第9話 癒しの泉にて


『セシリアさまは、ぬいぐるみに魔法を発動させ、自由に動けるようにした』


 アイラが喜んで他の騎士に話したこの噂は、瞬く間に騎士寮内を駆け抜けていた。新しい魔法の発見はこの世界の発展に大きく寄与する。

 ギルーラ王国の立場が周辺国に対し、優位になることは想像し易い。そして騎士達や研究者の中には、生活レベルの向上だけでなく、新しい魔法を軍事利用まで考える者が必ずと言っていいほど出てくる。


 ざわめく騎士達に、とりあえずオレは大きく右手を振ってみせた。


 うおぉーぉ! 副団長殿ーっ! 素晴らしい!


 歓喜の渦である。涙を見せている者までいる。

(コイツらちょっとおもしれーな、――もう少し揶揄からかってやるか……) などと考えてるところセシリアに後頭部をはたかれ、手を繋がれた。焦りからか、緊張してるのか、セシリアの手のひらは少しじっとりしている。


 アイラより前に進み出たセシリアは目を閉じて、ひとつ深呼吸。オレは手を繋がれたまま、大人しく見守る。


「みんな、ちょっと聞いて」


 目を開け、副団長らしい立ち姿で周りを見回し、静まったところで話し始めた。


「この魔法は偶然発動しただけで、まだ何もわかってないの。それも不完全な魔法で、少し離れると、この子は止まってしまうわ。だから、周りを混乱させない為にも、今は発表はしない。だから完成するかは全くわからないけど、大人しく見守っていて」


「ん、まぁ、そう言うこった。よろしくな! これからオレらは狩りの戦利品を仕分けしたり、やる事いっぱいあっからよ。オメーらはとりあえず解散な、解散! ――いてっ!」


 繋がれてた手が離され、再度セシリアに後頭部をスパーンとはたかれた。

 騎士達はいまだ感嘆の声をあげたり、互いに感想を述べながらも各自去っていった。オレ達は肉以外の狩りの戦利品を受付けの人に預け、騎士見習い兼、側仕えのアイラを引き連れて部屋に戻るとする。


 うん、急遽の弁明にしてはコイツなりによく頑張ったもんだ。まぁ、あの感じならオレがずっとセシリアに付いてっても大丈夫だろう。

 明日、元ダンバー領から戻ってくるマルコムのヤローに会う時も、ラヴィたんのままでいっか。



 ――――――



「……」


 セシリアは部屋に入ってラッシュガードを洗濯カゴに投げ入れた。そして、タンクトップ姿のセシリアがオレをじーーっと見つめてくる。


「ん? どうした?」


「汗で体がペタペタしてるから、夕食の前にアイちゃんとお風呂に入りたいんだけど……」


「おー、セシリアさまとお風呂なのです。やっぱりラヴィたんも連れて行くのですか?」


 む、この展開は……お、おんな風呂? おんな風呂だと? おんな風呂なのか? ガキんちょ二人ではあるのだが、それはそれだ。


「セ、セシリアさまぁ、ラヴィたん、なんだかお顔が崩れて、その……ちょっと気持ち悪いのですぅ」


 アイラは涙目でセシリアにしがみついて肘を引っ張っている。


「あ゛ぁぁん? ひとの顔見て気持ち悪ぃたぁ、なんてこと言いやがんだぁ? オレだってなぁ、日頃の疲れを癒しに風呂ぐれぇ入りてぇーに決まってんだろーが! ――って、いてっ」


「アイちゃん怖がらせちゃダメでしょ! それに日頃の疲れだなんて、今日一日動いただけじゃない」


 セシリアのチョップが飛んできた。――ちっ、しゃーねーな。ちょっと可愛く喋ってやるか。


「ラヴィたん、お風呂に入りたいなぁ。ほら、魔物と戦って大変だったしぃ、ちょっとクチャくなってるかもしれないしぃ。――って、いてっ」


 左右の腕を上げて脇のところをくんくん匂ってみる……と、またセシリアのチョップが飛んできた。


「そんな声出さないのっ! 余計に気持ち悪いわ。――もぉ、そういうのはいいから」


 ――気持ち悪いって言うから、可愛くしただけなんだが……せぬ。


「とにかく、そのまま一緒のお風呂だとアイちゃんが気味悪がっちゃうし、とりあえずこれ被せてお風呂場に連れてくわよ」



 結局、オレは非常に目の細かな洗濯ネットに入れられた。そして、アイラに持たれて、お風呂に連れてかれることになった。……なんかこれ、扱い酷くねーか?

 

 あ、おいコラ、アイラ! セシリアとお風呂が嬉しいからって、洗濯ネットごと、オレをブンブン振り回すんじゃねーよ! このタコ!



 ――――――



 ――お風呂、それは癒しの場。日頃、酷使した体を、擦り減った心をいたわり、自らまとう全てを脱ぎ去り、ありのままの自分を解放する場である。

 扉を開けると白い湯気が漂い、その充満する温もりを感じるだけで、もう既に幸福感に包まれていく。


 ふぅ、あったけぇ……やっぱお風呂は良いねぇ、生き返る心地だぜぇ、って、


「オレだけたらいかよっ!」


 目の超細かな洗濯ネットに包まれたオレは足を伸ばして、湯船の隣に置かれたたらいに浸かり、腕をバタバタさせた。


「洗濯ネットの中なのによくわかったわね。でも、贅沢言わないの。温度がぬるくならないように、魔法であっためててあげてるんだから。もっと感謝しなさいよね」


 セシリアは広い湯船の縁に手の甲を敷いて顎を乗せて、オレを見ている。足を伸ばしてゆらゆらさせて、心地良さそうだ。アイラもセシリアの隣でおんなじ格好だ。


 オメーらだけ広いとこ浸かりやがって、魔法でお湯を凍らせてやろうか。

 まぁ、オレもたらいの縁に頭乗せて、足を反対の縁に載せて、なかなかに心地良い。湯加減もセシリアの魔法にしては上出来だ。広い心を持つオレ様だ、今日のところはお湯を凍らせるのは勘弁してやろうか。


 などと思いながら、ぼーっとお湯に浸かっていると、セシリアもアイラも体を洗いに出てきた。


「それじゃ、お背中流しますねー。わぁ、セシリアさま、ホントお肌スベスベなのですぅ。触り心地良くってなんだかずーっと、泡でなでなでしてたいのです。えへへ」


「あはは、やめてー。うぅぅー、くすぐったいからぁ。もぉー、アイちゃんってば。――でも、アイちゃんのお肌ももっちりしてて気持ち良いよ、羨ましいわ」


 アイラが腕をあわ泡にさせて、セシリアの背中からお腹に腕をまわし、ぷにぷに頬っぺを背中にすりすりしている。

 セシリアはくすぐったそうに肩をすくめ、腕を両脇に寄せて、イヤイヤをするように腰を左右にくねらせ……


 ――って! 見えてんだわ、これ! 最初っからずーっと見えてんの! セシリアのバカ、アイツぜんっぜん気ぃ付いてねーけどなっ、洗濯ネットの目がいくらこまけーつっても、少し白っぽく見えるだけで、普通に見えるからな! このヤロー! なにコラコラタコ! ――ありがとうございます。

 広い心を持つダンディなオレ様だ。ここはなんとか心を落ち着かせて、バレないように大人しくしておこうか……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る