第12話 腹心を布く


 セシリアが目覚めない。ただ、その事ばかりで頭の中がいっぱいになっていた。


 体を動かして、剣の衝撃を受けていればセシリアが起きるかもしれない。そして、乱取りにて、若手の中で頭ひとつ抜けているリューグに稽古をつけてやる事にした。


 木剣を取り、皆が注目するなか、ゆっくりと訓練場の真ん中へと進み出る。


 リューグは少し目つきを鋭くしてこちらを見て。片方の口角だけを上げている。不敵な笑みってヤツだ。

 副団長に対しての礼儀は一応、取ってはいるが、なーんか微妙にこっちを舐めてる雰囲気があるんだよなぁ。


「よろしくお願いします」


 お互いに中段に構える。


 一呼吸置いて、リューグは打ち掛かってくる。一歩目が速い、構えた剣をそのままに、オレの胸を突いてくる。うん、シンプルに速さを重視した良い選択だ。


 オレは落ち着いて、突いてきた剣の切先にこちらの刃先を沿わせ、力に逆らわず、右へなし、そのまま、上から剣を押さえる。

 リューグは上から押さえ付けられた力に逆らわず、剣を横に、流れる動きでオレの足元を薙いできた。

 この一連の動きは稽古を繰り返し、体に覚え込ませた動きだ。オレは薙ぎ払う剣の軌道ギリギリのところまで一歩退く。


 退いたオレに対し、リューグは更に踏み込んで、左上段から木剣を振り下ろす。オレは横手に構えていた木剣を下から上に弾く、次は、右、左、左、と、弾かれた側から連撃を打ってくるが、全て弾き返す。


 しばらく彼の剣の動きに合わせ、弾き返す。躱す。なすを繰り返す。

 ……剣の動きは滑らかで、速く、しかも力強い。だが、飽きてきた。特に、肩の筋肉の動きにクセがあり、どこを狙った攻撃がくるのか、わかるようになってきた。


 「おぉ、凄い」「セシリア副団長が防戦一方だ」「セシリアさまぁ」「リューグが押してるぞ」「うおぉぉー!」「やっぱりリューグ半端ねーっ」


 暫く続くお互い踊っているような流麗な動きに、外野も騒がしくなってきた。


 そろそろ、もぉいいか。リューグの動きは速く、次の手、次の手を論理的についてくる。つまり、非常に綺麗だ、綺麗過ぎるが、故に。


 リューグが右、オレが沿わせて上に弾くと、次はこうで、オレが……、で、ヤツは……。と、先が読みやすい。


 だから、あの位置だな。オレは瞬時にリューグの先の先の動きを読みきった。


 体を沈ませ、右手一本で持った木剣をリューグの死界となっている右横から、何もない空間に、そっと剣を突き出していく。

 ヤツが狙いを付けたオレの左足元に注目がいった。そのタイミングで、一瞬、死界が出来るのだ。

 オレの体は右足を軸に左へ90度回転、そして、リューグの喉元がオレの剣に吸い寄せられる。


 オレは、寄ってきた彼の喉元を右から突いてやった。「ぐっ」リューグが呻く。


「これで、一本。かな」


「え?」「なんだ?」「わざと負けたのか」「あれ?」「リューグのヤツ自分から……」「今のはたまたまだろ」


「なんだ、なにが起きた?……はっ! ――も、もう一度、お願いします」


 リューグがまた、突っ込んできた。納得てきていないのだろう。


 二、三手受けたあと、オレはもう一度、先読みして彼の三手先に手元がくるであろう空間に、死角になる角度から、腕だけを伸ばし、ゆっくり剣を差し入れてやる。


 するとまた、差し入れた剣に吸い込まれる様に、リューグの手首が速度を上げて迫り、衝突手前で気がついた彼が剣を止めようとするが――、


 カラーン……


 オレの剣に手首を衝突させ、彼は剣を地に落とした。


「な? バカな、なぜそんなところに剣が……。どういう事だ? 教会あがりが、なにか魔法をつかったのか?」


 彼はぶつかった手首を抑えながら俯き、ブツブツと呟いた。一瞬、辺りは鎮まり、


 うおぉぉーーーーぉお!


「まただ、またリューグから当たりにいった」「なんだ、さっきから」「魔法か?」「すげー」「セシリアさま?」「おー!」「さすが天才魔法剣士」


「もちろん魔法ナシの乱取りよ。木剣を調べてみればわかるわ」


 魔法アリなら表面にミスリル加工されている木剣を使う。魔法ナシ用の木剣は使用者の魔力に触れると、変色するように加工されている。


 わりーなリューグ。オメーの剣は綺麗すぎて、読みやすいんだわ……。


 オレの顔を訝しげな表情で、じーっと見ているアイラと目があった。オレの鼓動が跳ね上がり、おそらく、目を見開いてしまっただろう。――何か悟られたか?


「アイラち……アイちゃんお願い、彼の手首、癒してあげて」


「はい、わかりました……」


 アイラの表情が一瞬消えたように感じた。だがもう一度見るといつもの表情でリューグの手首を癒している。


 そして、リューグの方は紫色の瞳でキッと、オレをキッと鋭く睨み、


「魔法ありの対戦ならば、このような……」


 なにか、ブツブツ口にしていたが、負け惜しみのたぐいだろう。

 悔しさは成長のため、真っ直ぐ飛び立つバネにもなるが、少しズレると非常に危険なバネになってしまう。誰かが見といてやらんといけねーかもしれんな。



 ……おおかた予想はしていたが、セシリアのヤツ、やっぱり体を動かしても、目覚めねー。


 オレ自身も体を動かしスッキリするどころか、不安が増すばかり。オレは訓練を早めに切り上げ、一度セシリアの部屋に戻ることにした。



 ――――――



「セシリア、シャワー浴びるぞ、すまねーな」


 オレは独り言ち、サッと熱めのシャワーで汗を流した。服も何を着れば良いのか分からず、引き出しを開けて、あるものを適当に着る。


 そして今は鏡の前――


 「…………」


 オメーは今、どこに居る? この体ん中に居るんじゃねーのか。


 パァーッン!


 左右の手で挟み込む様に両頬を叩く。


るんなら早く出てこいよ! なにやってやがんだ! オメーの体だろ、だったらオメーで動かせや!」


 ひとりで考え込むと、どうしても暗く、悪い方へと思考が沈んでいく。

 オレがセシリアの精神を追い出し、この体を乗っ取ってしまったとでもいうのか。まさか、ホントに消えちまったんじゃねーだろーな!

 消えんなら、アイツじゃなく、――このオレで良いだろうがよっ!!


 なんで、アイツが居ねーんだよ!


 ドンッ! 鏡台のテーブルを両拳で叩き、下を向く。そして、ゆっくりと鏡の中の顔を見る。頬を一筋の涙が伝っていた。



 ――セシリア・アルデレッテ


 最初にオレが会ったのは彼女が十歳の時だった。

 元々は教会に居た魔力持ちの娘であったが、なんでも、計り知れない魔力量のせいで魔力を制御出来ず、強奪犯と周りの建物を魔法の暴走で焼失させてしまい、罪に問われるところを前王国騎士団長アルバートが拾ってきたらしい。


 オレは初めて会ったセシリアを思わず凝視し、その場で固まってしまい、彼女を怖がらせた。髪の色、目元、口元の雰囲気に生前の妻の面影を映し、そのまま幼くした様でいたからだ。瞳の色以外、話す声音もよく似ていた。

 もし、オレたち夫婦の子が居たならば、こんな子供だったろうか。そんな想像を勝手にしていた。


 常に何かやらかしそうな雰囲気を感じとっていたオレは、王都に居る時にはどうしても目が離せず、面倒をみつつ、剣や魔法の扱い、騎士としての心得なども教えてやった。

 妻を手離し、そして先立たれたことによる罪の意識から、オレの見るものは全てが色の無くなった世界、だが、コイツと接しているときはオレの罪の意識は鳴りを潜め、景色を彩った。


 思い返してみれば、コイツには好き放題されていたし、文句ばかり言われてた気もするし、かなり嫌われていたのかもしれねーが。


「何処に隠れてやがんだ。どんなとこでも、いつでもオメーと変わってやっからよ、早く姿をみせろや、……バカ小娘が」


 声にならない震えた声を心の奥底から吐き出していた。


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