第9話 裸の危険と出立準備
俺が持っていた果実で簡単に腹ごしらえを済ませた後。
「さて、この城から出る前に少し中を探索してもいいかな」
「探索ですか? 私でもお役に立てるでしょうか?」
「うん。もしかしたらムルの記憶につながるものがあるかもしれないし、手伝ってくれると助かるよ」
「わかりました! 精一杯頑張ります!!」
ムルが快く了承してくれたので、さっそく城の中を見て回る。
手分けはせず、行動は一緒だ。
さっきムルに言ったように、彼女の過去の手がかりが見つかれば御の字。
それ以外にも何か役立つものがあるといいんだけど……。
それはさておき。
「ムル、そんなにくっついてると歩きにくいんだけど……」
「ご、ごめんなさい……」
小部屋を出てからずっとムルは俺の腕に捕まったまま、おっかなびっくりという感じで歩いている。
まあ怖がりな性格だとは思っていたけどね……。
辺りを照らすのは《壁発光》のぼんやりした光だけ。
そんな状態で廃墟と化した古城を歩き回るのは、彼女にとって少し酷だったのかもしれない。
ぎゅーっと俺の腕を抱きしめてるから、たまに手の先が温かいものに触れてしまうんだけど、それにも気づかないくらい不安でいっぱいいっぱいみたいだ。
外套の下に何も着てないってこと、忘れてないかな?
そんな感じでなんとか両側の棟を調べ終わったけど、今のところは何の収穫もなかった。
大体の部屋ががらんどうで、たまに見つかるものは朽ちた剣や槍、盾、空き瓶……。
戦で滅んだわけでも災害に見舞われたわけでもなく、用が無くなったので放棄された城。そんな感じだ。
「あと残りは真ん中の塔だけだ。ムル、もう少し頑張れる?」
「は、はい! せいいっぱいがんばります……!」
目がぐるぐるしてるよ?
「ここが最後の部屋だ」
俺たちがいるのは、ムルを見つけた玉座の間の真下。中央塔一階の最奥部だ。
ほかの部屋はすべて扉もないような簡素な造りだったけど、玉座の間とここだけは厚い鉄扉で塞がれている。
探す前から目をつけていた、ここが本命だ。
最後にしたのは、もしかしたらムルを見つけた時みたいに人がいるかもしれないからだ。
また探索を中止して、もう一晩ここに泊まるのは避けたい。
「ウォル様、扉は施錠されているみたいです」
ムルが「ん~~!」と一生懸命鉄扉を押してみるものの、動く気配はない。彼女の言う通り、扉には鍵か閂の類がかけられているのだろう。
まあ俺にそんなことは関係ないけどね。
「大丈夫、こっちから入れるよ」
《壁消去》を発動させると、扉には二人で通れる程度の穴が開く。
あっさりと中へ続く道を開いたことに、ムルは驚きを隠せないようだ。
「すごいスキルですね。壁を消す能力ですか?」
「ううん、消せるのはオマケ。メインは壁を作る能力だよ。すごいでしょ?」
「……なるほど?」
《壁作成》の方はいまいちピンとこなかったみたいだ。
いいスキルだと思うんだけどなぁ……。
気を取り直して、部屋の中に踏み込んだ。
中は暗いので、改めて《壁発光》で辺りを照らす。
そこで俺たちが見つけたものは――
「何でしょうこれ……剣?」
不思議そうに首をかしげるムル。
彼女の言う通り、それは剣だった。
素朴だけど精緻な装飾が施された、少し短めの両手剣。
けど至る所に損傷を補修した跡が見られる。元々は優美な剣だったみたいだけど、今はツギハギだらけで少し不格好だ。
そして奇妙なことに、剣は部屋の中に立つ黒い壁に、ナナメに突き刺さっている。
刀身の半分ほどが壁の中にめり込んでいるのだ。
これは……
「ムルを見つけた時と同じだ……!」
「え?」
間違いなく、ムルを磔にしていたのと同じ壁だった。
手を伸ばしても触ることができず、あのぞわりとした嫌な感覚に包まれる。
よく見ると剣が刺さったものとは別にもう一枚壁があり、そちらには弓のようなものが、やはり半分ほどめり込むような形で埋まっていた。
「このお城が建てられた時代に、こうにして武具などを飾る文化があったのでしょうか?」
「う~ん、どうだろう?」
剣や弓ならわからくもないけど、裸の女の子を壁に飾るなんて異常趣味すぎないかな?
こんな立派な城壁を建てる人がそんな人でなしだと思いたくはないけど……。
って言うかムルもムルで発想が独特だ。
「ともあれ、これは収穫だよ」
俺は剣の柄を手にして、黒い壁を消去する。
溶けるように消えた壁から現れたのは、すらりと伸びた美しい刀身。
こちらも補修の跡が見られるけど、錆は無いしきちんと研げばまだ使えそうだ。
ほかの部屋で見つけた武器はどれも劣化が激しくて、まるで使い物にならなかった。
それを考えると、奇跡的な保存状態と言っていい。
どことなくクライスが持っていた聖剣に似ている気もするけど……。
「こっちの弓はどうしよう。ムルが使ってみる?」
「わ、私がですか?」
「うん。一緒に旅をするなら何か使える武器があった方がいいかなと思って。ちょっとなら俺が使い方を教えられるよ」
ムルは少し戸惑っていたが、《壁消去》で取り出した弓を手渡すと、
「では――、僭越ながら拝領いたします」
と恭しく受け取った。
その弓も、どこが壊れているわけでもなく弦の張りもまだ十分だ。
他の朽ちている武具と、何か違いがあるのかな?
弓を手にしたムルは、暗闇の何もない方へ向かってそれを構えた。
そして、張りの強さを確かめるように弦を引く。
案外――なんて言い方は失礼かな? とても様になっている。
「もしかしてムル、弓を使ったことがあるのかな? 綺麗な構えだね」
そう褒めるとムルは真っ赤になって「照れてしまいます……」と弓を抱きしめる。
恥ずかしがり屋なのだ。
「経験があるのかはわかりませんが、この弓は手に馴染む感じがしました」
「そうなんだ。ひょっとして元々ムルの持ち物なのかも知れないね」
可能性としては否定できない。それならもらっていっても何の問題もないだろう。
何にせよ、教えなくても弓で戦えるのなら俺にとってもありがたいことだ。
まあ弓だけあっても矢がなければ使えないけど……。
それは街に着くまでどうにもならないだろう。
さて。
「これで城の中はあらかた見て回ったね。できれば何か着るものがあると良かったんだけど……」
「そ、そうですね。せめて何かの布地だけでもあると……嬉しかったのですが」
言いながら、ムルは外套の合わせをぎゅっと握り、恥ずかしそうに裾を押さえる。
旅用の外套だ。元々は俺の持ち物だからサイズは大きめとはいえ、歩きやすさを重視するそれは、かろうじて彼女の膝までを隠す程度の長さしかない。
その中が生まれたままの姿だと想像すると、また耳のあたりが熱くなってきた。
旅では替えの衣類なんて持ち歩かないから貸せる服はないし、城の中をこれ以上探しても、もう役立つものは無さそうだ。
正確には衣類や布地の類もあるにはあった。でもそれらは全部、乾いてボロボロに朽ちていたのだ。一体どれほど前のものだったのやら……。
いっそ俺の着てる服を貸そうかな? 下着はつけてるから全裸にはならないし。
けど俺もこれから森の中を歩く。
恥ずかしいとか以前に、下着一枚では雨風の前に大した壁にはならないだろう。
ん……壁……?
そこで俺に天啓が降りてきた。
「そうだ、扉だってすり抜けられたんだし、もしかしたら……!」
ひとつだけいい案を思いついた俺は、きょとんと目を丸くするムルの両肩を掴む。
そして彼女の目を見つめて、言った。
「ムル、その外套を脱いでくれないかな?」
「え?」
静止。
「ええええぇぇぇぇ!? ウォ、ウォル様? 何を仰ってるんですか!!」
顔を真っ赤にして仰天したムルは、俺から守るように自分の身体を掻き抱いた。
「そんな、そんな、そんなこと……! 無理ですよ――」
「俺にいい考えがあるんだ。もしかしたらだけど、服が手に入るかもしれない」
「そ、そう言われましても……」
目を逸らされてしまった。
当然の反応だろう。人前で裸になるなんて恥ずかしいに決まってる。
でも俺が思いついた方法にはそれが必要だった。
「お願いだ。絶対に上手くいくとは言えないけど、やってみる価値はあると思う」
「~~~~~~~!!」
「このまま裸に外套で森を歩いていたらムルが危険な目に遭っちゃう。それだけは避けたいんだ」
なおも顔をそむけたままのムル。
だけどその視線が一瞬だけこちらに戻ってきたのを見逃さなかった。
これはもう一押しだ!
「ムル、俺のことを信じてほしい」
その言葉を最後に長い、長い沈黙が降りた。
やがてムルは、本当にそっと身体の力を抜いて、上目遣いで俺のことを見る。
「わ、わかり……ました。信じています、ウォル様」
そのセリフと共に、彼女が纏っていた外套が肩からするりと落とされる。
ムルの綺麗な裸体が晒された。
恥ずかしいのを精一杯我慢してるんだろう。ぎゅっと目をつぶりながら腕で胸と下腹部を隠している。彼女の身体は、僅かに震えていた。
もじもじと内股をこすり合わせ、所在なげに揺れる肢体はまさに芸術品のような美しさだ。
「ありがとうございます!」
思わず敬語でお礼が漏れる。
…………。
うん。
冷静になった途端、急に恥ずかしさが戻ってきた。
もしかして俺、とんでもないことを口にしたんじゃないかな……?
出会ったばかりの女の子に、目の前で裸になることを強要するなんて――
よく考えなくても、犯罪のにおいしかしない!
それでも、羞恥心をこらえて俺のことを信じてくれているムルの気持ちを無駄にしないため、俺は彼女の裸体をまじまじと目に焼き付けた。
大事なのはイメージだ。
「扉」が「壁」に入るかどうかは人による。壁の一部だという人もいるだろうし、そうじゃないと考える人だっているだろう。
でも《壁透過》は扉にも作用した。俺が「扉」を「壁」だと思っていたからこそ、通り抜けることができたのだ。
つまり、何が「壁」でスキルの対象になるのかは、俺の認識に左右される。
それなら――
服は壁。雨風や寒さから身を守り、心にも安心感を与える壁である……。
壁である……。
「よし――《壁作成》!」
俺は全神経を集中し、ムルの身体に合う服をイメージしてスキルを発動させた。
結果――
「成功だ! ムル、目を開けてみて!」
「え? あ、あれ??」
今にも泣きそう――というか目の端で涙が溢れかけていたムルは、自分の身体を見下ろして驚きの声をあげる。
やや丈が短めなワンピースに肩から身体を包むローブ、革のベルトに同じく革のロングブーツ。
シンプルだけどしっかりとした旅装の一式。それらが彼女の身体に纏われていたのだ。
「これは……ウォル様が着せてくださったのですか?」
両手を広げたり、視線を落としたりして自分の格好を確かめるムル。
「うん。服を壁だって思いこめば《壁作成》と《壁装飾》で作れると思ったんだ。気に入ってくれるといいんだけど」
「はい! すごく可愛くて嬉しいです。《壁作成》……こんなに素敵なスキルだったんですねっ!」
「そうそうそう、そうなんだよ!!」
ムルにも《壁作成》の素晴らしさを分かってもらえて俺も嬉しい。
食い気味な俺の反応に少しびっくりさせてしまったけど、それだけ喜ばしいことなんだ。許してほしい。
あと《壁作成》にこんな使い道があったのは、俺自身驚きだ。
服の素材になったのは城の中にちらほらあった朽ちた服。ボロボロでも綿や革ならスキルの素材にはできるみたいでよかった。
「まあデザインは俺が考えたんじゃなくて、知り合いの魔法使いが着てたやつを参考にしたんだけどね。どこかおかしいところはない?」
「大丈夫です。……少し、胸がキツい気もしますけど」
………。
まあムルは普通サイズだけど、その服の持ち主は普通以下だったからね。
ドンマイ知り合いの魔法使い。悪く思わないでほしい、身長が一番近かったんだ。
ともかく、裸外套問題は解決した。
これでこの城を出て森を抜け、どこか街へ向かうことができるだろう。
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