第10話 一日の終わりに


 お湯に浸かって目を閉じた気になると、心なしか漂うシャンプーの香りがオレの気持ちを落ち着かせ、癒してくれる。


「あ、こんなところに。たんこぶ?……癒しておきますね。セシリアさまが森の魔物相手にお怪我されるだなんて、珍しいのですね」


 アイラがセシリアの後頭部に手を翳す。この子は、癒しの魔法を使うことができる。今は見た目ただのマスコット的存在なんだが、騎士団で重要な役割を担う存在になる、予定だ。


「そうなの……あ、そうだ。アイちゃん、魔物の森にはしばらく行かないほうがいいかも。今日は森の深くには行ってないんだけど、キャコタウルスが出てね」


 パン! アイラは手を胸の前で合わせ、まん丸な目を輝かせた。


「おー、聞いたことあるのです。雄牛さん型でー、すーっごく美味しいお肉の魔獣なのですよね? もしかしてー、今日のご飯に出てくるかなー? ご馳走ですよねー、楽しみだなー、あー、もぉ素敵です。セシリアさま、凄いのですっ!」


 えっ? そっち? そっちね? むっちゃ、強い魔物で、倒すの結構大変だったんだけど、強いっつーより、むっちゃ、うめー魔物っつーイメージで感動するヤツね……。


「あははは……えーっと、うん、そうよ、合ってるわ。でも、凄く強いからね、アイちゃん。だから、出会っても手を出しちゃダメよ」


 ――ダメだ、アイラのヤツ、危険だっつーことセシリアの言い方じゃ全然わかってねーぞ。


「おー、ついでにミラージとボアも狩ってきたから楽しみにしとけ! ただし、しばらく森には近づかねーこと。これが守れねーなら、オレらが狩った肉は食べさせねーかんな」


「あぁ、ウサギ鍋と牡丹鍋ですねー。わかりましたぁ、全力をもって近づかないでおくのです。でも、ラヴィたんってー、動くようになったばかりなのに、寮のこととか魔物のこととかよく知ってるのですね。なんだか不思議なのです」


「うん、ラヴィたんが魔法で動き出す前から、わたしが言い聞かせてあげてたからね。アイちゃんも色々と教えてあげてね」


「はい、わかりました、セシリアさま。じゃー、ラヴィたん。わたしのことはアイラ先生って呼んでも良いのですよ」


 オレを洗濯ネットごとたらいから持ち上げる。目の高さをオレに合わせて、無邪気な笑顔をみせやがった。


 ――近すぎっ! ガキんちょっつっても、体だきゃぁ一人前いっちょめーに、セクチーになりつつあんだからよぉ、ちったぁ恥じらいやがれ!

 ……って、なんでこのオレ様がガキの裸でドキマギしなぎゃなんねーんだよ。このタコ。


 まぁ、とりあえず落ち着こう。


「よーし、セシリアーー! 次から、水着を着て入ろーなー。そんならオレも洗濯ネット要らねーしよー。それと、早く洗い終わって出よーぜー」


「なんで少し棒読みになってるのよ。まぁ、いいわ。わたしの髪が洗い終わったら、アイちゃんの髪、洗ってあげたいんだけど、ジェリドはまだお湯に浸かっとく? のぼせてない?」


「ヤバくなったら言うから、まだ大丈夫だ」


 先にオレだけ表に出されても、洗濯ネットのまま脱衣所を歩き回ってたら、どっか連れてかれそうだしな。

 オレは軽く魔法でお湯をぬるくした。


 しばらく二人の仲の良いじゃれ合いを見せつけられ、なんだか尊い心地にさせられた。そして、もう、どうでも良いやと開き直り、セシリアをぼーっと眺めながら、ここに来た時と比べ、なんだかんだで成長しやがっもんだなぁ、と感慨にふけり込んでいた。

 はっと気がついた時には、のぼせていて、風呂上がりに足取りが怪しくなっていた。



 ――――――



 はぁ、なーんか風呂入って余計に疲れたぜ……。


 夕食にキャコタウルスのステーキが出てきた時には、みんな大いに盛り上がった。そして、噂話があちこちに花開いている。


「おい、聞いたか? セシリア副団長と魔法のぬいぐるみだけで討伐したってよ」

「そりゃ、いくらなんでも話、盛り過ぎだろ。以前、中隊で討伐行った時は、最初に発見した小隊が全滅していたらしいじゃねーか」

「いや、しかし、このステーキは……」「天才魔法剣士……か」「あの歳であの溢れる才能」


 ステーキが出た時はざわつき、天才、と言葉が出た後、みな、黙り込み、セシリアに視線が集まった。彼女は引き攣った笑みを浮かべ、聞こえない振りをして黙々とご飯を食べていた。


「でも、何処から受けたのかすら気付かない攻撃で、途中気を失ってたし」


 セシリアがポツリと呟く。


「でもな、オメーが正面からぶつかっていったからこその、あの勝利だ。堂々と誇っていい」


「うん、ありがと」


 あまり納得いかない顔をしてるが、本当にオメーの頑張りのお陰だぜ。――そして、セシリアの前ではアイラが納得の表情でステーキの味を噛み締めていた。



 ――――――



 部屋に戻り、落ち着いたところで、今日一日で起きたこと、そして、オレが一騎討ちに破れ、眠っていた間のことも、今は素直に話してくれている。


「そうか、ダンバー子爵は投降して、そのうち処刑……か」


「ええ、その代わり、ニ人の娘さんは教会で修道女として生かされることになったわ。息子さんは残念だけど連座ね」


「だが、余りにも急過ぎねーか? 弁明も聞かず、内密に取り潰しが決まって即、たまたま近くにきたオメーが、少数で攻め込んできたろ? その罪状も外患誘致って話らしいが、新しい動きは隣国の領主の娘を第に夫人に娶っただけだぜ? そんなのはどこの領主でも普通にあるだろ」


「そうね、でも色々調べはついてるんだって。戦争後、団長が宰相閣下に連れられてダンバー領に出向いたのも、その確かな証拠を得るタメだって聞いたわ」


「ふーん、わざわざ、宰相さん自らねぇ……」


 確かに、ダンバーのおやっさんは隣国ペルジアンの領主達とも交流があって、時折出向くこともあった。だがそれは、うちの国にペルジアンの情報もたらす為の交流でもあったし、実際にこれまでも役に立ってきた。それをいきなり確かな証拠もなく取り潰し、後で証拠を挙げにいくなど強引にも程がある。


「あー、やめだ、なんか考えてても分からんことだらけで、キリがねーや。明日は朝から訓練なんだろ? もう寝るぞ」


「うん、昼からは壊れた指輪……を」


 まーた、下を向いて心配しやがって。面倒くせーやつだ。


「はいはい、明日どうなるか不安だったら、ちゃっちゃと明日を迎えて、明日という日を終わらせに行こうぜ。」


「よし、そうしましょ! じゃ、朝になったら起こしてね。おやすみ、ラヴィたん」


「ラヴィたんね、はいはい、また明日。おやすみー」


 ベッドで横になる。目を閉じた気になり、時が経つがなかなか寝付けねー。


「ジェリド……」


 ん? 独り言?


「どうした?」


「ううん、なんでもない。……今日はありがとね」


 後ろの言葉は聞こえないほどかすかな声だったが、オレにはそんな感じに伝わった。


「あぁ、また明日な」


 色んなことがあり過ぎて長い一日が終わった。

 で、このオレの精神がいつまでここに居られるのか。コイツの面倒をオレはもう少しみてやれるのだろうか。暫く思考をゆっくりと巡らせる。オレに……明日は来るのだろうか。


 いつの間にかオレは眠りに落ちていた。

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