屋敷の案内を

三人のエルフが仮住まいにしているという建物。


玄関扉の横に刻まれた文字は、こう書かれていた。


『グライゴッド家』



中は広々としたつくりになっていた。


暖炉、ソファ、テーブル。


普通に生活する分なら不自由はなさそうだ。



「こちらに座っていてください」とエメーラに促され、フレアの隣に座る。


俺はフレアにならって、テーブルの上にアイテム袋を置いた。


「なぁ、アドラス。結構広い屋敷だろ? どんな金持ちが所有してるんだろうなぁ」


「そうだね」


アイテム袋から、権利書を取り出して確認する。


『やっぱり……』


魔法によって現在地を示している赤い点は、権利書の中心に記載された持ち家のマークに被さるように光っていた。


「ん、その紙はなんだ?」


どうしよう。言わない方がいいのかな。


まぁ隠しておくことでもないか。


「あのさ、フレア。落ち着いて聞いて欲しいんだけど」


「うん、なんだ?」


俺は正直に話す。


この家の持ち主が、グライゴッド家であること。


そして現在は……俺のものになっているということを。



「えー!!」


「ど、どうしたんですか??」


隣の部屋から、エメーラとミァがやってくる。


お盆に、四つのティーカップを乗せていた。どうやら、飲み物を用意してくれていたらしい。


「た、大変だ、二人とも」


「えっ?」


エメーラが持つお盆の上から、ミァが飲み物を配る。


紅茶だろうか、紅い液体から湯気がたっている。


魔力切れと言っていたけれど、少ない魔力でも湯をわかせる魔道具がキッチンにあるのかもしれない。


自分の前にティーカップが配られたとき、「ありがとう」とミァにお礼を言うと、ミァは俺に目をあわせてこくりと頷いた。


表情は変わらないが、なんとなく照れているように感じた。

一緒にいる時間が増えたら、そのうちもっと多くの感情が読み取れるようになるだろうか。



エメーラは俺の正面のソファに、その隣にミァが座った。


「い、いいか。よく聞いてくれ……」


フレアは一度自分を落ち着かせようとしたのか、ティーカップの取っ手に指を入れた。


しかし少し持ち上げただけで、ティーカップは面白いくらいに揺れ、カチカチカチと受け皿にあたって音をたてた。


中の液体がこぼれそうになるのを見て、フレアは諦め、それを受け皿の上に戻した。


「い、いいか。よく聞いてくれ……」と、全く同じセリフを繰り返す。


「大丈夫、聞いてますよ」


エメーラはお盆を胸の前に抱いていい、ミァもこくこくと頷いた。


「アドラスが、主だったんだ」


「え?」


言葉の意味がわからず、エメーラは眉間に皺を寄せる。


「だから! この屋敷の主は、ここにいるアドラスだったんだよ!!」


「え……えぇー!!!」


まるでさっきのフレアと同じくらい、いやそれ以上の声をエメーラはあげた。


ミァも目をまん丸にして、ぽかんと口を開けていた。





「勝手にお邪魔させてもらって、すみませんでしたぁ!!!!」


「すみませんでしたぁぁぁぁ!!!」


三人が、床に頭をついて謝っている。


『エルフの世界でも、最上級の謝罪は土下座なんだな……』


いやいや、そんなことはどうだっていい。


彼女たちに頭を下げさせることを望んで、屋敷の持ち主だと打ち明けたわけじゃないんだ。


「いや、いいんだよ。何も気にしないで。俺も父親から譲り受けたってだけだし、誰が所有者かなんて権利上の都合にしか過ぎないんだから」


「いや、そうはいっても……」


フレアは苦しげな顔をしている。


奴隷という契約で、所有/被所有の関係性を日頃から意識させられているから……という理由だけではなさそうだ。


真っすぐな性格の持ち主なのだろう。


「いや、本当にいいんだよ。

さっきエメーラとも話したんだけど、こんな極寒の地なんだ。

もしよそから来てこんな空き家があったら、たとえ家主がいなくても使わせてもらうのは仕方のないことだよ。

俺だって、もし持ち主じゃなかったとしても迷わず使わせてもらってたと思うよ」


「でも、その……本当にごめんなさい!!」


エメーラも申し訳なさそうにおろおろしている。


うーん、言わない方がよかっただろうか。でも、隠すのも変だしなぁ。


「まぁ良かったじゃん。どこの誰だかわからない人が所有者っていうのより。

もしものすごくケチな金持ちだったりしたらさ、いきなり帰って来て三人のこと追い出したりしたかもしれないしさ」と、精一杯のフォローをする。


しかし三人の浮かない顔はなかなか晴れなかった。


「じゃあさ、こうしよう。今日から俺、ここに住ませてもらっていいかな?」


「も、もちろん!」

「もちろんですよ! アドラスさんの家なんですから!!」


ミァも、ものすごい速さで首を縦に振っている。


「良かった。

じゃあ、掃除とかご飯をつくってもらうとか、もちろんできる範囲でいいから三人にお願いしてもいい?

俺、実家にいたときはそういうこと一切してこなかったからさ。もちろん徐々に覚えていくつもりではあるんだけど……最初からうまくできる自信はなくて」


三人のエルフは、ぱっと顔を見合わせる。


そしてすぐに言った。


「喜んで!」


「よかった。じゃあこの後、屋敷の中を案内してもらってもいいかな?

書類上は持ち主ってことになってるかもしれないけど、実際はこの屋敷に来たことなんて今までで一度もないし。

全然わからないんだよね。この屋敷の中がどんな感じになってるかなんてことも」


「ああ、すぐに案内するよ」とフレアが言う。


「いや、とりあえずこれを飲ませてもらってからにしようか。

せっかくエメーラとミァが用意してくれたのに、冷めちゃうし。というか、すでにちょっと冷めちゃったかもしれないけど」


そういって、口をつける。

猫舌な俺にはちょうどいい温度になっていた。


「うん。まだ大丈夫っぽい。というか美味しいね! この紅茶。

もったいないよ。飲もう」


「わ、わかった」

「そ、そうですね!」


せっかく打ち解けてきたと思ったのに、ここで変な上下関係ができるのは嫌だった。

みんなでまったりと紅茶を飲む。しかし空気は、ちょっとぎこちない。


やっぱり権利書なんか出さなければ……とまた後悔しそうになるが、もう話したことは仕方ない。


とにかく、せっかく気の合う仲間になれそうだったのだから、気兼ねする必要はないんだという雰囲気を出して三人に接することにしよう。



ティータイムは最後までぎこちないままだったが、気を取り直して屋敷を案内してもらうことになった。

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