第7話 『料理してくれる』

 放課後になり、部活へ向かおうとして教室を出たところで後ろから誰かに肩を叩かれた。


飛鳥馬あすまくん、ちょっといい?」

「……胡桃沢くるみざわか。別にいいけど、なに?」

「ここじゃ言えないから、こっち来て」

「え? あ、ちょっ……!?」


 胡桃沢に腕を掴まれ、人気のない場所へと引っ張られる。

 体育館裏まで来たところで、ようやく腕が解放された。


「急にどうしたんだよ。人がいる場所じゃ話せないのか?」

「…………察してよ」

「……え?」


 これは、もしかして告白されるシチュエーションだったりする!?

 目の前には頬を赤らめた清楚可憐な美少女。

 場所は人気のない体育館裏。

 これは間違いない。告白されるシチュエーションだ。

 だが、相手は胡桃沢。そのため絶対に有り得ない。畜生!


「…………したいの」

「うん?」

「練習、したいの」

「……」

「飛鳥馬くんの家で『料理』の練習、したいの」

「……俺の家で!?」


 確かに男子として女子にされて嬉しいことで『料理してくれる』を挙げたが、それを俺の家でやるって言うのか!?


「てかそれ、こんな人気のないところに来てまで言うことじゃないだろ」

「……ドキドキしたでしょ?」

「確かにしたけど……まさかそのためだけに?」

「うんっ」


 もはや意味がわからない。

 俺をドキドキさせるためだけに。ただの仲間パートナーである俺をドキドキさせるためだけに、人気のない場所まで連れてこられた。

 それ普通、俺じゃなくて明沙陽あさひにすることだろ。


「はぁ……」

「告白されると思った?」

「……いや?」

「絶対思ったでしょ」

「うるせ。『料理』の練習は俺の部活が終わったらな。じゃあ、早く部活行かないといけないからまた後で」

「逃げた」


 胡桃沢の言う通り、俺は最終奥義『逃げ』を使ったため何も言い返すことができない。

 というわけで無視をし、胡桃沢を体育館裏に残して競技場へと向かったのだった。



 部活が終わって胡桃沢と合流すると、胡桃沢の様子が少しおかしかった。

 妙にそわそわしている気がするけど、気のせいか?


「胡桃沢」

「ななななに!?」

「いや、なんでもない」

「そそそそう! なななならよかった!」


 合流してからずっとこんな感じだった。

 俺が部活行く前は普通だったのに、部活している間に何かあったのか……? もしかして。


「明沙陽となんかあった?」

「……へ!? なにもないよ?」

「なるほどなるほど」

「……え、なに?」

「いやー、青春だなーって思っただけだよ」

「…………どーゆーこと??」


 きっと俺が部活に行っている間に、胡桃沢は明沙陽と何かあったのだろう。それで今、胡桃沢の様子がおかしい。これは間違いない。

 青春だなー。羨ましい。俺もそんな青春を送りたかったよ。

 胡桃沢は明沙陽と順調なんだと知り仲間パートナーとして嬉しくなりながらも、ようやく俺の家に到着した。


「胡桃沢……って、あれ? 胡桃沢?」


 到着したのだが、先程まで隣にいたはずの胡桃沢の姿が見えない。

 知らぬ間に置いていってしまったか? と後ろに振り向くと、そこには緊張しているのか頬を赤く染めながら震えている胡桃沢がいた。


「おい、胡桃沢? 大丈夫か?」

「だだだ大丈夫。早く練習しよ」

「お、おう?」


 もしかして合流してからそわそわしてたのって、俺の家に行くから緊張してたってこと?

 …………なわけないよな。


「今日は母さんも父さんも帰ってくるの遅いらしいし、夜飯は胡桃沢が作ってくれたのでいいかな」

「が、頑張る……!」


 俺たちは早速家に上がり、台所へと向かう。

 聞いた話によると、今日はハンバーグを作ってくれるらしい。

 ちなみに必要な物は俺が部活をしている間に買い揃えたらしく、食材が入ったビニール袋を俺は家まで持たされる羽目になった。


「頼むよ。ハンバーグ好きだし、楽しみだな」

「ふふっ……思わず涙が出てしまいそうなくらい美味しいハンバーグ作ってあげる」

「これで失敗したハンバーグが出てきたら傑作だな」

「し、失敗なんてしないよ!!」


 ぷくっと頬を膨らませ、カバンから何かを取り出す胡桃沢。

 そして取り出した物――水色のエプロンを制服の上につけ、肩下まで伸びた綺麗な栗色の髪を後ろで結びポニーテール姿に変身した。


「へぇ……意外と似合うな」

「意外とってなに!? 意外とって!!」

「いや、ごめん。普通に可愛いと思う」

「あ……そう? ありがと……」


 普段髪を下ろしている女子がポニーテールになると、どうしてこんなにも可愛く見えるのだろうか。

 ポニーテールが好きというわけではないが、普段隠されているうなじが丸出しになり色っぽさが増している。それに加えてエプロン姿。

 変態、気持ち悪い、と罵られても仕方がない。いやぁ、もう堪らない。


「……それ、明沙陽に見せたことあるの?」

「エプロンのこと?」

「うん」

「ないよ。飛鳥馬くんが初めて」

「……そっか」


 頬を赤く染めて胡桃沢はこくりと頷く。

 幼馴染の明沙陽ですら知らない姿を見ることができて、なぜかすごく嬉しい気持ちになってしまった。


「じゃあ、早速作るから待ってて」

「わかった」


 胡桃沢がハンバーグを作り始めてから約一時間後、完成したとのことで見に行ってみると食卓には美味しそうな料理が並べられていた。


 デミグラスソースハンバーグに目玉焼き、マカロニサラダ、白飯。

 どれも美味しそうで、匂いを嗅いだだけでも食欲がそそられる。


「美味そうだな!」

「でしょ? 私、これでも料理の腕は結構自信あるから」

「なんだよ。じゃあ練習なんていらなかったじゃないか」

「違うの! これは『料理』の練習っていうより『男の子の好みを知る』練習なの!」

「そんなの人それぞれで違うんじゃ……」

「い・い・か・ら! 冷めないうちに食べて!」


 今度は逆に最終奥義『逃げ』を胡桃沢に使われ、俺は催促されて作ってもらったデミグラスソースハンバーグから食べることにした。


「え……うま!?」

「……っ! ほんと!?」

「うん! めっちゃ美味い!」


 一口食べた瞬間、ふわっとジューシーなハンバーグの美味しさが舌だけでなく体全体に伝わり、脳天を撃ち抜かれたかのような衝撃を受けた。

 デミグラスソースハンバーグだけでなく目玉焼き、マカロニサラダにも手を伸ばすが、やはり美味しい。


「よかった……実は家族以外に振る舞うの初めてだったの。だから飛鳥馬くんに美味しいって言ってもらえて、すごく嬉しい」

「え……明沙陽にもまだ?」

「うん。私が料理の練習始めたの、最近だから」

「そうなのか……」

「このハンバーグ、飛鳥馬くんの好みの味と合ってるかな……?」


 胡桃沢が上目遣いで聞いてくる。


「ああ、俺の好みの味と全く一緒だよ。濃すぎず薄すぎずで完璧。だからすげぇ美味しい」

「ふふふっ……ありがと」

「それは俺のセリフだよ。本当にありがとうな」

「……うんっ」


 頬を赤く染め、両手の人差し指を合わせたり離したりしている胡桃沢がとても可愛かったのは言うまでもない。

 そして機会があったらまた料理を作ってもらいたいな、と思ったのだった。

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