第3話 捨てた絆と聞こえた悲鳴

「ウォル!? ウォルなんでしょ? アンタ街を出たんじゃ……ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!」


 クライスやスティーナの呼ぶ声が聞こえてきたけれど、俺は足を止めることなくその場を逃げ出した。


 偶然聞いてしまった彼らの会話――俺のために、俺をパーティから追い出したって?


 この先、俺を守ることができないから?


 ふざけるな……ふざけないでくれ!!


 魔灯石を使った頼りない街灯に照らされた大通りまで出ると、そのまま街の市門へと走る。

 ちょうど、駅馬車が街を出発するところだったのか門の扉は解放されていた。

 俺は馬車の脇をすり抜けるように門を飛び出していく。


「ちょ、おいアンタ! こんな時間から徒歩で街を出る気かよ!?」


 守衛ガードが叫ぶ声も置き去りに、ただひたすらに真っすぐ走り続ける。


 街道も無視して、草原をただ真っすぐ、真っすぐ――。




 そうして、気づけば街から少し離れたところに広がるフォルガドネの森の中にいた。


 ずっと走り続けてきたので、心臓が喉のあたりにあるみたいに鼓動が激しい。


 いつの間にか空は厚い雲に覆われ、雨が降り始めていた。



 モルドガッドを出てから何時間経ったのかもわからない。


 一本一本が神殿の柱ほどもある森の木々の隙間から、雨が地面に降り注ぐ。


 地面はたちまちぬかるみ、俺の身体は泥だらけになっている。まったく憶えていないけど、何度か転んだりしたのかもしれない。


 手足は身体から重たくぶら下がり、結局食事もできなかったから体力も限界だ。

 それでも俺は足を止めることなく、とぼとぼと森の奥へと向かって行った。


 思い返されるのは、先ほどのクライスたちの言葉。


 宿でパーティを出ていくよう告げられた時、彼らが異様なほど冷たく辛辣だったのは、そうでもしないと俺が危険を顧みずに獣侵領域までついて来かねないからだったらしい。


 彼らの力では俺を守り切れないから……


「なんだよ……それ……」


 この三年間、俺は俺なりにパーティの役に立ってきた自負があった。

 旅を始めた頃は戦いをリードすることも少なくなかったし、クライスたちのレベルが上がってからも《壁作成》は彼らの戦いに貢献できていたはずだ。


 けれど俺は、彼らに対等な存在として見られていなかったんだ。


 不必要になった俺をお払い箱にすることと、必要としてるけど仕方なく置いていくことは、似ているようでまったく違う。


 宿でのやり取りで、俺はクライスたちに裏切られたと思っていた。

 三年ものあいだ気のいい仲間のふりをして、陰で俺をあざ笑いながら利用していた最低な連中だと。


 でも真実は違った。


 クライスたちが俺を裏切ったんじゃない。



 



 彼らは仲間として俺のことを必要としてくれていたのに、俺は彼らが求める実力に達していなかった。


 結果として、彼らの中で俺は「守るべき相手」になってしまった。


 父の姿に憧れ、《壁作成》スキルを得て俺はみんなを守っていたつもりが、いつの間にかそれは逆になっていたんだ。


「は……はは……滑稽すぎるだろ…………」




 既に真夜中はとうに過ぎ。


 じき森の反対側に突き抜けるんじゃないかというほど歩いたところで、俺は足を止める。

 行く手には俺を歩みを遮るように、深い渓谷が広がっていたからだ。


 そこでついに限界を迎えた俺は、木の根のあいだにどちゃりと音を立てて倒れこむ。

 それでも起き上がろうと地面に手を突いた時、指にはまった赤い宝石の指輪が目に入った。


 勇者パーティの仲間の証、シスターリングだ。


 涙がで視界が滲む。

 

「俺が……俺なんかがこれを持ってたらダメじゃないか……!」


 俺は最後の力を振り絞って立ち上がると、人差し指にはめていた指輪をむしり取るように外し、感情のままそれを思いきり投げ捨てる。


 捨てられた指輪は暗い森の中でかすかな光の軌跡となって、すぐ目の前の谷底へと消えていった。


「うあぁぁ…………ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 その力の限りの叫びを最後に、俺の意識は途切れた。



□壁□壁□壁□壁□壁□



 目を覚ました時、雨は止んでいた。

 頭上の枝葉の間から太陽の光が差し込んで、朝の訪れを告げている。


 身を起こす。

 口の中が泥臭い……雨が降りしきる森の中でそのまま寝るなんて、本来なら自殺にも等しい行為だ。


 でも運がいいことに寝ているところを魔獣に襲われるようなこともなく、木々が傘になって雨を遮ってくれたおかげで体温を失い動けないということもなかった。


 もっとも体力の回復は十分とは言えず、手足は痛いし頭もボーっとするけど……。


 このままじゃまずい。

 俺は周囲を見回して、食べられるものを探した。


 幸い、すぐ近くに食べられる実をつける木を見つけた。

 重たい身体を引きずってそこまで移動する。


 見上げれば、少し高い所にいくつかの実をつけている。跳んだところで届く高さじゃないけど、木に登る元気もない俺は、地面に手のひらを向け、念じた。


「《壁作成》」


 僅かなスキルエフェクトと共に地面から厚さ五十センチメートル、幅一メートルほどの「壁」がせり上がり、俺を三メートルの高さまで押し上げていく。

 それはただ土と岩を積み上げただけの不格好な壁だった。

 でも人ひとりを乗せて持ち上げるには十分だ。


 目的の高さに至った俺は持っていた革袋の水で口をゆすぐと、目の前にある木の実をもぎ取り、拭くこともしないままかぶりつく。


 まだ熟す前の実は酸味が強く、あまり美味しくはない。

 それでもその酸っぱさが俺の意識を現実に引き戻し、果汁は乾ききった喉に染み渡る。


 二個、三個と続けて平らげた。ついでに何個か鞄に入れとこう。


 そして木の枝に身体を預けるように寄りかかり、ようやく人心地つく。


 デタラメにさまよっていたせいで、ここがどこかもわからない。


「これからどうしようかなぁ…………」


 勇者パーティを追い出されたからといって、冒険者じゃなくなったわけじゃない。

 だからこれまで通り冒険者として旅を続けて、食い扶持を稼ぎながら生きていくことは、まぁできるだろう。


 でも、俺はもう冒険者としての目標を失った。


 壁のようにみんなを守れる英雄になる――その夢はついに叶わなかったのだ。


「いっそこのまま森で暮らそうかな……」


 ちょっと油断するとそんな自暴自棄なことを考えてしまう。

 ダメだな、まだショックが抜けていないみたいだ。


 ひとまずもう少しここで休もう。

 それから森を出て、食べ物でも娯楽でも何か楽しいと思えることをやるんだ。

 指輪は捨ててしまったので懐は心許ないけれど、まずは心を落ち着けることだけを考えたい。


 その先のことはそれから考えよう……――


 そこまで考えをまとめた時。

 突然木々の向こう側から雷鳴のような音が響き渡った。


 落雷? 爆発? それとも地崩れ?


「いや、これは大きな木が倒れた音だ……」


 直後に「あああぁぁぁっ!」という、悲鳴とも咆哮ともわからない声。

 間違いなく人の声だ。


 人が……魔獣に襲われている!!

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