第13話 同志


 感情を吐き出すことにより、深みに陥っていた心が緩やかに落ち着きを取り戻す。いまはただ、鏡に映るセシリアの姿をぼんやりと眺めている。


 時が止まったかの様に、静寂がこの部屋を支配した――。



 コン、コン。――それまで音のなかった部屋に、扉の外から不躾ぶしつけに音が放り込まれる。


 すぐさま部屋の扉が開いた。


「セシリアさま、入りますよ」


 アイラだな。鏡台の椅子に座っていたオレは、扉を振り向く。


 いつも表現豊かな彼女だが、訓練場で見た気がしたあの一瞬と同じ真顔で、真っ直ぐな視線をこちらに向けている


「アイちゃん、ノックしてそのまま入ってくるんじゃなくて、どうぞって返事が聞こえてから入るようにしなきゃダメよ。それで、何かあったの?」


「はい、セシリアさまが今朝からずーっと、変なのです」


「うん、ちょっと調子が悪くて、ね」


「はい、それは聞いたのです。元気な声を聞かせてくれないのです」


「え? あ、あぁ、ごめんね。もうちょっとしたら良くなると思うから」


「もう、いいのです。姿かたちはセシリアさまそっくりなのですけれど、わたしは常にセシリアさまの側におつかえていましたからわかるのです。本当のセシリアさまは今どこに居るのですか?」


「どこにって…………」


 アイラの質問に答えが詰まってしまった。そのとき、アイラは右手に隠してた短剣を手に構え、寄ってきた。オレは咄嗟に左手を前に出し、水魔法で部屋中の水分を集めて即、氷と化し、それを盾に短剣を受け止める。


 カラーン……と、乾いた音が部屋に響いた。


「そんな魔法、セシリアさまは使いません。 お話の仕方も、仕草も、歩く音も全然違うのです。それにリューグとの稽古でもっ、セシリアさまなら、ババーンってやって、ドーンッて相手を打ち負かしていたはずなのです! あんな風にスーッてやって、トンってやったりしないのですっ! セシリアさまは……セシリアさまはぁ……どこにやったのですかぁ!」


「オレが知りてーよ! アイツが何処に居るのか聞きてーのはこっちだ!」

 

 しまった! つい感情をぶつけていまった。


 涙目でオレに問い詰めてきていたアイラが「うっ、うう……」と呻いて――、


 うわぁぁぁーーん 「ゼジリアざまを返しでぇぇーぇえ」


 その場でしゃがみ込み、泣き崩れてしまった。オレもアイラの前にしゃがみ、なだめようと試みた。


「わかった、落ち着け。な? オメーも一応、騎士だろ、な? な?」


 う、わあぁぁぁぁーーーーぁん 「ゼジリアざまぁーぁあ」


 ど、どうする? 余計に激しくなってきやがった。右を見て、左を見て、あー、もぉ、コイツはどうもできねー。目の前で女の子に泣き叫ばれ、頭がパニックになり、わたわたしてしまう。


 アイラの頭を両手で抱きしめ、そのままそのおでこを、オレの胸に押し付けてやる。落ち着け、少し落ち着いてくれ。


 アイラの声が少し小さくなってきた。アイラの頭をぎゅーっとしていると、ポカポカとお日様の香りがして、なんだかこころを楽にしてくれるような気がした。


 左手で背中に触れてやり、オレは右手で頭を優しく撫でていた。こうすることで、アイラの暖かさがオレの身体中に行き渡り、自分自身が落ち着いてくることを実感する。


 ひっく、ひっく……ぐすん。ぅう。――アイラが泣き止み、両手でオレの胸を、ぐっと押し退ける。


「やめて下さい。……セシリアさまの匂いやぬくもりまで真似しないで欲しいのです」


「あ、あぁ、すまねーな。だが、ひとつ約束してくれ。この体は間違いなくセシリアのものなんだ。なんとしてでもセシリアに戻さなきゃならない。だから、――どうかこの体を傷つけないでいてやって欲しい」


 アイラの泣き腫らした目を真っ直ぐに見て、言い聞かせる様にゆっくりと話す。


 昔からなぜかセシリアを見ていると、どうしても放っておけない気にさせやがる。亡くしたアイツに似ていて、どことなく重ねてみているとでもいうのだろうか。自分で選択したことならばともかく、もうあれ以上、理不尽な目には遭わせたくはないんだ。


「…………」


 こちらを見ているだけで、アイラは何も言わない。だが、オレと同じくセシリアのことを、ただただそれだけを案じていることだけは分かる。


「アイラ、オメーには話しておく。オレはジェリドだ。色々あって昨日はラヴィたんの体を借りていた。――それが、何故か今朝、起きたらこの体にオレが入っていて、セシリアは姿を現さねーんだ」


「お話についていけないのですが、ジェリドさま? なのですか。セシリアさまのお体を借りている、と? だったらすぐに出て行ってあげて下さい。セシリアさまがお可哀想なのです」


「オレだってできるならそうしてーんだが、ラヴィたんに戻るにしても、セシリアのチカラじゃなきゃできねー。だから、セシリアが何処で眠っているのか、どうすれば起きるのか、調べて、なんとしてもアイツを元に戻してやらなきゃならねーんだ」


「なにか、心当たりがあるとか? なにか見当はついているのですか?」


魔邪の指輪マージャリング……オレとの一騎討ちでセシリアが使わされた道具だ。おそらく、そいつが絡んでいるはず」


「魔邪の指輪なのですか。聞いたことありませんね、とにかく、それを探してなんとかしたら良いのですね?」


「いや、ちょっと待て。たしかこの引き出しに……」


 セシリアがマージャリングを取り出していた飾り棚を探り、リングの入った箱を取り出す。


「あった。これだ、石が割れてはいるが、昼からコイツをセシリアに渡し、ややこしくした張本人のところへ行くことになっている。そいつから情報を聞き出してきてやる。場合によっちゃ、ただじゃぁおかねー」


「わたしも行ってギッチョンギチョンにしてやります」


「いや、待て。まだ、そいつが悪いと決まった訳じゃねー。それに、オメーが太刀打ちできる相手じゃねーからな」


「でも、わたしはセシリアさまの側仕えなのです。付いて行くのですからね」


 ガキんちょ連れて、王国騎士団長マルコムに会いに行くことになってしまった。

 しかし、アイラがこの部屋に来てくれて良かったとも思う。ひとりで居たら、考えもまとまらないまま時が過ぎていた可能性もあるし、コイツがセシリアのために泣き喚いてくれたお陰で、オレも気持ちが整理できた。


「アイラ、――ありがとよ」


 アイラは突然のお礼に首を傾げていたが、ポンと手を叩く。


「はい、任せてください。わたしが付いて行ってあげますから、もっと安心してくれて良いのです」


 そーじゃねー。コイツが付いてくるってことが不安でしかなかった。

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