第3話 10年後
「死ぬんじゃないぞ。」
「分かりました。」
「いざとなったら逃げなさい。」
「それは敵前逃亡になります、母上。」
「命あってこそです。」
15歳を迎えた俺は祖父と母親に見送られて実家を旅立った。
前世の記憶を得てからこの10年、俺は軍人となるために魔術や剣術、そしてサバイバル術など数多くの事を祖父から学んだ。魔術に関しては祖父を遥かに上回る実力を手に入れた。最初の3年は祖父から第一、第二階梯魔術を教えて貰ったが4年目以降は父が勤める東部最大の軍事都市イスタリアの軍事関係の図書館と訓練施設を使って練習を続けた。もちろん、部外者がその様な事をできるわけもないが貴族の特権として利用させて貰った。普通なら下級貴族が通すのはは難しい許可だが、父は完全にデスクワークの人間で図書館や資料室の人間に顔が広かったのが役に立った。
俺は実家から定期的に村に来る行商人に乗っけてもらい旅を続けること2週間、ようやく軍事都市イスタリアについた。軍事都市という名前の通り、街は無骨な城壁に囲まれていて何万もの敵兵が攻めてきても耐える事ができそうな雰囲気を放っている。大きな門をくぐり宿に着くと護衛の代わりにタダで乗せて貰ったwin-winな関係の行商人に挨拶をして俺は中央にある要塞、帝国東部方面軍本部に向かった。
軍本部の入り口で父との面会を伝えるとすぐに中に通された。父の執務室に案内されると来客中だったようで部屋の外で少し待たされた。
10分くらい待たされた後、中から体格のいい若い兵士が出て来た。俺に対して一礼をしたので俺も礼を返した。その鍛え上げられた体はなかなかのもので、本部のデスクワーク組の父のところにいるのが不思議なくらいだった。
「入っていいぞ」
中からの声に従って部屋に入った。
「どうだった、さっきの兵士」
椅子に座っている父が漠然と俺に問うてくる。
「どうとは」
「強いか弱いかだ」
「かなり鍛え上げられた体だと思いました。ですが戦場で生き残れるかは別です。」
俺の答えににやりと笑った。
「辛辣だな。私の父の影響を受けすぎたのではないか?」
「私は死にたくないので」
「死にたくないやつが軍に入るとは矛盾しているな。まぁウチは代々軍に入る家系だから仕方がないか。」
父親は頭をぽりぽりかきながらそう言った。
「それで父上、上司に挨拶に行かないといけないとの事だったと思うのですが」
「そうだった、早速いこう。」
父に連れられて来たのは本部の地下にある訓練室の一室だった。
「本部の中にも訓練場があったのですね」
「ここは軍の偉い人用の訓練場だ。いつもお前が使っていたのは一般兵向けの訓練場の一つだ。」
確かに一般兵と佐官が同じ訓練場を使うわけないと納得しつつ上司が来るのを待った。
しばらく父とたわいもない会話をしていると訓練場のドアが開いた。
父が敬礼するのを見習って俺も敬礼をした。
が、俺は2人の騎士を引き連れて入って来た人物に驚きを隠せなかった。
地面すれすれの黒いマントに金の縁取り。間違いない、この東部方面軍本部でその軍服が許されているのはただ1人。
帝国東部方面軍司令官
オルガ・エルリッヒ上級大将
帝国東部の軍で最も偉い人であった。
てっきり俺が配属される予定の上司か父の所属する兵站部の上司かと思っていた。そしてその人に俺の実力を軽く見せるために呼ばれたとばかり軽い気持ちで来ていた。だからこんな軍の大物が来るとは予想外過ぎる。
確かに父は嘘をついてはいない。上司の上司を突き詰めればエルリッヒ上級大将に行き着く。しかし、この時ほど父を恨んだ事は後にも先にもないだろう。せめて前もって言って欲しかったと。
「楽にしていい。先月のパーティー以来だな、メイナード少佐」
そういえばこの人のエルリッヒ侯爵家ってメイナード家の寄親だったと言う事を今更思い出した。エルリッヒ侯爵家は帝国東部の貴族の中でも1、2を争う名門で当主は代々東部方面軍司令の地位を授かっている軍閥系貴族の筆頭格である。メイナード家は過去に優秀な人材もそれほどいない上に貧乏な男爵家だが、歴史も古い上に長年、軍に貢献していきたこともありエルリッヒ侯爵家の寄子になる事ができている。
なにせ三男なのでパーティーやらお見合いやらとは無縁過ぎてメイナード家との貴族関係をすっかり忘れていた。
「お久しぶりです、エルリッヒ上級大将。今日は我が息子のためにお時間ありがとうございます。」
「いつも長年、軍に貢献しているメイナード家の功績を考えればこれくらいの便宜をはかるのは当然の事だ。」
「ありがとうございます。レオン、挨拶をしなさい。」
「お初にお目にかかります、メイナード家三男、レオン・メイナードです。」
「聡明そうな子だ。では早速あの的に向かって全力の魔術を放ってみなさい。」
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