第2話 勇者たちの本心と逃げ出した俺
クライスたちにパーティを追い出された俺は、街のはずれを歩いていた。
ここ、モルドガッドは
だから街を守る市壁も相当に立派なものが造られていて、俺は赤い石造りの壁を眺めて傷ついた心を癒していたのだ。
ひとつひとつが寝台よりも大きな石のブロックを、遥かな高さまで積み重ねた重厚な壁。その偉大な姿は人の悩みなどいかにも小さく軽いものだと教えてくれてるみたいだ……。
……いや訂正。やっぱりそんなすぐに立ち直れそうにはない。
俺はクライスたちのことを、これまで三年間を共に旅する中で、気のいい連中だと思っていた。
彼らとならいつか
そう思っていたのに――
それなのに――裏切られた!
彼らは俺のことを壁を出す便利な道具くらいにしか考えていなかったんだ。
だから用が無くなればあっさり捨てられる。
そんな最低な連中とは、もう二度と顔をあわせたくない。
俺は宣言通り、今日中に街を出るつもりだった。
もう少ししたら広場まで行って、どこか別の街に向かう駅馬車を探そう。
モルドガッドからはいくつかの街道がのびている。探せば夜間に出発する便もあるさ。
そう思っていたんだけど――
「なんでこうなるんだろう……?」
俺はモルドガッドの裏通りにある食堂のオープンエアなテーブルで、運ばれてきた数々の料理を前に、フードを目深にかぶってうなだれる様に顔を伏せていた。
なぜかって?
広場に着いた俺は早々に別の街へ向かう駅馬車の席を確保しようと停車場の係員に話しかけた。
ところがどの便も満席らしい。聞けばこのところ魔獣がたびたび街の近くに姿を現すため、安全のため街から一時避難する人が後を絶たないのだとか。
さすがに陽が落ちてから徒歩で街を出るのは危ないかな。
仕方なく中心街へ引き返し、クライスたちの宿から十分離れていて、かつ裏通りに面している目立たない場所を選んで宿を確保した俺は、これまた同じように裏通りにある目立たない店を探して夕食を済ませることにした。
これだけ注意を払っていれば、街中で彼らと出くわすこともないはずだ。
すこしヤケ気味に多めの品を頼んで代金を支払い、しばらくして運ばれてきた美味しそうな料理の数々を目にすると、ほんの少しだけ気分が上向く。
自分の好きなものだけ心ゆくまで楽しめるのは、ひとりの特権だ。
今までは肉ばかり頼むとマリンに叱られるし、好物が並んでてもスティーナに取られるし、ジオディンは酒に合わないものは必要ないとか言って味の濃い物ばかり買ってくるし、クライスはああ見えて物凄く好き嫌いが多くて食べられないものをこっそり俺の皿に移してくるし、正直大変だった。
不意にそんな思い出が頭をよぎる。が、すぐに首を振ってそれらをふり払う。
どうせその時も楽しかったのは俺だけだったんだ。
もう彼らのことを考えるのはやめよう。そんなことより目の前の楽しみだ。
いざ、いただきます――
……とナイフを手にした矢先、店の前にある通りから聞きなれた声が聞こえてきたのだ。
「今夜はここにしましょ。表通りの店だとまたファンに見つかるかもしれないし……今はあんまり騒がしくする気分じゃないのよね」
「うむ、勇者パーティとして顔が知られるのは良いが、食事の最中まで人に囲まれるのは困ったものよな」
「そうですね。でもこうした裏通りならその心配もないでしょう。ここでいいですよね、クライス?」
「ああ、僕はかまわないよ」
店に入ってきたクライスたちは、少し離れた席に腰を下ろす。
他に客は少なかったけど、幸いなことに背を向けていたので俺には気づいてないみたいだ。
俺は手に持ったナイフを置いて、可能な限り不自然にならないさり気なさで外套のフードを頭にかぶる。
そして現在に至る。
なんでこうなるんだ……お約束にもほどがある!
最悪の気分だった。二度と彼らには会いたくなかったというのに。
上向いていた気分が一気に下降していく。
せっかくの料理が冷めていくのにも構わず、俺は動くこともできずその場でじっと息をひそめていた。
「今日中に街を出る」と宣言した手前、見つかったら何を言われるかわかったものじゃない。
彼らとのあいだに壁を作って姿を隠そうか?
いやダメか。それじゃ俺がいるってバレバレだ。
そんな感じで動くに動けずじっとしていると、必然的に聞きたくもないクライスたちの会話が耳に入り込んでくるワケで。
「それにしても――」
ひと通り料理の注文を終え、おもむろにマリンが口を開いた。
「ウォルさんのこと、ああまで冷たく突き放す必要があったんですか? これまでずっと一緒に旅してきたのにあんな別れ方なんて……」
――ん?
「マリン、それについては既に散々話し合ったであろう。ああでもしなければあやつはパーティを抜けることを承知せなんだと」
「そうよ! 最悪の気分だったのは私も同じだけど……仕方ないでしょ。あれでよかったのよ」
どうやら俺のことを話題にしているようだけど、どうも様子がおかしい。
俺は怪訝に思いつつも、彼らの話に耳を傾けることにした。
□壁□壁□壁□壁□壁□
「二人の言う通りだよ、マリン。それはもう十分議論を交わしただろう?」
クライスはマリンを諭すようにそう言った。
しかしその言葉は彼自身、自分自身に言い聞かせているようなものだ。
「正直、ここでウォルが抜けるのはかなりの痛手だ。彼の《壁作成》は戦い以外の面で色々と役立ってくれていたからね」
「……そうですね。壁があれば野宿するときも魔獣に襲われる心配がないですし」
「砂漠みたいなだだっ広い場所や、深い森なんかを行くときも意外と役に立つのよね……歩いてきた道の目印とか、上に登って遠くを確認したりとか」
「もし壁を橋代わりにできねば、我々の旅は南の大渓谷で終わっていたやもしれんな。はっはっは! いやぁ、思い返せばあやつには助けられてばかりだ」
クライスの言葉に、三人ともが異口同音の同意を示す。
実際のところ、ウォルが持つスキル《壁作成》の真価はむしろこうした旅路のサポートにあった。
夜に見張りを立てずともぐっすり眠れることが、どこへ行こうとも迷う心配がないことが、道を違えても戻ることなく進めることが、旅をする者の心身にどれほどの恩恵をもたらすことか――それはここにいる全員が理解しているのだ。
そう、ウォルは決して役立たずでも、パーティに不要な存在でもない。
むしろ陰ながら自分たちを支えてくれる、大切な仲間のひとりだった。
「でも――」
クライスの声に厳しさが増す。
「これから僕たちは
獣侵領域。
それは人と魔獣の領域を分かつ境界線、「
冒険者の中でも限られたひと握りの者たちだけが立ち入りを許される、強大な獣が跋扈する人外魔境。
これまでの旅で力をつけた彼らは今、そこに挑もうとしていた。
しかし、そこで問題になったのがウォルの存在だ。
「結論は既に話し合った通りだ――今の僕たちではこの先、ウォルを守りながら戦うことはできない。彼を連れて行けば遠からず命を落とすことになっただろう。だから、彼は人の領域に残していく」
きっぱりとそう口にするクライスの顔には苦々しさが満ちていた。
勇者として相当な実力をつけ、他の仲間も熟練の冒険者に相応しい力を備えた彼らをして、そう結論せざるを得ないほどに獣侵領域の魔獣は別格なのだ。
「でも、そう言ったところで素直に身を引いたりしないでしょ、アイツ。いつも私たちのために無茶ばっかりやってたし」
「あやつは英雄願望も強いからな。『この先は命の保証ができぬ』などと言ったところで、それでも我らの役に立てるならとついて来ようとしただろう」
「でも……」
それでも不満そうなマリン。その気持ちはクライスにもわかる。
しかし実際のところ、スティーナなジオディンが言うように、ウォルに「この先は危ないからパーティを抜けてくれ」と言ったところで、彼は絶対に承知しなかっただろう。
だからこそウォルのためではなく、自分たちの身勝手な都合で彼を追放するという形がとられたのだ。
「それでも残念です。もちろん旅の途中で仲間が抜けることも、もしかしたら死に別れることも覚悟していなかったわけではないですけど……どんな形にせよ、その時はお互いに仲間として一緒に過ごした日々に後悔はなかった……そう思ってお別れしたいと思っていたのに……」
その言葉に、全員がうつむくように視線を落とす。
口にはしなくても、みんな同じ気持ちだったことは明らかだった。
何も知らされずにパーティを抜けろと言われたときの、ウォルの絶望した顔は思い出すだけで胸が痛む。
クライスも、もし叶うならウォルにも納得してもらった上で、笑顔で別れたかった。
それでも全員が心を殺して役割を演じ切り、見事ウォルを騙しきってパーティ離脱を了解させることに成功した。
成功してもなにも嬉しくはなかった。
ずっと大事にしてきたものが壊れてしまった喪失感に、場の空気は重く沈み込んでしまう。
店員が全員分のジョッキを運んできたところで、その空気を打ち破るためクライスはあえて明るい声をだす。
「ウォルのことは深く傷つけてしまったけれど……彼のために僕たちができるのは、残りの旅を完遂することだ。獣侵領域へ挑み、そのどこかに潜む
そう言ってジョッキを掲げるクライスに、沈んでいた他の仲間も各々倣った。
「そうね、仕方ないからその時はこっちから謝ってやるわ」
「うむ。二、三発殴られるのは覚悟の上よ、はっはっは!」
「ですね。そのためにも――生きて帰りましょう」
四人のジョッキが合わさり、陶器の触れ合う音が響く。
軽く中のぶどう酒に口をつけようとしたその時、少し離れた席に座っていた男が突然、椅子を倒すような勢いで立ち上がった。
身体に染みついた習慣でテーブルに立てかけてあった聖剣に手を伸ばすクライス。
だがその男の背格好はよく見覚えがあるもので――
「もしかして……ウォルか……?」
そう問いかけたものの返事はなく、男はこちらを一瞥することもなく、テーブルに手をつけた様子のない料理の数々を残したまま一目散に通りを走り抜けて行き、夜の闇の中に姿をくらませた。
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