第9話 豚王③

「さぁ、どうする?」

「俺はリディアを助ける」

「知らない他人が死ぬけどいいの?」

「構わない。リディアが助かるなら俺は人殺しに成ってもいい」


 サリエルの顔を見つめるアーサーの瞳には光が宿っておらず、アーサー自身も自身の身の内から冷たく黒く冷血な感情が昇ってくるのを感じ取っていた。


「な~んだ、そんな顔も出来るんだ。いーんじゃない?」

「いーんじゃないとは?」

「好きな人を護る為なら悪に堕ちてもいいって想える人がいることがさ」

「リディアがどう思ってくれてるかは判らないですけど、少なくとも俺はリディアのことが好きですよ」


 サリエルはいつもの状態に戻ったアーサーに安堵したが現実世界では豚王との戦闘は終わってないことに気を緩めずにはいられなかった。だが、アーサーをこの空間に招き入れたのはサリエル本人であり無策にこの空間には呼び出さない


「じゃあ、話したいことも終わったしッ本題に行こうか」

「豚王のことですか」

「そうそう、今の君じゃあ戻ったところで犬死するのは判ってるよね?」

「そこは判ってます。それでもリディア達が死ぬのはもっと嫌です!」

「だろうね・・・・そこでだけどさ。君には私の力のを借してあげる」

「助力してもらえるのは嬉しいんですけど・・・・返す時はどうすれば?」

「その時が来たら勝手に没収するから安心してよ。じゃあ、力を君に移すから目を瞑ってね」


 アーサーは目を閉じ内心新たな力の借用にワクワクが隠せないでいた。あまりの高揚感と目を瞑るという秘匿感に刺激され薄目を開けると瞳を瞑り唇を重ねようとするサリエルがいた


「うわああああああああああああああああああああああああ!この変態!」

「目開けていいよって言ってないじゃん‼」

「いやいや!さっき会ったばかりの人になんでキスされないといけないんですか!」

「力を貸すにはこれしかないの!」

「キス以外の方法にしてくださいよ!」

「はいはい、キス以外の方法にしますよっと」


 そういうとサリエルは何処か不満げにアーサーの背中を引っ叩いた。あまりの衝撃と痛みに瞳を潤ませサリエルを睨むが、サリエルは不敵な笑みを浮かべていた


「ほらさっさと行きな」

「いわれずともそうするつもりですよ」


 そういうとアーサーの視界が陽炎のように歪み世界が切り替わる


 *


「目覚めの景色が敵の顔面とはね」

「ブフウゥゥゥゥゥゥー」


 アーサーは背中に鋭い痛みを覚えつつも力を込め拳を握りしめる


「キュイイイッ‼」


 豚王は棍棒を振り上げる。握る手は方手持ちではなくより多くの力が籠められる両手持ち、目の前で麻袋の上に仰向けになり、粉まみれなアーサーの小さな体を目掛けて振り下ろす。その瞬間、吹き込み続けていた風が止む


「ッ」


 棍棒の地面を砕く轟音が鳴り響く砂埃とともに白い煙が倉庫に充満する


「我、求めるは始まりの赫 汝、彼の者を灼き穿ち抜く一本の矢となれ【獄炎矢フレアアロー】」


 アーサーの手元には轟々と燃盛る炎の弓矢が現れ矢を射った。超高速の炎の矢は的確に寸分の狂いもなく豚王に命中し炸裂するが、更に爆破は肥大化し倉庫を木っ端みじんに吹き飛ばす


「あそこ迄の薄力粉があるととんでもない威力になるな」


 アーサーの倒れていた場所は運が味方したのか薄力粉が詰まった麻袋の上だったのだ。豚王の攻撃が当たる直前に避け、外に避難し立て続けに【火極性】魔法で攻撃し倉庫もろとも吹き飛ばす。


「案外、うろ覚え知識でも役に立つもんだな。まぁ、使い古されて摩耗しきったテンプレだけどな」

「ヒュイイイィィィ・・・・キュイイイイイィィィィ‼」


 全身に重度の熱傷を負いながらも豚王は雄叫びを上げ黒煙の中から姿を現す。だが、あからさまに豚王の治癒能力は落ちている


「第二ラウンドだ」

「グググ・・・・・」


 アーサーは足元からマチェットを拾い上げ嗤う、豚王もまた嗤った。状況はアーサー優勢に動き始めてはいたものの依然として豚王のほうが一枚上手なのは変わらない。風が凪ぎ、鳥たちが凪ぎ、聞こえるのは民家が崩れ落ちる音だけ

 豚王がアーサーを吹き飛ばした突進よりも尚、速く駆けた。二足歩行から四足歩行に切り替えたスピード極振りの突進

 それに対し、アーサーはマチェットを構え外道な人間がするようなニヒルな笑みを浮かべる


「『平伏せ』」


 その言葉が響いた瞬間、豚王が地面にめり込む。豚王の周りだけに薄黒い魔力の柱が立ち抑えつけるように豚王の体を地面に固定している


「てやああああああああああ!」


 抑えつけられた豚王に三節棍による打撃が炸裂する。その主は灰色と純白の体毛そして尻尾と犬耳を持つ少女アルテミス


「アー君!」


 民家の屋根の上で魔杖をブンブンと振るのは漆黒の髪を持った少女のリディア


「リディア達⁉なんで」

「アーサーだけ格好よく死なせるわけないじゃない」

「そうだよ!アー君はの旦那様になるんだから、ここで死んじゃだめだよ!」


 二人はアーサーの下に駆け寄ると血の海に沈んでいる豚王を睨みつける。そんな二人の覚悟の眼差しを見たアーサーは出かけた言葉と怒りを飲み下した。


「二人とも来てくれてありがとう」

「あんたが死んだら目覚めが悪くなるからに決まってるじゃない」

「アー君、こんなこと言ってるけど一番心配してたのはアルテミスだからね」

「違うわよ!心配なんかしてないから!」

「泣いてたのに?」


 二人の口論?に割って入るようにアーサーが言葉を発する


「喧嘩中申し訳ないけど、海水浴が済んだみたいだよ」

「そうみたいね」

「私たちなら絶対に負けない!」


「ブロロロロ」


 豚王は腹側を自身の血で染め上げた状態でのっそりと立ち上がり三人を睥睨する。並みの生物なら腰を抜かし失禁してしまう殺気を向けられるが、アーサー達は睨み返した


「第三ラウンドは1on3で行かせて貰うぞ豚王」

「・・・・・」


 *


「『捩じ切れろ』」


 戦闘開始の火蓋はリディアの声と共に発動した捩じ切る魔力の本流によって切られた。豚王の脇腹を抉り取り一瞬の隙が生まれる


「リディアは援護の為に別地点に移動、アルテミスは俺と攻めるぞ」

「「言われなくとも!!」」


 リディアはアルテミスにモーニングスターを投げ渡しその場を離れ、アルテミスは豚王の間合いを一瞬で潰しモーニングスターを振るう。振るわれた鉄球は豚王の右膝に直撃し骨を砕く


「ブイッ!」


 豚王の拳撃が炸裂するがバックステップで避け、ノーガードとなった左脇腹をアーサーのマチェットが切り裂きダメ押しと言わんばかりに【炎球ファイアボール】を叩き込む


「こいつは再生能力が異常に高い!傷口を焼けば再生が遅くなるぞ!」

「わかった!でも、私は魔法使えないからッ」


 アルテミスは豚王の攻撃を避け、肉体の上に立ち丸太のような腕を駆ける。だが、豚王はアルテミスを振り払おうと腕を大振りに振るが、獣人特有の五感の鋭さと圧倒的な運動能力の前では無意味な攻撃となる


「あんたの殺気は痛いほど感じるのよ!」


 豚王の鼻に強烈な回転蹴りを放つ。あまりの威力の高さに鼻が抉り取れる


「キュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ‼」

「畳みかけるッ!」

「ええ!」


 アーサーはアルテミスと糸を編むような挙動で豚王と距離を詰め攻撃の予備動作が生じる。豚王はその予備動作を見逃さずに両腕で防御姿勢を取る。


「はああああ!」


 アルテミスの攻撃した腕にはが生じ豚王のガードが解かれ、すかさずにリディアの捩じ切る攻撃が発生し右足を破壊され体勢を崩される


「これで終わりだあああああああああああああああ!」


 生まれた大きなチャンスを逃すまいとれ鋭利になった三節棍をフルパワーで刺突、その刺突は鳩尾を捉え肋骨を貫き心臓を突き刺した


「キュボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!?」


 凄まじい雄叫びと吐血を放ち豚王がその場に膝を付いた。粉塵爆発でも膝を付かなかった豚王がその足を地につけたのだ。だが、虫の息ではあるものの豚王には息がある


「アルテミス!とどめを刺すぞ!」

「わかってるわよ!」


 アーサー達も満身創痍が近いながらも豚王に止めを刺そうと駆ける。豚王はよろけながらも立ち上がり迫ってくるアーサーに向かって掌を向け、そのあまりの突飛な行動に一同がフリーズした


『【烈風刃エアロエッジ】』


 その刹那、剃刀のように鋭い風の刃がアーサーを襲う、リディアは疎か五感が鋭いアルテミスでさえも感知できなかった。もちろん、アーサーとて例外ではない

 この時、一同は刮目し体感した・・・・魔法の最高技術である”無詠唱”を

 正面からもろに食らったアーサーは全身から血を吹き出し地面に倒れ血の海を形成する


「アーサー!」

「アー君!」


 リディアとアルテミスの悲痛な叫びが無人の繁華街で寂しく響いた

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る