第3話 『応援される』

 あんな爆弾を投下されて、今日どんな顔して胡桃沢くるみざわと会えばいいのかわからない。

 そのためいつもなら少し早く学校に着くようにしているが、今日は遅刻ギリギリ回避に着くように学校へ向かった。

 教室に入ると、後ろの方で明沙陽あさひと胡桃沢が楽しそうに話しているのを見つける。


「早速実践してるのか……? 真面目だな」


 一昨日始まった俺たちの関係。

 前までこんな関係になるなんて予想もしなかったが、あまり悪くないなと思っている。

 すると教室に入った俺の存在に気づいたのか、明沙陽は俺のもとへやってきた。


「おはよう京也きょうや。遅刻ギリギリなんて、また寝れなかったのか?」

「おはよう。それもあるけど、今日は別の事情もある」

「なるほど……女だな」

「だから違うっつの!!」


 どうしてこいつはすぐ女子と繋げたがるんだよ。

 自分は好きな子以外に興味無いとか言っておきながら、俺が女子と繋がりができた疑いがあればすぐ女子とのことに繋げてくる。なんて最低なやつなんだ。


 それからは放課後まで、特に胡桃沢とは関わることも顔を合わせることもなく、ついに放課後になった。

 俺は部活があるため、学校の近くにある陸上競技場に向かう。


「走るのはいいよな……。走ってる時は何も考えず、昨日のことだって忘れることができる」


 だが今日は、普通に部活をすることができない。

 なぜなら…………。


「ちょっと飛鳥馬あすまくん! なんで先に行っちゃうの!?」


 後ろから走って俺を追いかけてきたのは胡桃沢だ。

 今日は男子として女子にされて嬉しいこと『応援される』の練習をするらしい。

 でもどうして、部活の練習で応援されることになるんだよ。


「逆になんで一緒に行かなきゃいけないんだ?」

「どうせ同じ場所に行くんだし、一緒に行った方がいいって思ったの」

「別に一緒じゃなくても――」

「と・に・か・く! これからは先に行ったりしないでね」

「はいはい。でも、いいのかよ? 学校で俺と一緒にいて」

「……え?」


 胡桃沢は俺が何を言ってるのか分からないのか、首を傾げた。


「明沙陽と一緒にいた方がいいだろ。俺なんかと一緒にいるところを見られたら勘違いされるかもしれないぞ」

「勘違い? なんで?」

「だから! 俺たちが付き合ってるって勘違いされるかもしれないってこと!」

「私たちが付き合ってる……? 一緒にいるだけなのに、どうしてそんな勘違いされるの……?」

「俺たちの関係が始まったのは二日前。それ以前は一緒にいるどころか、話したことすら全然なかったじゃないか」

「あー、確かに」


 ようやく理解したようだが、それでも尚首を傾げている胡桃沢。


「どうした?」

「いや、別に勘違いされてもいいんじゃないかなって思って」

「…………は?」


 意味が分からなかった。

 どうして好きな人に、自分には恋人がいるかもしれないと思われてもいいのだろうか。


「だってそれで嫉妬してくれて、私に夢中になってくれるかもしれないじゃん?」

「あー、なるほど」


 その考えはなかった。

 胡桃沢は胡桃沢なりに色々考えてるってわけか。

 なら別に学校で一緒にいてもいいのか。


「ね? いいでしょ?」

「うん。胡桃沢がいいならいいと思う」

「だよね」


 そして肩下まで伸びた綺麗な栗色の髪を靡かせてニコッと笑う胡桃沢の顔は、誰が見てもとても愛おしく可愛かった。



 陸上競技場に着くと、既に先輩だけでなく同級生、後輩のメンバーは俺以外全員揃っていた。

 俺が所属する陸上部は三十人程度しかいないが、どの種目でもそれなりにいい結果を残せている。


「なんだよ京也、今日は珍しく遅いと思ったら彼女とイチャついてたのか?」


 すると俺の隣にいる胡桃沢を見て、ニヤニヤと笑いながら先輩が茶化してきた。


「彼女じゃありませんよ。ただ同級生に練習を見たいと言われたので連れてきただけです」

「なんだ彼女じゃないのかよ。つまらん」

「なんで!?」


 俺と先輩の会話を聞いていた胡桃沢は手を口に当ててクスクスと笑い、先輩に向かってお辞儀をする。


「飛鳥馬くんと同級生の胡桃沢です。もし良ければ今日の練習、見学させてもらえないでしょうか」

「もちろん歓迎だよ! 別に今日だけじゃなくて毎日でもいいよ!」


 先輩は快諾し、胡桃沢の練習の見学はいつでもしていいことに決まる。

 さすがにそれは俺的に困るんだが、先輩が許して俺が許さないというわけにはいかない。

 あと胡桃沢に反抗できないし、胡桃沢がまた来たいと言えば間違いなく断れないだろう。


「でも胡桃沢、走ってるのを見てるだけなんてつまらないだろ」

「うーん、そうでもないよ。これでも私、中学の時陸上部だったから」

「……え、マジ!?」

「まじまじ。さすがに市大会止まりだったけどね」


 胡桃沢が中学の頃陸上部だったとすれば、もしかしたら中学の時の胡桃沢の走りを見ていたのかもしれない。俺も中学の頃から陸上をしていたし、中学は違えど住んでいる市も同じなため同じ市大会に出ていたことになる。


「なんだよ、全然知らなかった」

「私は知ってたよ。中学の飛鳥馬くん」

「え、なんで!?」

「だって飛鳥馬くん、すごく速かったんだもん。大会の度に学校のみんなで話題になってたし」

「まじか……」


 確かに俺は中学の頃から、関東大会に出場するレベルには速い選手だった。それは高校に入ってからも変わらず、今も関東大会に出場し続けている。

 種目は100mと200m。だが関東大会までいけるのは100mだけだ。


「じゃ、応援してるから頑張ってね。飛鳥馬くん」

「……おう」


 胡桃沢が陸上競技場のインフィールドに立ち、俺はウォーミングアップと軽く準備運動をして早速100mを走ろうと思いスターティングブロックに足を掛ける。

 先輩の言う『On your marks. Set.』という合図が聞こえると腰を浮かせ、笛の音と同時に走り出した。


「飛鳥馬くん頑張れー!! ファイトー!!」


 胡桃沢の声援が耳に入りながらも、俺はどんどん加速していく。

 なぜか調子がいい。いつもより速く走れている気がする。

 もっと加速する。もっと。もっと――。



「はぁはぁはぁ……」

「すごいぞ京也! お前のタイム、昨日よりかなり速くなってるぞ!」

「……ま、まじすか?」

「おう! やっぱり可愛い女の子に応援されると変わるんだなぁ!」


 確かに先輩の言う通り、いつもよりいい感じに走れた気がするのは事実。

 もしかして本当に…………。


「お疲れ、飛鳥馬くん」

「冷たっ!?」

「ふふっ……冷たくて体が跳ねる飛鳥馬くん、可愛い」

「胡桃沢……」

「これあげる。頑張ってたからご褒美」

「……さんきゅ」


 俺は胡桃沢からスポーツドリンクを受け取り、それを早速ゴクゴクと体内に流し込んだ。

 走り終わった後に飲むスポーツドリンクほど美味いものはない。


「走ってる姿、かっこよかったよ」

「……おう。応援、ありがとうな」

「うんっ。私の応援、どうだった?」

「普通によかったと思う。すごい頑張れた気がするし。まあ、応援に善し悪しとかないと思うけど」

「そっか。よかった」


 練習でしてくれた応援だと分かっていても。この応援がいずれ明沙陽に向けられるものだとしても。

 先程一生懸命声援を送ってくれて、今はニコッと笑っている胡桃沢の顔から、なぜかしばらく目が離せなかった。

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