天才小娘に居候の騎士団長 〜体が無いなら借り暮らし〜

第11話 目覚め

　窓からは優しい光が差し込み、小鳥たちの鳴く声が鼓膜を叩く。そして、徐々に耳から脳に伝わるようになり、染み込むのは蝉の大合唱。

　あー、朝からうっせーなぁ……。もっと静かに鳴きやがれってんだ。目覚めてすぐこれじゃうんざりするぜ。

　掛けられていたガーゼゲットを下にずらし、起き上がった。

「ん？　いつの間にセシリアのベッドに？」

　首を左右に振り、そして、徐（おもむろ）に下を見る。胸を下から手で包んで、ぷにっと揉んでみる。

　柔らかい感触の残る手のひらをゆっくりと持ち上げ、目の正面に見る。剣ダコはあるが白くて細い指が付いている。

　……まーた、セシリアの体に入っちまったか。どうなってやがる？　時間が経つとセシリアの体に戻るのか、寝たら戻るのか、はっきりさせておく方が良いだろう。今度、昼寝でもしてみるか。

「さて、っと」

　オレが体動かしてりゃ起きるだろ。先ずは大切なラヴィたんをそぉーっと飾り棚の上に載せて、耳の形や手足の位置を整えてやる。よしっ、なかなか良い感じに、ラヴィたんの魅力を引き出せているな。満足したところで、

　おーい！　朝だ、とっとと起きやがれ、セシリアー！　早くオレをラヴィたんに戻してくれー！

　心の中で叫んでみる。

　「…………」

　ちっ、ねぼすけめ。――つっても、まだ、朝の訓練までには時間あるしな。顔でも洗って適当に朝飯でも食っといてやるか。

　顔をパチャパチャ適当に洗って、ふんわりタオルでゴシゴシ。しばらくすると扉がノックされる音。そして、アイラが入ってた。

「セシリアさま、朝食のお迎えにあがりました。もう準備はよろしいですか？」

　……まずいな、セシリアのやつ、まだ起きてこねーぞ。とりあえず、セシリアを演じるしかねーか。

「アイラち……、アイちゃん。今日はちょっと調子が良くなくて、まだ準備できてないの。髪の毛もまだ寝起きのままで……」

「では、今日は久しぶりに、わたしが編んでもよろしいですかー」

「うん、ありがと、お願いね」

　よーし、よしよしよし、良い子だ、アイラ。褒めてやるから近（ちこ）うよれ。

　っていうか、オレ、コイツの髪の毛とか整えられるわけねーし、そもそも編み込みとかやったことねーしな。

　調子が悪いという口実で、朝の準備を全てアイラに任せ、オレはぼーっと鏡を見ているだけで、なんとか朝の準備はできた。

　アイラは辺りを見回し、飾り棚で魅力を振り撒いているラヴィたんを突っついたり、声を掛けてみたりしている。

　オレのラヴィたんに、なに気安く触れてんだ？　テメー、コラ。

「うーん、ラヴィたん、おとなしいですね、もしかして魔法を解いちゃいました？」

「ううん、解いたというよりは、解けてたって感じ、かしら。朝起きたらこんな状態だった、の」

　セシリアの話し方を真似してはみるが、どうも話してて首筋がむず痒くなる。アイツが喋ってるときは自然に聞いていられたのだがな。

「そうなのですか、このままでも可愛いのですが、動いてるラヴィたんって、お話はちょつと生意気な感じなのですけど、それも含めて、ずーっと見ていたくなるくらいに愛らしかったので、残念なのです。……えへへ」

　笑って見せているが、アイラは少し寂しげな表情をみせていた。

　準備を終えたオレたちは朝食を摂りに、食堂へと向かった。

　――――――

　早く起きてくれ、セシリア！　こころの中で叫ぶがセシリアの意識をどうしても感じ取ることができない。あまり長くセシリアを演じ切れる自信もない。

　それより、なによりも、考えないように意識していたことが頭をよぎる。――オレがこのセシリアの体に居るせいで、アイツの精神が消えてしまった。などという事は……。

「……リア……まっ！　セシリアさまっ！」

「え？　あぁ、アイラか。あ、いや、アイちゃん、どうしたの？」

「なんだか、やっぱり少し様子が変なのですよ。調子が悪いと仰ってましたが、お食事も進んでないのですし、今日はも……………」

　どうすればセシリアの意識を、呼び起こすことができる？　考えろ、考えるんだ。何か方法は……方法は……。

「……シーリーアーさーまぁーーっ」

「あ、あぁ」

「もぉーっ！　やっぱり聞こえてなかったのですね？」

「へ？　あ、ごめん、アイちゃん」

　――いかん、セシリアのことばかり考えて、無意識のうちに生返事ばかりしていたようだ。

「え？　ええっと、大丈夫よ。心配かけてごめんね」

「んー……ぜんっぜん大丈夫そうには見えないのです。ひとまず、朝の訓練はお休みにしましょう」

「そういうわけにはいかない、わ。今日は若手が中心だし、これでも副団長だし、みんなも副団長が見てくれているって思うと、訓練の取り組み方も違ってくるもの。みんなの力量は上がって欲しいからね」

「そうなのですね。色々考えていらしてて、セシリアさまはやっぱりすごいのですっ。でも、またわたしのお話を聞いてなかったら、絶対に休んでもらうのです！」

「そ、そうね、わかったわ」

　アイラの話には注意を傾けとかなねーと、強制休養させられそうだ。朝食を終えたオレたちは、そのまま屋外訓練場へと向かった。

　――――――

　訓練に参加とはいっても、やはりセシリアが起きてこない事が気になって、ほとんど見てるだけだった。――そんな中、目を引く人物が一人、濃い赤髪の青年、リューグ・サンダース。コイツは乱取りが始まってから、相手を次々と薙ぎ倒している。

　素直で、なかなかいい動きをしているな。自分の剣に迷いがみられない。ひとつひとつ、剣の動作が途切れず、流れる様に滑らかで無駄がない。理に適った動きをしている。

　セシリアにはほど遠いが、今日、ここに居る若手の中では相手になる者がいないだろう。暫くすると、彼の周りの相手全員が、一本を取られていた。

「セシリア副団長、よろしければ一手、御指南お願いできますか？」

「そうね、他に相手も居ないようだし、ちょうど手持ち無沙汰だったし、ね」

　色々と考えすぎていて、頭の中の思考が絡（から）まり合って、まとまらない。

　一度、剣術で体を動かし、汗を流したら少しはスッキリするかもしれねーしな。

「おっ！　面白そうだ」「セシリア副団長とリューグの手合わせか」「さすがに副団長でもキツいんじゃ」「勉強、勉強、勉強ー！」「セシリアさまの華麗な動きが見れるぞー」「どっちが勝つかな」「リューグ半端ねーから」

　図らずも皆の注目を浴びていた。

　オメーらがリューグの相手にならなかっただけだと思うぞ。もっと鍛えてやらねーと、いざという時に戦力にならねーんじゃないか？