第7話 新たな力と不思議な古城

「思ったより早く見つけられたなぁ」


 指輪を手にした俺は、渓谷の底から上を見る。

 まだ太陽はぎりぎり沈んでない。オレンジ色の光が木々の天辺をなめるように照らしていた。


 場合によっては数日がかりになることも覚悟していたのでありがたい。

 何より、無事見つかってホッとする気持ちが大きかった。


 俺は見つけた指輪、シスターリングを小川の水で洗い、ひとまず財布代わりの革袋へとしまう。


 今の俺には、この指輪をつける資格はない。


 でもいつか――俺がクライスたちと並び立つ冒険者になったら、その時は俺から彼らに会いに、獣侵領域へ向かおう。


 再会を果たした先でまた仲間に加わるのか、それともこの指輪を返すことになるのかはわからない。

 けど……それが今の俺が冒険者として生きる目標だ。


「さて、と」


 目的のものは見つけた。

 あとは完全に陽が落ちる前に今夜の寝床を確保しなければならない。


 俺の場合は《壁作成》でどこでも即席の拠点を確保することはできる。

 それでも森のど真ん中で野宿するのは危険が大きいし、できれば安全な場所を確保しておきたかった。


 万が一だけど、あの猪型と同じ魔獣がまだいる可能性も捨てきれない。


「となると……やっぱり一番いいのはあの古城だよね」


 あの猪型の猛突進をくらってびくともしなかった城だ。

 小型の魔獣が入り込んでることも考えたけど、どこかの部屋を壁で封鎖しておけば一晩の宿にはなるだろう。


 そうと決まれば。


 俺は小川が流れる地面に手のひらを向ける。


 ここは深さが目算ざっと二十メートルの谷底だ。幅はそれほどでもないけど斜面は切り立っていて、体力を消耗した上に手がズタボロな状態でよじ登るのは難しい。


 なので――


「《壁作成》!」


 おなじみの方法で自分の足元に壁を作り出す。

 しかし、次の瞬間に現れた壁はいままでのそれとは明らかに違っていた。


「おお……でかい! それにキレイ!!」


 目論見通り二十メートルの高さを一気に昇ってきた俺の足元には、渓谷をふさぐように巨大な石積みの壁ができあがっていた。


 これまで俺が作れたのは、岩や土をそのまま固めたような壁だけだった。

 壁の材料となる素材はばらばらで結合力もないので、強靭な魔物の攻撃だと容易く破壊されてしまう。


 でもこの壁はすべてが同じ直方体の石を積み上げることでできている。

 しかもそれぞれの隙間は目地のようなもので埋められていて、強度はいままでの壁の比じゃないのはひと目でわかった。


 何よりそのサイズだ。今までの俺じゃ高さは最大で十メートルほどが限界だった。それもごく細く薄い壁ならばという条件つきで。

 けれどこの壁は高いだけじゃなく、幅十メートル、厚さは二メートルほどもある。


 しかもまだ余力を感じる……感覚的にはもっと大きなものも作れそうだ!


「やっぱり、レベルアップしたおかげでスキルも強化されたんだ」


 俺は肩にかけていた鞄から、一枚の小さな板を取り出す。

 ガラスのような材質でできたそれはスキルカード。持ち主の現在のレベルと所持しているスキルなどを確認することができるアイテムだ。


――――――

レベル:64

肉体補正値:220%

魔力補正値:170%

所持スキル:《壁作成》

補助スキル:《壁移動》《壁遠隔》《壁温調》《壁加重》《壁擬態》《壁強化》《壁修復》《壁祝福》《壁消去》《壁装飾》《壁透過》《壁同期》《壁爆破》《壁発光》《壁反射》

――――――


 元々はレベル42、スキルは《壁作成》しかなかったので、思った通りあの猪型を倒したことでかなりレベルアップしてる。


 まあクライスたちはみんなレベル80は超えていたけどね。


 特に補助スキルの数が半端ない。

 作られる壁の変化は《壁作成》自体の能力が上がったことに加えて、《壁強化》や《壁装飾》あたりも関係しているのかもしれない。


 

 さて。


 色々と新しいスキルを試してみたいけど、ひとまずは拠点の確保を優先しよう。


 俺は例の古城へ向かって歩き出した。




 そして古城前。


 既に陽が落ちて薄暗くなった森の中で、猪型の死骸を横に俺は城壁を見上げていた。


 高い。霧のせいで正確なところはわからないけど四十メートルくらいはありそうだ。


「あの時俺を呼んでくれたのはお前だったんだね」


 ……と城壁にぺたぺた触れながら話しかける。


 それにしても奇妙な城だった。


 まず、入り口となる門がどこにも見当たらない。


 城の中に入るために城壁にそってしばらく歩いてみたものの、壁はどこまでも続いていて途切れることがなく、ついには崖につきあたってしまった。

 どうやらこの城は崖を背に建てられているらしい。


 さらに城からの排水が通る水路もなければ、見張りのための窓もない。


 これだけ高い壁だと、窓がなきゃ足元の敵が見づらいと思うんだけどな。


 非常に堅牢な造りに反して、戦いのための城塞というよりは――


「まるで何かを閉じ込めているみたい?」


 思えば、いくら頑丈な石造りだからといっても、あの猪型の突撃を受けて傷ひとつつかないのは普通じゃない。


 この古城には何か秘密が隠されているような気がしてならなかった。


 でも怖くはない。


「こんなに素晴らしい壁を作る人たちが、悪い人なワケないもの」


 入り口が無く、小型の魔獣が入りこんでないなら好都合。


 むしろこんな偉大な城が何のために建てられたのか、興味を惹かれる。


 俺はさっそく中へと入ってみることにした。




「おぉ……!」


《壁透過》スキルを使って城壁の内部へ足を踏み入れる。

 スキルの効果が自分が作った壁以外にも有効なのかは不安だったけど、問題ないようだ。


 そこは荒れ果てた中庭だった。


 腰まで伸びた雑草に覆われ、もはや地面を見ることが敵わない。

 そんな緑の絨毯の先には、城の本館と思われる無骨な建物がそびえていた。


 現代の街で見るような優美な城とは違う、戦うための要塞という感じだ。


 ただ、城壁の規模に比べてそれほど大きな城じゃない。


 その構造も、中央の低い塔から左右に翼を広げるようにそれぞれの棟がのびているというシンプルなものだった。


 ただ奇妙なのは、やはりその城にも窓ひとつなく、見たところ入り口も存在しない。

 換気用の通気口すらなく、完全に封鎖されているのだ。


「ますます気になるな……いったい何のために建てられた城だったんだろう……?」


 俺はワクワクしたものを感じながら、再び《壁透過》を使い城の中へと入る。


 外界から完全に遮断されているため、わずかな月明りもなく真っ暗だった。


 空気も少し淀んでる。けどそれなりの広さがあるから、息ができなくなる心配はなさそうだ。


 残念ながら火をおこす道具は持っていなかった。持っていたとしても松明にできるような材料がない。


 ならば。


「《壁発光》」


 念じると、周囲の壁がうすぼんやりと光を放ち始めた。


 昼間のようにとはいかないけど、ひとまず視界は確保できる。


 これは迷宮ダンジョンや洞窟なんかで便利かも?


 城の内部は比較的普通なようで、俺がいるのは目的はわからないが小さな個室。

 そこから長い廊下がホールと思しき方向へと伸びていた。


 寝床の確保という目的を考えれば、この部屋で安全が確保できればいいんだけど……。


 けど、せっかく中に入ったんだし。


 もしかしたら何かお宝でもあるかもしれない。俺はもう少しだけ城の中を調べてみることにした。


 となれば、まずは城の中央。いわゆる玉座の間に行ってみよう。


 長い廊下を歩いて、中央塔の方へと向かう。




 ホールは広めの円筒形をした吹き抜けだった。


 壁に沿うように左右から階段が伸び、二階の大きなテラスで合流するという造りになっている。


 そのテラスの奥に、俺の背丈の倍ほどもある大きな扉があった。


 たぶんあそこが玉座の間なのかな?

 こういう城に玉座の間があるのかは知らないけど、とにかく一番偉い人が詰めていた場所だ。


 扉の前に立つ。

 装飾はほとんどない、質実剛健な扉。

 その来るものを拒むようなその存在感にただならぬものを感じて、ゴクリとつばを飲みこんだ。


 この先になにかある……?


 そんな予感がした。




 中はやはり真っ暗だ。

 ちなみに《壁透過》は扉も通り抜けることができた。


 不思議なことに、部屋の外より空気が澄んでいる感じがする。


 もう一度壁発光を発動。

 ぼんやり見えてきた部屋は、思ったより広い。


 奥に長く伸びている構造で、何本もの柱が壁際で高い天井を支えている。


 その最奥に――


「何か……いや誰かいる……?」


 壁から放たれる光に照らされ、ぼんやりとその輪郭が浮かびあがった。

 それは、一見すると部屋のただ中に立つ一枚の真っ黒い壁みたいだ。


 しかし、その壁に埋もれるように人の姿が見える。

 あれは――


「女の子だ……!?」


 そこにいたのは半身を壁に埋め、磔のような姿で目を閉じる裸の女の子だった。

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