第2話 『褒められる』
俺は昨日ちゃんと寝ることができず、学校に来てすぐに机に突っ伏していた。
「まさかあんな事を頼まれるなんて……」
『私男の子にこういう事したことなくて、もしよかったら
「練習って、俺が耐えられる気がしねぇよ……」
はぁ、と深くため息をつくと、そこにひょこっと
「どうしたんだよ
「うるせ。色々あるんだよ」
「…………もしかして、女か?」
「ばっ……! 違ぇわ!!」
「ふーん? 頑張れよ。応援してやる」
「だから違うっての!!」
お前のことで恋愛相談したいって言われてんだよこっちは!!
――ピコンっ。
心の中で昨日のことを何も知らない明沙陽に対して悪態づいていると、制服に入っているスマホから通知音が鳴った。
やはり俺のスマホに通知が来るのは珍しいことなため見てみると、ロック画面には予期せぬ相手からのメッセージが表示されている。
『今日の放課後、よろしくね。楽しみにしてるから』
胡桃沢からだった。
席では俺から見て後ろの方に座っているため視線を送ってみると、ちょうどこちらを見ていたのか目が合ってしまう。
「(か・わ・い・い)」
すると胡桃沢は笑みを浮かべ、口パクでこんな感じのことを言ってきた。
口の動きを見ての推測にすぎないが、恐らく合っているだろう。
(くそ、からかいやがって……)
可愛い顔だったらなんでも許されると思うなよ、と思いながらも俺は再び机に突っ伏して眠りについたのだった。
放課後になり、俺は部活が終わった後、胡桃沢に指定された昨日と同じカフェにやって来た。
「悪い、遅くなった」
「ほんとに遅かったね。予定の時間より三十分遅いよ」
「ごめん。部活が長引いたんだ」
「わかってる。全然怒ってないから安心して」
「おう……」
「じゃあ予定より遅くなっちゃったけど、早速やろっか」
「……何を?」
敢えて明後日の方を向き何も知らないと言った風に見せるが、胡桃沢はじとっとした目でこちらを見てくる。
「昨日言ったじゃん! 飛鳥馬くんで練習させてほしいって!」
「……わかってるよ。でも、さすがに恥ずかしいって」
好きじゃない女子からでも。男子として女子にされて嬉しいことをされれば、すごく嬉しい。
しかし、嬉しさよりも恥ずかしさが勝つ。
昨日俺がされたら嬉しいことを挙げていったわけだし、それを早速自分にされるとなると考えるだけでも恥ずかしい。
「お願い聞いてくれるって言ったじゃん……。私、嬉しかったのに……」
胡桃沢は手で顔を覆うように隠し、誰が見ても泣いているような感じで肩を震わせた。
「ご、ごめん! わかった! 聞くから! ちゃんと最後まで付き合うから!!」
さすがに女子を泣かせてしまったのは良くないと思い、頑張って泣き止ませようとするが……。
「ほんと?」
全然泣いてなかった。
胡桃沢は手を顔から離し、笑いを必死に堪えている。
「……お前、騙したな?」
「ナンノコト?」
「もう絶対何も手伝わない。今日で関係は終わりだ」
そう言って俺は立ち上がり、帰ろうとするが……。
『ご、ごめん! わかったから! 聞くから! ちゃんと最後まで付き合うから!!』
胡桃沢は自分のスマホを颯爽と取り出し、そこからなぜか先程俺の言ったことが再生された。
「この言葉は嘘ってこと?」
「いつの間に……」
「逃げられる可能性があると思って、飛鳥馬くんが来る前から録音してたんだ」
「なんてやつだ……」
「飛鳥馬くん、自分が言ったことには責任を持とうね」
「…………はい、すいません」
胡桃沢さん怖い…………。
もう絶対反抗できない気がする、と思ったのは絶対に俺だけではないはずだ。
きっと明沙陽もこんな幼馴染をもって、すごく苦労しているんだろうなぁ……。お前はイケメンでめっちゃモテるけど、さすがに今回ばかりは同情するよ。
「まずは『褒められる』だったね。飛鳥馬くんが褒められただけで嬉しくなるなんて知らなかったよ」
「そりゃ褒められたら誰でも嬉しいだろ。俺は自分が褒められたら伸びるタイプの人間だって思ってるし、そういう人って結構いると思っただけだよ」
「ふーん?」
「な、なんだよ……」
「いや? やっぱり飛鳥馬くん、可愛いなーって思って」
学校の時のように、胡桃沢はニヤリと笑みを浮かべる。
もう反抗できないため、俺はどうすることもできない。
「うるせ。練習するんだろ? 褒めるのに練習するってのは正直いらないと思うけど、どうするんだよ」
「やる。飛鳥馬くんがどんな反応するか見たいし」
「趣旨変わってる気がするけど、気のせい……?」
「気のせい気のせい」
絶対気のせいじゃない。
「んー、じゃあ行くよ」
「お、おう」
なぜだか分からないが、すごく緊張する。
これから可愛い女の子に褒められるからだろうか。でもどうして、褒められるってだけで緊張してるんだよ。
「飛鳥馬くん、今日も部活頑張って偉いね〜。私は飛鳥馬くんのかっこいい姿をいつも見てるから、これからも頑張ってね。もし大会で優勝できたら、私がご褒美をあ・げ・る♡」
胡桃沢は身を乗り出し、俺の頭を優しく撫でながら耳元でそう囁いてくる。
しかし俺は反抗をすることができず、最後の方はほとんど脳死状態で聞いていた。
「……ご褒美ってなんですか」
自分でもよく分からないが、気がついたら既に言葉に出ていた。
「えっと、それは……」
「教えて」
「…………じゃあ」
恥ずかしそうに顔を赤くし、両手の人差し指を合わせて離してを繰り返している胡桃沢は、ボソッととんでもない爆弾を投下する。
「……キス、とか?」
……………………キ、ス?
「お前、好きでもないやつに何言ってんだよ!?」
「だ、だって! 飛鳥馬くんが言えって言ったんじゃん!」
ただ練習として付き合っているだけなため気になったことを聞いてみただけだが、まさかこんな爆弾を投下してくるとは思わなかった。だからさすがに動揺してしまう。
それに今も尚恥ずかしそうに顔を赤くし、両手の人差し指を合わせて離してを繰り返している胡桃沢を見て、体温がどんどん上がっていくのを感じた。
「ご、ごめん。私もう帰るね」
「お、おう」
「また明日、よろしく。じゃあね」
颯爽と荷物をまとめ、顔を赤くしたままカフェを出る胡桃沢。
俺はその後ろ姿を見つめながら、緊張を解くように「はぁ……」と深くため息をついたのだった。
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