魔法石を採掘する!

「……!!」


ばっと目をそらし、慌てて掛け布団代わりにしていた布を被せる。


フレアの前がはだけていた。


『あれが昨日、俺の背中に……』

頭に浮かんだよからぬ妄想をぶんぶんと振り払う。


「んん……」とまた、フレアが声を出す。


よかった。どうやらまだ起きてはいないらしい。


眉間に皺を寄せているが、責任感が強く仲間思いの彼女のことだ、夢の中でもエメーラとミァを守るために何かと戦っているのかもしれない。


そう考えると、自然に手を伸ばしていた。眉間に刻まれた皺に指で触れる。


『いつもお疲れさま』


「ん……」


するとフレアの表情が穏やかなものに変わった。眉間からも皺が消えている。


「よし」


俺は起き上がると、フレアの上に毛布を被せ、部屋を出た。




「おはようございます」


一階へ降りると、エメーラとミァは既に起きていた。


「昨日はお世話になりました」


エメーラが深く頭を下げると、ミァもソファから降りて隣に並び、ぺこりと頭を下げた。


「ううん。俺の方こそ、気が付いたら意識がなくて。

大丈夫だった? いびきとか寝相とか、迷惑かけなかったかな」


エメーラは穏やかに微笑んで、首を振った。


「何もありませんでしたよ。私もミァも、ぐっすり眠ることができました。本当にありがとうございました」


エメーラとミァは、再び丁寧に頭を下げた。


「そう。ならよかった」


エメーラは微笑んだ。


「ちょうど朝ごはんが出来たんです。食べられますか?」


「あ、うん。昨日もたくさんつくってもらったのに、もうすでにお腹ぺこぺこだ。よろしくお願いします」


「はい」


エメーラに促されてソファに座り、二人がキッチンから朝食を持ってきてくれるのを待っていると。


「あ、れ……?」


気が付くと、ぽろぽろ涙がこぼれていた。


そして止めようとしても、次から次にあふれてきた。


「お待たせし……ど、どうかしましたか!?」


エメーラが俺の前に、皿に乗った料理を並べてくれる。パン、○○、○○……見た目も香りも、美味しいに違いないものだった。


「ち、違う。違うんだ」


俺は袖で涙を拭った。


「なんかすごく、幸せだなと思ってさ。

俺、ここに来るまではスキルも何もなくて、誰かの役に立てたこともなかったし。必要とされることもまったくなかったし。

三人に出会えて、ほ、ほんとうによかった。ありがとう」


後ろから抱きしめられた。


「それは私たちのセリフですよ」


エメーラの声も湿っていた。俺の気持ちが伝染してしまったのかもしれない。


「アドラスさん。私たちを救ってくれて、この屋敷に住むことを許してくれて。本当にありがとうございます」


「ありがとう、アドラス」


耳元で、ミァの小さい声が聞こえた。


「うん」


なかなか涙がとまらなくて、情けなかった。


二人はしばらく、抱きしめたままでいてくれた。



「おはよー。ん?」


部屋の扉が開いて、声が聞こえた。


ぱたぱたと足音が聞こえて。


ドンッ。


横から抱きつかれる。


「アドラスが先に起きるから、すごく寒かったんだぞ。

温めるなら私も混ぜてもらわないと……」


不服そうにフレアが言った。


どうやら彼女は、俺が二人に熱を分けているところだと勘違いしたらしい。


エメーラは俺と目を合わせ、くすくすと笑った。


「ん? もしかして寝ぐせか? だめなんだよ私、寝相が悪いからさ……」


フレアががしがしと自分の髪の毛を指でとかした。


確かに、面白いくらいはねている。

一晩中ベッドの上で転げ回ったとしても、こうはならないだろうと思うくらいに。


「大丈夫ですよ、後で私が直してあげますから」


「すまんな、エメーラ。いつも甘えてしまって」


「お互い様ですよ」


「へへへ」


フレアが嬉しそうに笑った。


外に出るときりっとして頼もしいフレアだが、一番遅く起きてきたり、エメーラに身の回りのことを任せていたりと、意外に甘えん坊な一面があるらしい。


三人の中でリーダー格は間違いなくフレアだが、姉妹にたとえて考えると、実は長女はエメーラの方なのかもしれない。


三人に熱を分け与えながら、そんなことを考えた。




「よし、行こう!」


朝食を食べると、俺たちは支度をして外に出た。


目的地は、ここホッキョクに来てから三人が採掘・採石していた場所だ。


通常の土地ではそう簡単には入手できないような高価な魔法石がごろごろあるという。


さすがは極寒の未開地だ。


厳しい環境で耐え抜くことさえできれば、誰も手をつけていないお宝がそれなりに得られるらしい。



「大丈夫か、みんな」


先頭のフレアがこちらを振り返って言う。


「大丈夫ですよー」


最後尾のエメーラが穏やかに答えた。


「大丈夫そうか? ミァ」


俺はおぶっているミァに尋ねた。


ミァはこくりと頷いた。


「こっちも問題ないよ」とフレアに伝える。


「よし」


フレアはまた正面に向き直った。



一応、先頭のフレア、俺、エメーラの三人には紐がわたしてある。


急な吹雪などで、はぐれたりしないようにだ。


だが、フレアは注意深く何度も声かけをして、自分の目でそれぞれの存在を確かめた。


パーティーリーダーとしてすごく頼もしい。


寝ぐせだらけの髪でぼんやり起きてきたエルフと同一人物とは、とても思えない。



俺がミァをおんぶするのは、エメーラのアイデアだ。


三人とも寒さへの耐性が全くないわけではないらしいのだが、それでもホッキョクの寒さ、とくにここ一週間くらいの厳しさは別格らしい。


ミァは一度凍りかけたということもあって、寒さがそれほど厳しくない時点から俺と触れているのが無難だろうという判断だ。


ミァの体はそれほど重いわけではなかったが、それなりに距離があるということで、エメーラは俺に筋力が一時的に強化される魔法をかけてくれた。


おかげで、ミァは空気のように軽い。


気が付かないうちに落としてないかと心配になるくらいだが、後ろにはエメーラがいてくれているし、ミァもしっかり俺にしがみついているので、問題はなさそうだった。



「着いたぞ、ここだ」


フレアの言葉に、俺は顔を上げた。

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