第8話 『お家デート』
おふくろの味とは別の美味しさが胡桃沢の料理にはあって、また機会があるなら食べたいと思える最高の料理だったことは言うまでもない。
「いやー、すげぇ美味しかったな」
「よかった……喜んでもらえて」
「胡桃沢が料理上手なんて知ったら、
「え、なんで?」
「だって一度も食べさせたことないんだろ? それに胡桃沢が料理上手なんて想像つかない」
「
「そのまんまの意味だよ」
「最低!」
本当に微塵も期待なんてしてなかった。
『料理』の練習がしたいなんて言われた時はすごく時間がかかって、俺が毒で何度もやられることになるだろうって思ったし。
でも、実際は違った。
胡桃沢は既に見えないところで努力をしていて、明沙陽に好かれるために頑張っている。俺なんかを
すごいなぁ……俺にはとても真似することなんてできない。
「胡桃沢、お前すごいよ」
「…………へ?」
「俺には好きな人がいないから分からないけど、好きな人のためにそこまで頑張れるのって本当にすごいと思う」
「……そう、かな?」
「うん。そしてそんな胡桃沢に好かれてる明沙陽、あいつは幸せ者だな」
「飛鳥馬くん……」
その後、恥ずかしくてまともに目を見て話すことができなかったが、二人で皿洗いを始めた。
夜ご飯を作ってもらって皿洗いまでさせるわけにはいかないし俺が一人ですると言ったのだが、胡桃沢は「私もやる!」と言って言うことを聞いてくれなかったのだ。
「ねぇ、いいこと思いついたんだけど」
無言で俺がお皿を洗い、胡桃沢が洗ったお皿をタオルで拭いていると、終盤にして胡桃沢が沈黙を破った。
ちなみに胡桃沢の言ういいことは、俺にとってはあまりいいことではないということはわかっている。
「……なに?」
「今日このまま『お家デート』の練習したい!」
「…………は?」
「せっかく飛鳥馬くんの家にいるんだし、『お家デート』の練習したらいいんじゃないかって思ったの!」
……なるほど。
今家には俺と胡桃沢しかいない。
母さんと父さんは帰ってくるのが遅い。つまり、誰にもその現場を見られたり聞かれたりせずに練習を終えることができる。
「……まあ、いいんじゃないか? 胡桃沢がしたいって言うなら付き合うよ」
「やった! ありがと!」
というわけで、男子として女子にされて嬉しいこと『料理してくれる』から継続で『お家デート』をすることに決まった。
皿洗いを全て終え、俺は早速胡桃沢を自分の部屋に案内する。
ベッドと勉強机くらいしかない質素な部屋で、普通の男子高校生のようには散らかっていない部屋。としか言えないつまらない部屋だ。
「へぇ〜? ここが飛鳥馬くんの部屋か〜……すんすん」
「お、おい!? 何してんだよ!?」
「……ん? この部屋、飛鳥馬くんの匂いして落ち着くから匂い嗅いでただけだよ?」
「やめろ! 恥ずかしいだろ!」
「え〜! けち〜!」
なにがケチだ。
異性の同級生に部屋の匂いを嗅がれる身にもなってくれ。
「じゃあ早速、始めよっか」
「……おう」
「まずは中学校の時の卒業アルバム、見せてよ」
「いいけど、俺以外の人の顔分からないんじゃないか?」
「いいの。飛鳥馬くんの写真見たいだけだから」
「あーなるほど…………って、俺の!?」
「? 当たり前でしょ?」
いくら中学の頃の俺を知っている胡桃沢でも、さすがに卒業アルバムを見られるのは恥ずかしい。
俺自身よく卒業アルバムを見ていないため、自分がどんな風に写っているかとかもわからない。
もし変な写真があったら間違いなく笑われて、一瞬にして明沙陽に拡散されることだろう。それだけは阻止せねばならない。
「……それより、一緒にゲームしないか?」
「もしかして卒業アルバムに見られたくない写真でもあるのかな? んんん?」
「……別にないけどね? それよりゲームを――」
「見せて?」
「…………はい」
胡桃沢は一見優しい笑顔で話しているように見えるが、あれは絶対に優しい笑顔とやらではない。
だって漫画とかでよく見るゲス顔の時の影が見えるんだもん。これ、間違いなくヤバいやつだよね。逆らっちゃいけないやつだよね。
というわけで、俺は颯爽と卒業アルバムを棚から引き出し、胡桃沢に献上した。
「へぇ〜? これが中学生の時の飛鳥馬くんか〜」
「胡桃沢、俺のこと知ってたんじゃないのかよ?」
「知ってたよ。でも学校は違うし、ちゃんとは知らないじゃん?」
「なるほど……」
中学の頃の俺が有名だったとは聞いたが、それでも全くモテなかったのはなぜだろうか。やっぱり、顔が悪いんだろうか。
一人で勝手に泣きそうになりながらも、胡桃沢がページをめくるごとに俺の写真を見つけてはその時についてのことを話すというのを繰り返し、しばらく経ったところで事件は起こってしまった。
「あ、ねーねーこれって……」
「ん……?」
胡桃沢が何か聞きたかったのか、俺の方を向く。
そして俺は反応し、胡桃沢の方を向く。
「「えっ……」」
すると俺と胡桃沢の距離は一緒に卒業アルバムを見ていたせいかほぼゼロ距離で、少し動けばキスをできてしまうくらいには近かった。
自然と目は胡桃沢の綺麗な翠眼に吸い寄せられ、至近距離で目が合ってしまう。
間近で見なくても分かることだが、やはり胡桃沢は超美少女なのだと再認識させられる。
俺はこんなに可愛い女子と、毎日のように一緒に恋人がやりそうなことをしていたのか……。
「ご、ごめん。私、そういうつもりじゃ……」
至近距離で目が合ってから数秒後、胡桃沢が耐えられなくなったのかあさっての方向に視線を逸らした。
「わ、私そろそろ帰るね! もう夜も遅くなってきちゃったから」
時間が経つのは早い。
卒業アルバムを見始めたのはついさっきだと思ったが、話が弾んだせいか既に見始めてから一時間半が経過していることに気づく。
「そうだな……駅まで送るよ」
「う、ううん! 大丈夫! 駅まで近いから!」
そして胡桃沢は逃げるように俺の部屋から出ていった。
さすがにまずかったな、あれは。
好き同士ではない男女でも、あれだけ顔が近づいてしまえばどうしても意識してしまう。
「やべぇ……今の俺、絶対顔赤い」
胡桃沢が断ってくれてよかった。
断ってくれなかったら今の顔見られて、絶対笑われていたことだろう。
「ふぅ……」
火照った顔を冷ますように一度深呼吸をし、俺は胡桃沢に「気をつけて」とメッセージを送ろうとすると、既に一件のメッセージが届いていた。
『今日は楽しかった! ありがとう! また明日ね』
今日『お家デート』の練習をちゃんとできていたかはわからない。
でも、胡桃沢が楽しんでくれたのなら良かったと思えた。
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