ぬくもり(2)
「良かったらなんだけど、俺も採掘を手伝わせてもらえないかな。
当面はすることもないし、これからこの土地で生きていくためにできることを一つ一つ学んでいかないといけないと思ってる。
君たちがいる間は一緒に行動させてもらえればと思うんだけど。
もちろん鉱石の取り分は三人が優先してもらっていいからさ」
俺がそう提案すると、フレアは首を振った。
「何を言ってるんだ。
一緒に採掘に来てくれるなんて、こっちからお願いしたいくらいだよ。
取り分は……そうだな、半々でどうだろう。私たち3人の分と、アドラスの分とで、同じ量ずつ」
「いや、それじゃ三人の取り分が減っちゃうよ。
実際の採掘に行ってないからなんともいえないけれど、俺は四分の一でももらえたら十分だよ。公平に、4人で割ろうよ」
「そんな、お屋敷まで借りているのに申し訳ないですよ!」とエメーラ。
俺は首を振った。
「ううん。それとこれとは別だ。
屋敷は使っていないところから随分綺麗にしてくれてたみたいだし、そのおかげで俺も入ってきてすぐに住むことができた。
その上こんな美味しい料理までつくってもらったんだし、採掘は四等分にしようよ」
「でも……」
「その方が俺の気が楽なんだよ」
三人は顔を見合わせた。そしてフレアが言う。
「わかった。アドラスがそこまで言うなら、取り分は4分の1ずつでいこう。
その代わり、もし不満に思うようだったらすぐに変えるから、いつでも遠慮せずに言ってくれよ?」
「わかった。お互いに遠慮はしないように、ってことだね」
お互いに、という部分を強調し手を差し出した。
その手をフレアは力強く握った。
「おう。
うわっ。あったかいなぁ、手!」
その場にどっと笑いが起こった。
俺も自然に笑っていた。
ミァはやっぱり表情が薄かったけれど、左右に揺らす体からは楽しんでいる雰囲気が伝わってきた。
食事が終わった後は特にすることもないということだった。
皿を下げてくれたエメーラに「片付け手伝うよ」と言ったけれど、
「何言ってるんですか。私たちにやらせてくれる約束でしょう?」と、キッチンから追い出されてしまった。
俺はすることもなく居間のソファに座ったが、瞼が重く、欠伸が出た。
フレアが、「上の部屋に行って眠ってもいいぞ。西側の部屋のベッドは整えてあるしな」と言ってくれた。
彼女の言葉に甘えて、俺は二階へ行き、ベッドに倒れ込んだ。
今日一日で色々なことがあった。あの三人と、会ってからまだ半日ほどしか経っていないとは思えない。
ホッキョクに来たことも。今朝までディルセゥト国にいて、あの両親と弟と同じ屋敷に住んでいたなんて。
もう二度と会わないかもしれないと思うと、随分、昔に離別した人たちのように感じられた。
とにかく、今日は眠ろう。疲れた……
しばらくうとうとしていると、何か音がした気がした。
目を開けて、耳を澄ませる。建物の外で吹雪いている音が聞こえるだけだ。
気のせいだったかと思い、目をつぶる。するとまた音がした。
今度ははっきりと理解できた。扉をノックする音だった。
「はい」と返事をする。
すると扉が開き、フレア、エメーラ、ミァが立っていた。
フレアが持っているランタンに照らされて、三人とも服が変わっていることに気が付いた。
これから外出するのだろうか、かなり着こんでいた。
特にミァは着ぶくれによって、小さな雪だるまみたいに丸々としている。可愛らしいが、笑うのはよくないと口元を引き締める。
「すまん、眠ってたよな?」とフレアが謝る。
「いや、大丈夫」俺は体を起こして聞く。「どうかした?」
「その……外、すごく雪が降ってて」
「どこか行くの?」
窓がないから時間の感覚が分からない。
でもたぶん夜だろう。何か重要な用なのだろうか。
フレアが首を振る。
「違うんだ。その……すごく寒くて」
「あぁ、そうなんだ」
俺は申し訳なさを感じた。
確かにつくりはしっかりしていそうだが、木造の家だ。
フレアには火属性の魔法があるとはいえ、眠っている間まで火をつけておくのは危ないだろうし、中まで聞こえてくるほどの吹雪なら寒くても不思議はない。
対して俺は、スキルのおかげでまったく寒くない。
最大魔力量もいつの間にかかなり増えていて、食事でほぼ回復したため、一晩で魔力切れになる恐れも全くなくなった。
「だからその……だめ、かな」
俺は首を傾げた。だめとは、何のことだろう。
「なにが? いいよ、俺にできることなら」
「ほんとか?ありがとう!」
ぱぁっと三人の顔が明るくなった。
よかった、よかった。さて、何を協力すればいいのだろう。
彼女たちは、外出着かと思われるような厚着を脱ぎ、壁のひっかけにかけた。
そして俺が眠るベッドに寄ってきて、言う。
「じゃあ、失礼して」
「……ん?」
三人がいそいそと俺のベッドの中に入ってくる。そこでようやく気がついた。
「あっ、一緒に寝るってこと?」
「ああ。だめか?」
フレアが不安げな顔でこちらを見る。意図せずだろうけれど、上目遣いで。
『いや、うーん……』
たしかに、朝起きたら三人のうちの誰か一人が凍死していたていたなんてことになったら洒落にならない、が……
迷った挙句、俺は頷いた。
「わかった。みんなが嫌でないなら俺は平気だよ」
フレアがほぅと息をつき、それから口を開けて笑った。
「よかった。すまんな、アドラス」
こんな顔されちゃ、断れないよな……
「本当にすみません、何から何まで」とエメーラも申し訳なさそうに言う。
「いや、俺は大丈夫だよ。
ただあまり人と寝るのは慣れてないから、迷惑かけたらごめんね」
「迷惑なんてとんでもないです。こちらがお願いしているのですから。
アドラスさんはいつも通りに寝てください」
ミァも俺の目をじっと見て、こくりと頷く。
「わかった。じゃあ、気にせず寝させてもらうよ」
「ありがとうございます」とエメーラは微笑んだ。
三人のエルフと体を寄せ合って眠る。
確かに三人とも体が冷えていた。
スキルがあった上でそう感じるのだから、よほど冷たくなっているのだろう。
背中にはフレアが、正面にはエメーラ、そしてエメーラとの間にミァ。
三人とも抵抗なく体を密着させてくる。
エルフは家族・仲間意識の強い種族だというが、もしかするとそれぞれが暮らしていた場所でも、仲間たちとともに眠ることが一般的なのかもしれない。
しかし慣れない俺は、心臓がばくばくして仕方なかった。
『こんな状態じゃ絶対に眠れない……』
そう思っていたけれど、俺はすぐに睡魔に引きずり込まれそうになっている自分に気が付いた。
色々なことがありすぎて疲れていたようだ。
それに加えて、俺はこれまでの人生で経験したことのない温もりを感じていた。
背中にあたるフレアの柔らかい感覚と、目の前にあるエメーラの無防備な美しい顔はたしかに刺激的だ。
でもそれ以上に、誰かと一緒に眠る、仲間同士なんだという温かみ、大袈裟に言えば愛情とも呼べそうなものをひしひしと感じて、俺は邪な気持ちに勝る幸福感に満たされ、気がつけば眠りに落ちていた。
瞼を上げると、部屋は明るかった。
視線を動かし、壁に煌々と光る魔法石を見つける。
部屋に備え付けられたものだったが、誰かが魔法でつけてくれていたらしい。
「ん……」
ん?
俺は声を聞いて、目の前を見た。
「……!!」
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