラグが大きくなる。


 だから動く標的――特にハイドウルフみたいな素早いものに当てるのは難しい。


 そこで――


「《壁爆破》!」


 念じると、今落下して地面に突き刺さった壁が、轟音と共に爆発する。


 炎系の魔法や火炎石のそれとは違って熱や突風はないけど、細かく砕けた壁の破片がそこいら中を襲い、地面や木々に細かな穴を穿っていった。


 もちろん、逃げ出したハイドウルフたちにもだ。


《壁爆破》は広範囲を攻撃するのに向いている。


 威力は壁落としほどではないし、敵味方が入り混じるような状況では使えないけど、同時に複数の相手を捉えることができるのはとても便利だ。


 爆破による土煙が止む。

 その場に動くものはない。


 残りのハイドウルフ、その内三体が《壁爆破》の餌食となり地面に転がっていた。つまり――


 一体逃がした。


 俺は古城で拾った剣を抜いて、少し開けている爆心地の中央に立つ。


 今もどこかからハイドウフルが俺を狙っているはず。


 身を潜める彼らを見つけるのは困難だ。だから攻撃してきたところを反撃するしかない。


 音ひとつない森の中、僅かな兆候も見逃さないように神経を集中させる。


 数秒の間。


 不意に頭上から木を引っ掻くような音が聞こえた。


 上か! 狼のくせに木登りなんて!!


 俺は音の聞こえた方に向かって全力で剣を薙ぐ。


 ガチッと金属質な音が鳴り、ハイドウルフの牙を受け止めた。


 でも、振り下ろされた爪までは防げない――


 だけど大丈夫。


「ギャオンッ――!?」


 俺の頭に爪が届かんというその時、ハイドウルフは突然悲鳴をあげると、そのまま脱力して地面に落ちた。


 その背には緑に光る矢が刺さっている。

 ムルが放ったものだ。


「これで七体目」


 俺は倒れたハイドウルフの首を剣で断ち、とどめを刺した。




「ウォル様、ご無事ですか!?」


 ムルが心配そうに駆け寄って来る。


「平気平気。ムルのおかげで怪我ひとつないよ。相変わらずすごいね」


 そう声をかけると、ムルは手にした弓を掲げるように持ち、まじまじと見つめた。


「本当ですね。矢をつがえなくても射ることができる弓なんて……こんなすごいもの、私が持っていていいんでしょうか……?」


 自分で言いながらだんだん自信を落としていくムルの姿に苦笑してしまう。

 俺が言いたいのはそういうことじゃない。


「そうじゃなくて、ムルの弓の腕はすごいねってことだよ。あの位置からこんな小さな的に当てるなんて、なかなかできることじゃないと思う」


「あう……」


 そう褒めると、ムルはまた「照れてしまいます……」と弓を抱きしめる。

 本当に恥ずかしがり屋だ。


 彼女が言うように、古城で見つけた弓は矢が無くても使える魔法の弓だった。


 それはそれで十分すごいんだけど、もっとすごいのはそれを扱うムルの方だ。


 色々と調べる内にそれが魔法の弓だと判明してすぐ。

 俺はさっそく壁を的にして、ムルに弓の使い方を教えることにした。


 彼女の後ろにぴったり寄り添い、構え方、引き方、狙い方、距離の測り方、放ち方などを手とり足取り指南する。


 ところがひと通りの指導を終えてすぐ、ムルは二十メートル離れた位置から用意した三つの的すべてに矢を的中させた。


 これには俺も驚きを隠せなかった。

 城の中で見せた構えの熟達さといい、やっぱり彼女は元々弓を使っていたに違いない。


 正直、俺よりずっと上手く扱えてる。


 ともあれ、そんなわけで俺の弓術講座はものの十分足らずで終わってしまったのだった。


 いいところを見せるチャンスだと思ったんだけど。

 十分で弟子に腕前を越えられては、師匠の面目も丸つぶれだ……。


「ウォル様の壁を使った攻撃もすごいと思います。あっという間に六体の魔獣を倒しちゃうなんて! 壁って色々な使い方ができて素敵です」

「そう? やっぱりそう思うよね! 壁はすごい!!」


 不甲斐ない師匠っぷりを思い出して肩を落とす俺を元気づけようとしてくれたのか、ムルは俺の壁を褒めてくれる。

 それだけで元気がでるんだから、俺も単純なものだ。

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