採掘! 採掘! 採掘!! そして屋敷の裏には……
「着いたぞ、ここだ」とフレアが言う。
小一時間は歩いただろうか。
太陽は朝からずっと変わらずぼんやりとした調子で、位置もあまり変わったようには見えない。
完全な体感でしかないが、おそらくまだ真昼には到達していないだろう。
俺はしゃがんで、ミァを下ろす。
「ありがとう、アドラス」と呟く声で聞こえた。
「どういたしまして」
俺がミァの目を見て言うと、彼女はうつむいて頬を染め、それからてこてこエメーラの方に走っていった。
エメーラの魔法のおかげで全然重たくなかったし、あの一言だけでお釣りがくるくらい労力が報われた気がした。
ミァは、何かエメーラに尋ねられて、頷いている。
「ちゃんとアドラスさんにお礼言った?」と、エメーラに確かめられているようだ。
まるでお母さんと子供みたいにも見える。
「どうだ、アドラス。ちょっとすごいだろ?」
フレアが指さして言っていた。
彼女の背後には目的のものが並んでいた。
巨大な氷の塊。
地面から、大きなたけのこが突き出しているみたいな状況になっている。
だが突き出しているものはもちろんたけのこではなく氷で、その中にはごろごろと目当てのものが光っていた。
「これ全部、魔法石……」
「そう。中には安価なものや小さすぎて売り物にならない屑石もあるけど、そういうのは全部、自分たちで使えばいいからな」
フレアが頷き、言葉を続ける。
「そういう一部の小石を除けば、ほとんどはかなりの高級品だよ。この氷一つから取り出すだけでも、都市でしばらく遊んで暮らせるくらいの金にはなりそうだな」
「へぇ……」
何だか夢のある話だ。
それなら、ごっそり採掘してしまおうじゃないか。
「だがな、この氷がすごく厄介なんだ」
フレアはそう言うと、アイテム袋から錆びたつるはしを取り出した。
「エメーラ」
「はい」
エメーラが前に出る。
そして俺に施したのと同じ魔法をフレアにかけた。
どうやら筋力を強化したらしい。
「行くぞ……おりゃ!」
ガキン。
氷には傷一つつかない。
フレアはもう一度振り上げる。
ガキン。
もう一度。
ガキン……
「とまぁ、こんな風に」
フレアが叩いた部分を触ってみせる。
少し表面が削れただろうか。
しかしさしたる変化ではない。
これは、かなりの強敵だ。
「これだけ魔法石が含まれているわけだし、この氷自体にも魔力が満ちているんだろうな。かなり頑丈なんだよ」
「炎系の魔法は? フレア、使えるんだよね」
「もちろん試したさ」
そういうとフレアは、目をつぶってぶつぶつと呟く。
次の瞬間、手から鮮やかな炎を出した。
「そらっ!!」
その炎を勢いよく氷にぶつける。
だが、すぐにその炎は消え。
「ご覧の通りだ」
氷には先ほどのつるはし同様、ほとんど変化が見られなかった。
「これは……厳しいね」
目の前に魔法石があるというのに、容易には手に入らないというもどかしさ。
下手に執着するとあっという間に日が暮れて気温が下がり、拠点にしている場所に帰りつく前に凍えてしまうという事態になりかねない。
まるでこの氷全てが、自然に用意された罠のように感じられる。
採掘者の欲を刺激して、命を落とさせようとする狡猾な罠。
そう考えるとこのホッキョク自体が、まるで一つの大きなダンジョン――貴重な資源が入手できる代わりに、多くの危険が潜んでいる地下迷宮のことだ――のように感じられる。
だがホッキョクが一つの大きなダンジョンだと仮定すると、俺はそれを攻略するにあたって、役に立つであろうスキルを持っている。
「ちょっといい?」
「ああ」
フレアが氷の前をあけてくれる。
俺は巨大たけのこ氷に手をあてた。
昨日の夜、ふとんに潜り込んできたエルフたちよりもさらに冷たい。
と、昨日の夜のことが思い出され、胸がどきどきしてくる。
『集中しなければ』
俺は首を振って、触れている氷に意識を戻した。
『氷人っていう位なんだから、こいつが氷なんだったら……』
俺はしばらく意識を集中させ続け、目をあけた。
変化はない。
「じゃあ、四人で手分けして……」とフレアがアイテム袋から全員分の道具をごそごそ準備していた、その時。
バキンッ。
「えっ?」
氷に、ヒビ。そして。
ミシミシミシミシ……
「なっ、これっ!!」
フレアの言葉にならぬ声。
パリンッッッッ!!!
「うわっ!」
「わっ!!」
後ろから驚いた声が聞こえてきた。
巨大たけのこ氷は、一瞬にして粉々になった。
そして。
俺はその破片の一つを手にとる。
とった瞬間、パキンッといとも簡単に割れて、不要な氷がとれた。
手元に残ったのは。
俺は振り返って、三人に見せる。
「これ、大丈夫そうかな?」
深海のような色をしたこぶし大の魔法石が、鈍い光を放っていた。
「すげー!!! まじか!!!」
「ええ、文句なしの魔結晶です!!!」
ミァは目を輝かせ、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。
良かった。
何とか三人の役に立てそうだ。
その後の作業は簡単だった。
俺はまず、氷人スキルのLv.4で開放された「氷粉砕」を使って巨大たけのこ氷をぶち壊す。
三人にはそれを離れたところで見てもらって、そして完全に割れたら、魔法石がついた氷の破片を回収し、余分な氷を石で砕いて落とす。
この繰り返しだ。
俺たち四人のアイテム袋は、あっという間に魔結晶で一杯になった。
収納魔法がかかっているのにこれだけすぐに一杯になるということは、それだけ石に含まれた魔力が重たいということだろう。
収納魔法がかけられたアイテム袋は、物の大きさや個数以上に、収納するアイテムに含まれた魔力量によって満杯になることが多いのだ。
ともあれ四人分のアイテム袋が一杯になるほどの量なら、収穫としては十分過ぎるものがある。
残った氷はまた明日に回すことにして、俺たちはホクホク顔で自分たちの屋敷へと戻った。
屋敷に戻るなり、俺たちはどれだけの戦利品があったか、アイテム袋を逆さにして確認した。
広い居間の床に、ずらりと魔法石が並ぶ。
石にはそれほど詳しくない俺でも、ここにあるものが珍しくて高価なものなのだろうということはわかった。
見たことのあるオーソドックスな魔法石は一つもなかったし、どれも国で売られていたものに比べると、5~10倍くらいの大きさに見える。
店に並べられていた価格を思いだし、フレアが言っていた「しばらく遊んで暮らせる」という話もあながち冗談ではなさそうだなと思った。
「深紅石に、こっちはシビリア石か……」
「見て、フレア。氷宝霜石が1、2、3、4……7つもありますよ!」
フレアとエメーラは、宝石店を訪れた女子たちのように盛り上がっている。何だかとても楽しそうだ。
でも気持ちはちょっと分かるかも。
名前すら分からない俺でも、これだけ美しく大ぶりな石が並んでいると圧倒されるし、価値を考えると、足がふわふわと浮いているようにさえ感じてしまう。
まだ残してきた巨大たけのこ氷がいくつもあるし、これはとんでもないことになってしまった。
まさかホッキョクが、こんなにも手つかずの場所だったとは。
服をちょいちょいと引っ張られる感覚があり、見ると、ミァが俺のことを見上げていた。
「どうした?」
いつもはミァの保護者になっているエメーラだが、今は魔法石に夢中でそれどころではなさそうだ。
小さく手招きをするので顔を近づけると、ミァは手で筒をつくって、俺の耳に囁いた。
「ミァ、この石が好き」
見ると、小さな手に一つの石がのせられていた。
真っ黒に輝く石だった。
黒い魔法石なんて初めてみたし、種類自体はとても珍しそうだ。
しかしとても小さいから、おそらく金銭的な価値はそれほどないように思える。
もしかすると、商人には買い取ってもらえないかもしれない。
しかしミァはそんなことをまったく考えていないようで、ただ嬉しそうに、その黒い石を見せてきた。
その無邪気な様子に胸が温かくなる。
『ほんとほっこりするなぁ、この子』
俺はミァの頭を撫でて、「ほんとだね、綺麗な石だね」と同意した。
ミァはこくりと頷いた。
たったそれだけのやり取りだったが、採掘の疲れがとても癒された。
「晩御飯をつくるから、しばらくゆっくりしていてくださいね」
エメーラに言われて、俺はフレアと居間でくつろいでいた。
宝石は四人で分けアイテム袋に戻したのだが、まだ興奮冷めやらぬようで、フレアは机の上においた自分のアイテム袋を見ては、頬を緩ませていた。
『面白いな』と思いながらも、彼女の様子ばかり眺めているのもあれなので、立ち上がった。
「どこか行くのか?」とフレアが声をかけてきた。
「うん、ちょっと」
おそらくトイレに行くと思ったのだろう、「ああ、わかった」とフレアは頷き、またソファに沈んだ。
俺は屋敷を出ると、その裏手に回った。
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